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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
最終章 銀の目覚め
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第十一話

「良いのか? この街は解放された。占領していたお前達に対する風当たりは強いぞ?」


「構いません」


 セルフ対アオイとフレアで行われた舌戦は、度重なる言葉の応酬の末、セルフに軍配が上がった。アオイ達の側が根負けしたのだ。終始傍観者を貫いていたシルファが、先の言葉を告げたところで舌戦は終了となった。


「ならば、もう好きにしろ。私達にはお前にいつまでも関わっている余裕は無いんだ」


 疲れたようなシルファの声音。その中には呆れも多分に含まれていた。


「さっさと次やることを済ませよう」


「そうですね……そうしましょう」


 見ていただけのシルファがそんな様子なのだ。実際に相手をしていたアオイとフレアの疲労感はそれはもう凄まじく、返事にも力が入っていない。


「無駄に疲れた……」


 フレアが愚痴を漏らし、


「シャワー浴びて、ふわふわの布団に横になりたい」


 アオイは現実逃避を始める。


「で、こいつらどうしますか?」


「とりあえず鍵の掛かる丈夫な建物にでもぶち込んでおきましょう」


 そんな二人をよそに、シュウとシルファは、どこまでも現実的な話をしていた。


「いやぁーー! 聞きたくない。そんな話聞きたく無いよ~~シュウのバカ! いけず!」


「なぜ俺だけ?」


 そしてなぜかアオイのドロップキックを受ける羽目になるシュウ。こうしてセルフ以下数名の自称捕虜たちは、街で一番頑丈な建物にまとめて放り込まれる事となった。


◇◇◇


 幸いにしてと言うべきか、シュウ達四人と一匹の襲撃は、帝国兵が要塞化を行っていた城壁など、主要部への損害は与えていなかった。よって、これから彼らが行うのは街の有力者を集めて協力させることと、義勇兵を募る事、あとは食料などの備蓄を調べる事の三つに集約される。


「とはいえ今日はもう心身共に限界だし、どこかに泊まらせてもらいましょうか」


「賛成! もうくたくた」


 シルファが提案し、アオイが真っ先に賛成したことで当面の方針が決まる。


「見張りとか立てとかないんといけないんだろうけどな。本当は」


 逃げ出した者達の中で、再び襲おうと考える者ももしかしたらいるかもしれない。そう考えてのフレアの発言だった。


「散々脅したんだし、再侵攻はもっと後の事……そう思いたいけどね」


「間諜とか入り放題だしな。現状」


 宿を探しながして歩きながらフレアとシュウの男二人が見張りの有用性について議論を交わす。


「そんなこと言っても、人数的に見張りなんて無理じゃん? フレアが一晩中見張っとく?」


「それは勘弁」


 男二人の会話にアオイも加わる。


「だったらもう、でーんと構えて開き直るしかないよ」


「開き直る……ねぇ」


 そういってフレアは辺りをぐるりと見回す。焼け落ちた家屋、半倒壊した倉庫。その倉庫にあったのだろう、地面に散らばり、踏みつけられた跡の残る穀物類。そして走り回る住民たち。涙する者、笑う者。その表情は両極端であった。


「今この状況が開き直りみたいなもんだよな」


 既に彼らにできることはした。帝国兵が逃げ出した後、火がくすぶる所にはアオイとシルファが駆け付け鎮火に当たり、フレアとシュウは瓦礫に埋まった住人達の救助に駆けずり回った。それでもやる事は一向になくならなかった。今もまだ煌々と燃える松明を手に、救助活動に奔走する者達の姿が見え隠れしていた。


「解放されて喜ぶもの、そして恨む者……か」


 フレアの瞳には、焼け落ちた家屋の横で呆然と座り込む老夫婦の姿や、誰かの亡骸の横で涙する女性の姿が映っていた。彼らは帝国兵と、フレアたちの戦いに巻き込まれた者達だった。彼らを殺したのは、そして流された涙の責任の一端はフレア達にある。


 その一方で視線を少しずらすと、たいまつの炎の下で、しっかりと抱き合い、お互いの無事を喜び合う住民の姿も見られる。彼らを薄情と言うのは簡単かもしれない。しかし占領時の彼らの苦悩を考えると、その喜びようも無理はない物のようにも感じられた。


「身近な者を亡くした者達にとって俺達は余計なことをした邪魔者って事なんだろうな」


「そして逆に誰も無くさなかった者達にとっては救世主とか、恩人とかか?」


 住人達の反応は、およそ今のシュウとフレアの言葉に集約されていた。


 涙ながらに感謝の言葉を告げられた次の瞬間、泣きながら罵詈雑言を浴びせられる。良く助けに来てくれたと言われ、なぜもっと早く来てくれなかったのかと胸を叩かれ、なぜ来たと石を投げつけられた。


「もっと歓迎されるかと思ってた」


「同感」


「右に同じ」


「左に同じ」


 四人共にそんな複雑な感情を抱えたまま、一つの建物へと入る。そこは帝国軍が住民から接収していた建物の一つだった。


「すげ……」


 突然の襲撃に慌てていたのだろう。書類や食事、貴金属までもがほったらかしにされていた。


「住民から取り上げた物かな」


 それらの貴金属は、指輪から首輪、杖に剣にと実に様々。どうやら高級士官が使っていた建物らしい。


「取り敢えず寝ましょう。頭が働かない今、余計なことばかり考えるだけよ」


 そのシルファの言葉でもって、皆思い思いに横になる。帝国軍が使っていたベットをそのまま使いたくないと、アオイとシルファは毛足の長い絨毯の上に更に敷物を敷き、横になった。男二人はそこまで気にすることなく、そのままベットに横になる。

 こうして、長い、長い一日が終わりを告げた。彼ら四人が気付いていたかどうかは分からないが、この街への潜入作戦、脱出劇、隔絶された空間での四十日余りの訓練、そして街の奪還。これら全ては一夜のうちに行われた事である。


◇◇◇


(気にするな……と言っても今は無理だろう。しかしこれから先、こういった事は多くなる。救うためにしたことが相手に受け入れられない。力足りず救えない。大切なモノを失う……そんな事がな)


 夜が明けた早朝。何処か建物さえも疲れ果てているように見受けられる街中に、一人ぶらぶらと歩くシュウの姿があった。


(そんな時、君はどうしたんだ?)


(う~~ん、そうだな……)


 焼け跡や、瓦礫へと目をやりながら、シュウは心の内で先達との会話を行っていた。最初『初代様』とか、『先代様』とか読んでいたが、笑われ、止めてと懇願され、今では君と呼ぶことにしていた。


(最初の頃はやっぱりきつかったな。良かれと思ってしたのに! って感じたこともあった。でも結局、何を言われようが、どう思われようがやり続けるしかないって結論付けた)


(辛くなかった?)


(辛かったさ。でも何もしなかったらもっと辛くなる。もっと状況は悪くなる。そう思うと、何もしないで後悔するよりは、やって後悔しようと考えるようになった)


(そっか)


(そうだ……)


 それっきり、しばし無言で歩き続ける。言われた事をシュウなりに理解し、考え、吟味する。そうしてこれまでの事を一度胸にしまうと、シュウは今後の事へと思いを馳せる。


(これから、どうしたらいいと思う?)


 それは、これから話し合わなければならない事。シルファやアオイ、フレアや街の有力者達と言葉を交わす前に、シュウエンリッヒの考えを知っておきたかった。


(まずは援軍が来ることを確実にした方がいい)


(援軍を? でも援軍はちゃんとアリサ先輩が……)


(それは聞いた、仲間が呼びに行っていると。しかし何時、いかなる時に不測の事態が起こるか分からない。いいか、籠城というのは、援軍の宛があって初めて成り立つ作戦だ。だからこそ、二重、三重に援軍の宛を設けることが肝心なんだ)


(二重、三重に……)


(この近くに帝国に占領されていない街が無いか?)


(王国内部の方向にならいくつか。たぶん防衛線を張ってると思う)


(理想はそこから援軍を送ってもらう事だな。その上で、ここを橋頭堡にして防衛線を繰り上げるのが理想か……)


(なるほどね……)


 その後も幾つか作戦についての話題を交わしながら歩く。


(ここは……)


 そうこうするうちに、何時の間にやら街の中心部へと出てしまった。そこは最も激しい破壊の後の残る場所。シュウ達が敵の老将軍と対面した、あの忌々しい建物があった場所だった。シュウの感覚ではだいぶ昔の出来事、しかし実際にはつい昨夜の出来事だ。


(戻ろう。皆そろそろ起きる頃合いだ)


 肩を落とし、シュウはその場を後にする。


 その彼の小さくなってゆく背中を、こっそりと見つめる一つの視線があった。


「許さない……絶対に……」


 その日、イズナが街から姿を消した。


◇◇◇


 仲間の居る建物へと戻ったシュウは、すぐさま行動に移る。まずはシュウエンリッヒに言われたことを実行するべく、シルファに頼んで、街の実情などを記した紙を油紙で丁寧に包み、リーザに括り付けた。


「リーザにはアリサ先輩を追ってもらう。後他に街から数名人材を出してもらって、王都や近くの街に援軍要請に行ってもらおう」


 こうして、まずはこの街の有力者達と言葉を交わし、幾つかの協力を取り付けた後、シュウ達は二手に分かれて作業に取り掛かった。


 シュウとフレアの男二人組は有力者から借り受けた人手を使い、また町の住民から男手を集めて瓦礫などを撤去し、それを門の補強や、塞ぐのに利用する。

 北南二つある門のうち北側(帝国領側)の門は瓦礫を積み上げて完全に塞ぎ、南側(王国側)の門も、門隣りの通用口を残して、同じく完全に塞いだ。

 更に、拳大の大きさの瓦礫は数か所に纏め、その近くでは火を起こす準備と、湯を沸かす準備が整えられる。また、集まった男手の中で、狩りの経験などで弓の扱える者達には敵兵の残していった弓を与え、少しでも神霊術を扱える者達を義勇兵として徴兵する。

 未だ学生の身で、正式な徴兵権も指揮権も持ち合わせていない四人だったが、街の有力者たちの口添えの元、それなりの人数を集めることに成功していた。


「お前たちの事は嫌いだ。憎しみさえ抱いている。お前たちと帝国兵との戦いで俺の妻は死んだんだ。だが、帝国兵はお前たち以上に憎い。許せない」


 そう言って協力を申し出る男がいた。義勇兵の多くがそういった、恨みや憎しみによる志願だった。


 一方のシルファ、アオイの女性組に、レンとコウ姉弟。更にチハヤを加えた五人は、街中から食料を掻き集める作業に従事していた。穀物から植物の根っこまで、旨い不味いに関係なく食べられる物なら何でも掻き集め、幾つかの備蓄庫に分けて溜めていく。こちらも有力者たちの口添えの下、女子供を中心に作業を進める。


 こうして、ウィビルハントは街を上げての籠城体制へと移行していった。


「皆、夢中になって作業してるな」


「持て余してる怒りを、絶望に囚われそうになる心を、抑える為、紛らわせる為、忘れる為に目の前の事に集中しているんでしょう」


 朝方から始まった作業は、昼食を挟み、夕食を経て、夜の帳が下りてもなお続けられていた。この頃になると、作業の指揮も街の住民の代表格が行う様になっており、手の空いたシュウ達四人は、交代で義勇兵の指導に当たっていた。今はアオイとフレアが指導に当たっており、シルファとシュウの二人は、街全体を見渡せる一番高い建物の屋上から作業の様子を見守っていた。


「そんな中でも利権を第一に考える者達がいる事が驚きだよ」


「有力者たちの事?」


「ああ」


 町の有力者達の殆どが、帝国軍占領下では帝国軍上層部にすり寄り、解放された今となっては、シュウ達四人にすり寄ろうとしている。しかも、彼ら四人が未だ学生の身であることを知った後には、彼らの事をいかに利用して自身が益を得るかに傾倒していた。


「この街も楽園にはなり得ない……か」


 黒髪が多く住む町。王国から、帝国から、差別を逃れ集まった者達によってできた街。しかしここでも支配する者は歴然と存在した。


「それでも此処は良い街だって何人も言っていたわ」


「税が他より少ない。差別が少ない。暴力をあまり振るわれない……か。少ないというだけじゃないか」


 それは、それだけで十分と思えるほど他の町が酷いという事。そこに《他の町》に比べたらこの街はまだましだという事に過ぎない。


「それじゃぁ、嫌だ。そう思うのは、俺が特殊な環境で育ったからか……」


「シュウの育ったところってどんなところ?」


「そうだな……」


 何時しかシュウはシルファに敬語を使わなくなり、シルファもシュウに対しては砕けた口調となっていた。互いに特殊な血を受け継ぐ者同士。そしてもしかしたら、シュウの中にいるシュウエンリッヒと、シルファの中に眠るシルファ・ウィルス・ロードが互いに惹かれあっているのかもしれない。


 シュウは語る、黒の血筋を守る隠れ里に生まれ、そこで大きくなった事。そこでは当然黒髪に対する差別も、偏見も、何もなく大事にされた事。


「イザヨイ家?」


「そう。あの場所(隔絶された空間)で調べた上での僕なりの予想だから、正しいかどうかは分からない。でももしかしたら、僕の育った集落がイザヨイ一門の暮らす隠れ里だったんじゃないかって思う」


 父や、祖父は伝承を知っていたのではないか。少なくとも祖父は銀へと至っていたと聞いた。ならば銀へと至る扉、第三の扉を開いたことになる。そしてそれを伝承していたのはイザヨイ家なのだ。


「シュウエンリッヒ《初代》はイザヨイ家に連なる者らしい。だったらその血を受け継ぐ僕も、イザヨイ家の人間なんじゃないかって……そう思うんだ」


「そっか…………。今、その集落は?」


「……今はもう無い。ある日突然襲われた。何者かに」


「ごめん」


 少しだけ躊躇しながら答えたシュウと、すぐさま謝るシルファ。二人の間に少しだけ気まずい雰囲気が流れる。


「大丈夫、もう乗り越えた。それにちゃんと話したい。最後まで」


「うん」


 気まずい雰囲気をふり払う様に、シュウが再び話を続ける。力強い口調で、しかしどこか切なげに……


「襲撃されたときに初めて聞かされたことがある。この集落は僕と、父を守る為にあるって。そして嘗ての皇王家の末裔が父であり、僕であると」


「皇王家は傀儡にされて、最後には潰えたって」


「うん。けどその前に、皇都から直系を脱出させてたんだ。有能な若者を数人。たぶんそれが、伝承を抱えたイザナギ、イザヨイ、イチモンジ家の者達だったんだと思う」


「なるほどね。そしてイザナギ家の末裔が、サクヤさんやコテツさんで、イザヨイ家の末裔が君だと」


「そう言う事」


「なるほどね~~でさ、リサって……誰?」


「――っ! 何処で……それを?」


 明らかに顔色の変わったシュウと、明後日の方向を向いているシルファ。シュウからは見えないが、聞きたいような、聞くのが怖いような表情をこの時のシルファはしていた。


「はぁ、幼馴染……だった」


 溜息を一つ、同時に肩から力を抜きながらシュウは答える。


「そして僕を守る為に死んだ。彼女の母親も、父親も……」


 うっすらとシュウの瞳に涙が浮く。


「彼女の家は僕の血筋を守る為のガーディアンだった。僕たちを守る為だけに存在して、生まれてから死ぬまでずっと陰で守り続ける事が使命なんだって」


 一つだけ年上の少女は、死ぬ間際にそう伝えて、散っていった。シュウの目の前で。


「好きだった?」


「分からない。そんな事考えるようになる前に居なくなったから」


「そっか」


 そう呟きながらも、シルファは内心で思うのだった。死んだ人には敵いそうにないなと。しかしだからこそ……


「私は死なないよ。ずっとシュウの傍で守り続ける。ずっとシュウの後ろに付いて行く。ずっとシュウの横を歩き続ける」


「なん……で?」


 喜び、恐怖、躊躇い……果たしてこの時のシュウの感情はどのような物だったのか。


「私の名はシルファ・ロード、蒼き盾の一族に名を連ねる者です。そして蒼き盾は黒き剣を守る為に存在する」


 真面目な顔で、真面目な口調で胸を張り、告げる。あなたを守ると。そして最後に破顔して告げる。彼女の胸の内を。思いを……


「でも本当の理由はあなたが好きだからです。シュウ君」




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