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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第一章 入学
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第六話

 シュウ・アカツキにとってここ最近は毎朝が戦いであった。そしてこの日の敵はひときわ強く、強大で、あっという間にシュウから戦意というものを奪い去ってゆく。何度も意識を手放しそうになりながらも、しかし最後の最後の一線でどうにか踏みとどまる。今意識を手放してしまえば確実に負ける。そして負けは死を意味する。シュウは気力を振り絞り、横たわる体を持ち上げる―


「…………さむい」


 起床第一声がそれであった。ここ最近の寒さは異常で、実に三〇年ぶりに最低気温が更新されたとか。できればまだあったかい毛布にくるまっていたいところだが、そうすれば確実に遅刻する。さすが軍学校だけあって時間にはそこそこ厳しい。某赤髪の友人がその身を持ってその厳しさ、もとい怖さを証明してくれているのでできれば遅刻はしたくない。何とか眠気と寒さ、布団の暖かさという強敵をねじ伏せ、この日の活動を開始するシュウ。


 もっとも、この日に限って言うならば、遅刻のほうがまだましだったと感じることになる。入学から早三月。現在蒼の節二月。日に日に寒さが厳しくなり、外は一面銀世界となったこの日、学校中を騒がせる大事件が勃発する。





 2月前に行われた実力査定以来水面下での、あるいはそれ以外での活動が活発化している。小隊側、1年生側の両方がそれぞれ希望を学校側に提出することができる。必ずしもその希望通りになるとは限らないが、小隊側、1年生側双方の希望が一致すればほぼ間違いなくその1年生はその小隊に所属することとなる。あとは学校側がここ二月の交友関係なども考慮し、最終的な編成が決まる。





 蒼組一年は現在二一名、各組の小隊数は六なので、四名もしくは三名ずつ小隊に配属される。蒼組において最も人気の高い小隊は学校に四人しかいない称号持ち、紅の小女王アリシア・ルイス率いる蒼組第二小隊である。 称号とはこの学校において最強を意味する証。毎年四人が選ばれ、学校側から称号を与えられる。与えられるのは、四つの色の中で最も優秀な人物。その四つの色とは組わけの色ではなく、その人個人が属する色。つまりはその髪の色であり、瞳の色であり、扱う自然の色である。





「ねぇ、誰の隊になるかな。なんかわくわくするね」


 そういって微笑むのは蒼髪の少女アオイ。そしてそれに答えるのは赤髪の青年。


「俺は誰の隊よりも、誰と組まされるかが問題だな~シュウは?」


 フレアにそう聞かれたシュウは少し考えると


「俺はこの三人で組めるならどこの隊でもいいよ」


 とだけ答えた。それを聞いたアオイとフレアが顔を見合わせる。


「僕も」


「俺も…かな」


 そういって照れたように笑う。実に和やかな空気だ。けれどそこに異物が混ざりこむ。


「まだそんなことを言っているのかアオイ」


「レオナルド……」


 フレアが苦々しげにつぶやく。


「何だい混ざりもの」


 レオナルドも言い返す。二月前の一件以来この二人は常に険悪な関係だ。そしてレオナルドはいつの間にかアオイのことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。混ざり物と能無しが呼び捨てで呼んでいるのに、自分だけが敬称付きで呼ぶなど彼にとってはあり得ないことだ。


「君は僕と第二小隊に配属となるだろう。これはほぼ決定事項といっていい」


 そう断言するレオナルドに対し、アオイが問いかける。


「何か知ってるの?」


 彼女の声も少し硬い。レオナルドに対してアオイもまた不快な思いを抱いていた。本人には伝わっていないようだが。


「大分早い時期から紅の小女王が動いているとの情報を得てね。どうやらお目当てがいるらしいのだが、彼女が興味を持つ人材などこの組では君と僕ぐらいのものだろう?」


 そういって自慢げに髪をかき上げる。


「僕は配属先は当然彼女の小隊に希望を出し

ている。君ももちろんそうだろう?そして第二小隊からも僕たちへの希望が出されているだろう。希望が一致している場合はほぼその小隊に決定だよ」


 そういって笑うレオナルド。それに対するアオイの答えは彼の予想とは違っていた。


「僕は希望届け出してない」


「は?」


 実に間抜けな顔である。それを見てフレアが勝ち誇ったような顔を見せる。実はアオイだけでなくシュウも、フレアも希望届を提出していない。最初は三人でどこか同じ小隊に提出しようという意見もあった。しかしその小隊の人気度や小隊側からの希望によって結果は大きく変わる。三人同じところに出しても結果はどうなるかわからない。それならばいっそのこと提出しないというのもありではないか。そういった結論になったのである。決め手はアオイの、なんかそっちのほうが面白そう! であった。


 しばし思考が停止していたレオナルドであったが、


「ま、まぁそれでも結果は変わらないだろう。希望届けを提出しないということは相手の希望に合わせるということだからね」


 そう言い残し去っていった。






 そうしてその日の午後、すべての講義を終え教室に戻ってきた生徒たちに小隊編成が発表される。その結果は……





「なぜだ! 納得できない」


 そう言って担当教官に詰めかけるのはレオナルドだ。他にも同じような表情をしているものは多い。


「何かの間違いだ!」


 なおも叫び続けるレオナルド。するとそこに聞きなれない声が響いた。


「何の騒ぎですか? これは…」


 そう言って入ってきたのはある意味この騒動の当事者である、紅の小女王アリシア・ルイスその人であった。


「すみません、もう終わっているころだと思い私の小隊員を迎えに来たのですが……」


 そう担当教員に詫びるアリシアにレオナルドが駆け寄った。


「ちょうどよかった、何かの手違いであなたの隊の編成が間違って発表されています」


 この騒ぎの原因を伝えるレオナルド。


「え? そうなのですか?」


 首をかしげつつ担当教員のほうに尋ねるアリシア。だが答えたのは担当教員ではなくまたもやレオナルドであった。


「そうなんです。あなたの小隊にこの僕の名前がありません!」


 確信を持って告げるレオナルド。しかし答えは彼の求めるものではなかった。


「? ……私はあなたを私の小隊員に選んだ覚えはありませんが?」


「え? だって……そんなはず……」


 徐々に声が小さくなるレオナルド。そしてアリシアは隅のほうで成り行きを見守っていた三人の男女に目を向ける。


「私が選んだのは、アオイ・コジョウ、フレア・シデン、そして―」


 アリシアの視線がその中のひとりの青年をとらえる。その青年に向かってにっこりと微笑み、そしてはっきりと名を告げる。


「シュウ・アカツキ…………この三人ですわ」


 部屋の中が沈黙に覆われる……


 沈黙を破ったのはまたもやレオナルドであった。


「何の冗談ですか!! アオイはまだ分かります。けど、けどなんで残りの二人がよりにもよって混ざり物と能無しなんだ!!そんなの…そんなの納得できるはずがない!!」


 もはや絶叫に近い声音で訴えるレオナルド。担当教官の前にもかかわらず明らかな差別用語を使ってしまう。担当教官が鋭い視線をむけるが、しかしそれに気づかない。それに対してアリシアは首をかしげつつ答える。


「あなたが納得しようが、しまいがそれが私の決定に何の関係があるのでしょうか?」

そして、


「そもそも、あなたはどこのどなたです?」


「は?」


 レオナルドにとってはもはや訳が分からなかった。自分のことを知らない。認識さえされていない。能無しと混ざり物のことは知っているのに、貴族たる自分のことを…………そのことに思い至ったとき、レオナルドの心を占めたのは怒りだった。そして―


「あ、あなたは僕の父親から命令されているはずだ! 僕を小隊に入れるように。無視してただで済むと思うのかぁ!!」

 

 それは明らかな彼の失策、決して言うべきではなかったことだった。

 

ついに担当教官が口を開こうとしたとき冷ややかな声がそれを遮った。


「確かにそんな見当違いの命令もありました」


 先ほどまでとは打って変わった冷たい表情、冷たい声音。先ほどまでは愛くるしささえあった少女の急変貌に場が呑み込まれる。誰一その少女から目を離すことができない。


「け…見当…ちがい?」


「ええ。なぜなら私はあくまで学生で、軍に属するものではありません。したがって軍の命令に従う義務もありません。そもそもこの学校は王立。軍の施設ではなく、国の施設です」


「い、いや…でも―」


「私は私の意志でこの三人を選んだ。誰にも…たとえそれが軍の元帥だったとしてもそれを覆すことなどできはしない」


 そう言って嫣然と微笑む。途轍もなく美しい笑みだった。しかし同時に恐怖を覚えずにはいられない。そして彼女の体から発せられる強大な力の波動。無意識のうちにひれ伏してしまう、ひれ伏せざるを得ない。圧倒的なまでの力を秘めた美しき紅の少女。それこそが彼女が紅の小女王と呼ばれる所以であった。





 レオナルドがまたも担当教官に連れ出される。しかし今回は注意では済まないだろう。軍の学校への干渉。しかも個人に対する圧力。これは大きな問題になるだろう。おそらく軍自体は今回のことに無関係で、あくまでレオナルドの父親が個人的にやったことだ。しかし父親は元帥という軍の肩書を使って圧力をかけた。このことが軍と学校、ひいては王国政府との関係にどういった影響を及ぼすのか、一学生の身には想像することもできない。





 シュウは内心面倒くさいことになったと感じていた。アオイやフレアと同じ隊になったことは素直にうれしい。しかしその隊がよりにもよってアリシアの隊だとは。シュウはただでさえ黒髪ということで目立っているし、余計なちょっかいもかけられることが多い。できるだけ目立つことは避けたいというのがシュウの考えだった。けれどもアリシアの隊に入るということは、これからも目立ち続けるということだ。注目も集まりやすい。それはシュウの精神衛生上も、シュウの持つ秘密にとっても、非常によろしくない事態だった。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。もはやどうしようもない。新たな重荷を背負わされた気分であった。





 そして場所は変わって蒼組第二小隊、その小隊室。第一訓練棟に併設された建物で、各小隊はこの建物の中に専用の小隊室を持つ。そして今ここには第二小隊に所属する生徒五人が集まっていた。


「ようこそ第二小隊へ。私はアリシア・ルイスですわ」


「僕はエンジュ・ルイス。よろしく」


 二人はそういうとアオイ、フレア、シュウと順に握手を交わす。シュウに対してもほかの二人と対応は全く変わらない。そのことにシュウはひそかな安堵を感じた。そしてある疑問を投げかける。


「ルイスって…」


「そうだよ。僕はここにいるアリシア・ルイスの弟」


 そういってエンジュは微笑む。なるほど笑顔などはよく似ている、似ているのだが―


「え?」


「弟?」


「俺てっきり兄か―」


「フ~レ~ア~く~ん、てっきり……なぁに?」


 非常に良い笑顔をしたアリシアが突っ込む。実に美しい。だがしかしフレアの顔からは血の気がどんどん減っている。


「あ、あの隊長……」


 慌ててフォローに入るアオイ―


「隊長はおいくつなんですか?」


 だったのだが、途端にアリシアの頬が引きつる。その瞬間アオイもしまったといった顔をみせた。混乱のあまり話題をそらすつもりがむしろ煽ってしまったようだ……


「……一八ですけど、なにか?」


「…………」


「…………」


「えぇ?」


 もはや顔が怖い、完璧に笑顔が消え失せて、それどころか青筋まで浮かんでいる。小隊長殿の発言に、シュウとアオイは無言を貫く。じつに賢明な判断と言えよう。しかしつい驚きの声を上げてしまった某赤髪の一年生……


 その直後建物内に男性の悲鳴が響き渡ったとか、いないとか。






 気を取り直して五人でテーブルを囲みお菓子と紅茶でくつろぐ第二小隊の面々。配置はアリシアとエンジュが隣り合い、その向かい側にフレア、シュウ、アオイの順番だ。


「それにしても、初日で姉さんの化けの皮をこうも見事に剥ぐとは、たいしたものだね」


 そう言って笑うエンジュ。確かに教室でのおとなしげな言葉使いにかわいらしい表情としぐさ。何人かの男子は完全に見惚れていたぐらいだ。そしてその後レオナルドを追いつめた時の冷静な大人の対応。そしてこの部屋での……。いったい何枚皮をかぶっているのだろうか。そしてその本人はというと、頬を膨らませながらお菓子を頬ばっている。何とも言えない愛くるしい姿である。とても一八歳には見えない。シュウとフレアより二つ年上、そしてアオイよりは三つ年上。アオイもまだまだ少女といっていい幼さを残しているが、アリシアもそのアオイといい勝負である。むしろアオイのほうが大人に見えなくもない。これにはさすがにシュウも驚いた。口には出さないが、決して。だって恐ろしいし……


 隣に座るエンジュのほうも見た目はアリシアに非常によく似ている。違いといえば髪が短髪なところ、そして何より体の大きさ。エンジュはとてつもなく大きい。太っているという印象ではなく一つ一つの部品が大きいといった感じで。そしてその上に筋肉の鎧をまとっている。アリシアの一つ年下で現在三年生とのことであった。






 その日は結局顔見せといった程度で終わった。実際に会ったのも小隊長のアリシアとその弟のエンジュだけ。ほかの隊員とは後日改めて顔合わせといったことになった。最初は少人数で会ったほうが緊張しないだろうという上級生の配慮だった。


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