第十話
「ま、まだ続いてる…………」
「分かっちゃいたが、これは……」
「不謹慎だけど、なんか懐かしささえ感じるね……」
それぞれアオイ、フレア、シュウの抱いた感想であった。
三人とシルファ、それにレンとコウとチハヤとイズナを加えた七人。そしてそこで待っていたリーザを加えた八人は、再びウィビルハント――例の町の名前――を見下ろす高台に立っていた。ちなみにシルファとリーザの再会は、四十日ぶりの対面となったシルファと、先ほどまでずっと共にいたという感覚をもつリーザの温度差が凄まじかった。
「確かに……違和感が強いな」
違和感と気持ち悪さ。自分達だけが世界から切り離されたような……あるいは、現実味が急に薄れたような……そんな感覚が彼らを苛んでいた。
「な……なに…………これ」
一方で、レンやチハヤ、コウ達は、目の前で繰り広げられている神霊術の暴力にただ唖然とするのだった。
彼女達にとっては、その光景はただ恐怖を誘うだけの物。改めて神霊術の強大な力と、それを持たぬ己に対する絶望だけが募る……が、しかし……
「さて、始めようか」
そんな光景を前にしてもシルファは……アオイは……フレアは揺るがない。その事に力強さを感じると共に、しかしやはり自分達とは違うという思いを強くする。そんなレン達を置いて、シルファ達は襲撃の最終的な確認へと入る。
「残酷かも知れないが、叩ける時に敵を叩く。躊躇はするな」
現状王国に進行して来ている敵部隊は多い。ウィビルハントにいる部隊がその全てではなく、周辺にも敵部隊は展開している。
「我々は可及的速やかにウィビルハントの敵を殲滅し、町の防衛体制を整えなければならない。そして援軍の到着まで耐え忍ぶ」
厳しい戦いになる。そんなニュアンスを含ませたシルファの言葉にも、誰一人として不安げな態度は見せなかった。アオイも、フレアも、そして……シュウも。
「援軍が確実に来るかは分からない。ただどちらにせよ、此処で敵を食い止めなければ更なる進行を招く事は目に見えている」
続くフレアの声には、強い使命感と、少しばかりの緊張感が含まれていた。
「そしてそれが出来るのは、今此処にいる僕達だけ……なんだよね」
アオイの表情にも、決意や緊張は見られるが、やはり不安や悲壮感は全くない。
「王都にいるアリシア先輩達。それから援軍を呼びに行ったアリサ先輩。援軍は必ず来る……そう信じて僕達は僕達に出来る事を……僕達にしか出来ない事をする」
シュウも続く。彼らはこうして口に出すことで気持ちを高ぶらせ、緊張を押さえ込み、そして戦闘意欲を高めていく。
「あ、あの……」
そんな彼らの様子に戸惑いを隠せない者が二人………
「シュウ君も行くの?」
一人はチハヤ。彼女はそう言って心配そうな表情を見せる。面倒見の良い彼女は、この四十日余りの間に、既にシュウと良い関係を築いていた。シュウの強さを知らない彼女としてはやはりシュウの身が心配なのだ。
「大丈夫ですよ。これがあれば僕も戦える」
そう言ってシュウは笑う。その手に愛刀を握って……
「シュウにい…………」
もう一人はレン。最初はチハヤにべったりで、他の者達にはなかなか懐かなかったレンだったが、共に過ごす間にシュウにはすっかり懐いていた。
「にいやん、だいじょうぶ?」
そしてコウも。
「大丈夫。すぐ戻って来る」
そしてそんな二人をシュウも可愛がる。これからの戦いは、そんな幼い姉弟を守る為の戦いでもあった。
二人は王都の出だったが、今あの町には姉弟と同じような境遇の黒髪達が数多く存在する。そして今後帝国の侵攻が続けば、黒髪達の置かれる状況は間違いなく悪化する。それはシュウにとって、そしてシュウを友とする者にとって、とても許容出来るものでは無かった。
「戦う時は今しかない!」
戦わなければ奪われる。
「守る時は今しか無い!」
守れなければ失ってしまう。
「それでもなお……敵が僕達から奪おうとするのなら…………」
土地を、同じ国に生きる仲間を、そんな彼らの自由を帝国が奪おうとするのなら。
「帝国そのものすら僕は滅ぼしてみせる」
守る為に……笑い、自由に生きる為に。それは嘗て、初代が皇国を作り上げた時に抱いていた思いと全く同じ。そんな思いを胸に抱き、シュウは決断する。
「敵を殲滅する。二度と侵攻しようなどと考えないくらい、徹底的に!」
血塗られた道かも知れない。多くを救い、多くを失うだろう。それでも今日この時、シュウは一つの誓いを胸に刻む。
「突撃する。我に続け!!」
レンが、コウが、チハヤが、イズナが見守る中シュウが覚醒する。突如親しき黒が銀へと変貌する様に驚き、おののく者達。そんな少年少女を後目に、遂にシュウが出陣する。背後に二人の友人と一人の先輩を、そして胸には偉大なる先達を従えて。
◇◇◇
雷光となったシュウが戦場を翔ける。触れた者全てを塵と変えて……
「くそ! 何なんだあれは!?」
「ば、化け物め!」
突如始まった襲撃に混乱し、恐慌を起こす帝国兵。そこをさらに強力な術を持ってシュウが蹂躙する。
「雷光の獣よ……金色に輝く雷獣達よ……敵を蹴散らせ……喰らい尽くせ。雷獣達の進軍!!」
シュウの宣言と同時、彼の周りに三筋の落雷が起きる。そしてそれらはその場で三匹の獣へと姿を変えた。一匹は雷を纏いし狼、もうい一匹は雷光を従えし金獅子、最後の一匹は全身から放電する雷鳥だった。
「蹂躪せよ!」
現れた三匹の獣が敵目掛けて襲いかかる。牙で噛み付き、爪で切り裂き、鋭い嘴で抉る。敵の反撃は、槍だろうが、剣だろうが、神霊術だろうが、その身に傷一つ与えられない。
そんな三匹の獣たちとシュウの四人が、時に雷光となって駆け、時に雷となり激しく敵を打ち、時に雄叫びと共に放電する様は、敵にとっては悪夢以外の何物でも無かった。
「う、うわぁぁぁ!!!!!!」
「こら! 逃げるな!! 戦え!」
「ふざけるな!」
「あんな化け物どうしろってんだ!!!!!!」
そして一人が逃げ出すと、雪崩を打つ様に周りも逃げに入る。それを指揮官達が必死に声を張り上げ逃走を防ごうとするが、一度傾いた流れはどうしようも無い。終いには逃げる兵を指揮官達が攻撃し、そんな指揮官に兵が襲い掛かるという始末。やがて……
「こ、降伏する! これで勘弁してくれ!!!!!!」
「貴様、それは俺のだ!」
「こ、こいつを捕虜に」
打ち取った味方指揮官の首を高く掲げ降伏を願いでる者、取り押さえた指揮官を差し出す者、指揮官の首をめぐって争い合う者までも出始めた。
そんな者達にも無慈悲な刃は振り下ろされる。
「俺達は捕虜を必要としない」
感情の抜け落ちた眼差しで、降伏した敵を焼き尽くし、氷で貫くフレア。
「命が惜しいのなら逃げろ。ただただ必死に、脇目も振らずひたすらに……」
水で絡め捕り、そのまま一瞬で凍り付けとする。そうして凍りの彫像と化した敵を、圧縮した水弾で次々と打ち抜いていくアオイ。
「こちらにも事情があってな。悪く思うな」
氷の刃を両手に縦横無尽に掛けるシルファ。右の刃が敵兵の右腕を、左手の刃が他の兵の胸をそれぞれ刺し貫く。途端に差した部分が氷結し、それは時を置かずして全身へと広がる。そしてそんな彼女の隣には銀狼リーザが付き従う。
「何なんだ……何なんだよこれは……」
燃え盛る炎。逃げ惑う味方の兵達。そんな味方の兵に討ち取られる味方指揮官たち。立ち尽くしながらその男は、神聖帝国軍兵士の男は思う。こんなはずではなかったと……
「なんでこうなる」
この街は王国側からも重要視されていなかったはずだ。少数の守備兵しか常駐しておらず、それらを倒すだけで簡単に占領できるはずだった。事実、占領は上手くいった。今この時、この訳の分からない奴らが現れるまでは。男は緩慢な動作で味方だけが血を流す異質な戦場を見渡す。
「四人だぞ……」
突如始まった襲撃。氷と炎を同時に扱う男に、水と氷の状態変化を自由自在に操る女。
「たった四人なんだぞ……」
両手から次々と氷の刃を生み出しては切り裂き、刺し貫く両手剣士。そして……
「なぜ銀が俺達を攻撃するんだ……」
バチバチと稲妻を発する銀色の男。大自然の驚異その物と化した男を前に、帝国兵は成す術なく薙ぎ払われていく。
「俺達は帝国の人間だぞ……帝国は……帝国はシルフォルニア皇国の正統なる後継だ」
決して人に懐かないと言われた銀狼までもが、敵として帝国兵を屠っていく。
「ならばなぜ……皇国守護者のはずの銀が我らに刃を向けるのだ!!!!」
その男は答えを欲していた訳ではない。ただこみ上げる感情のままに叫んだに過ぎない。しかし答えはちゃんと返ってきた。雷光を纏った銀の男の口から。
「俺の大切な物に手を出したからだ」
「なん……だと」
「それに、俺は……俺達は今の帝国を皇国後継とは認めない! 俺は誰かを虐げる為に国を興したわけではない! 黒髪を差別し、一部の者達だけが富を独占するような国が、我が皇国の後継を名乗るなど許しはしない」
雲が流れ、月明かりが男を照らし出す。月の光と雷光の輝きによって、なお一層の輝きと神秘性を醸し出す銀の髪……銀の瞳。
「目に焼き付け、後悔しろ。己らが誰を敵にしたのか」
月明かりの下で、男の手に雷光が集まり始める。それは徐々に巨大化し姿を変え、やがては光り輝く巨大な鑓へと姿を変える。月明かりさえも軽く凌駕するほどの輝き。その輝きによって真昼の様に辺りが明るく照らし出される。
「神の雷」
男の手で光が爆ぜる。同時に衝撃音を放って鑓が放たれる。目で追う事が叶わぬ速度で放たれた鑓は、輝きそのままに遠く離れた山へと到達し、爆音、轟音、地響きを立てて山を吹き飛ばす。
「な、な、な……」
個人の力で地形さえも変える銀の力に驚き、恐れ、慄く帝国兵達。事ここに至っては、戦えと叫ぶ指揮官もいなかった。
「見逃すのはこれが最初で最後だ。故郷へと帰り剣を捨てよ。田畑を耕すなり、家畜を育てるなり……そちらの方がよほど生産性のある価値ある事だ。戦争よりもな」
この後の変化は劇的であった。帝国側の兵士たちは皆先を競い合う様にその場に剣を投げ捨て、我先に街から逃げ出す。何時あの銀の男の気が変わるかと恐れ、ひたすら街から離れようとする。
ただその一方で、同じように剣を投げ捨て戦う意思の無い事を示しながらも、その場を動こうとしない者達もいた。
「逃げないのか? 我らは捕虜など必要としない。殺すか逃がすか、死ぬか逃げるか……どちらを選ぶ」
問いかけたシュウも、見守るアオイやフレアたちも、内心では逃げてほしいと思っていた。彼らはたった四人しかいないのだ。捕虜を抱えるのは物理的に不可能である。それに今後の事を考えても、住民たちの衝突や遺恨を出来るだけ街に残したくはなかった。
何より、なんだかんだ言っても人を殺すのは良い気持ちではない。特に戦いが終わり、こうして幾分かの冷静さを取り戻した後ならなおさらだ。
たとえ戦略的にはここで倒せるだけの敵を倒すことの方が正しかったとしても。
「いくつか聞かせていただいても宜しいか?」
そう言って残っていた兵を代表するかのように進み出てくる一人の男。敵意がない事を示すために両手を上に上げている。
「あなたは?」
「神聖帝国軍第四師団副団長、セルフ・アーデンです」
そう言うと、男は靴の踵をそろえ、右腕で心臓の前に拳を作るという帝国式の敬礼を送ってきた。
「あ、もしかしてあの変態爺さんの副官?」
「へ、変態? まさか、だ、団長の事か?」
「若い女子の生き血をすするような奴は十分変態でしょうが!」
よほど腹に据えかねていたのか、アオイが噛み付く。
(そう言えばあったな……そんな事)
(アオイの奴、よく覚えてたな……)
そんな事を思いながら、アオイに主導権を渡す形でシュウは後ろへと下がり、フレアがその横へと並ぶ。
「そう言えば、あの変態ハゲ爺の姿が見えないな。どうした?」
どうやらシルファも据えかねていたようだ。言葉が彼女の物とは思えないほど乱暴だった。
「団長ならば、お前たちの襲撃が始まってすぐに逃げ出したさ。真っ先にな」
そう答えた男の横顔には、ほんの少しの失望が見て取れた。しかしそれも一瞬の事で、男はすぐに顔を上げ、シュウへとその眼差しを向ける。
「銀であるあなたが我々に敵対するのはなぜですか? 先程の帝国を後継とは認めないと言うのは?」
「――っつ! 本気で……聞いているのか?」
「はい」
シュウの銀色の瞳で見据えられても、男は――セルフは動じず、真っ直ぐにシュウの瞳を見返してきた。
「ならば聞こう。この王国へと進軍してきたのはなぜだ? 黒髪を迫害するのは?」
「元々王国は我が国の属国です。その王国が宗主国である我が帝国に反旗を翻した。攻めるには十分の理由です」
「ふっざけんな!! 王国は皇国の友好国だったことはあっても、帝国の属国になったことはないぞ!」
本気でそう信じている風の口調で話すセルフと、怒号を上げて突込みを入れるフレア。
「何を馬鹿なことを。ちゃんと書物にも書かれてる事ですよ?」
フレアの言葉に、セルフは心底不思議そうな顔で言葉を返す。
「何て書物だ? 製作者は?」
負けじとフレアも問いを返す。
「神聖教会が出している、皇国に関する歴史書ですが?」
「ば、馬鹿かお前は! そんなもん帝国に都合の良い書かれ方をしているに決まっているだろうが!!」
神聖教会とは皇国建国時から存在する団体であり、帝国へと移行した後は、その存在感は計り知れないものとなっている。ただ……
「教会は皇国時代から続く宗教団体ですよ? 帝国政府との繋がりも無い中立な存在です。協会が捻じ曲げた話を書に残すなんてあるはずないじゃないですか」
そう、そこが問題なのだ。皇国時代から続く宗教団体であり、中立。故に彼の教会の発言は皇国次代からの常識、真実のみを語っている。そう信じている帝国民も多い。
「中立か……お前はなぜ教会が設立されたか知っているか?」
静かに、しかし吐き捨てる様な口調でシュウが告げる。
「たしか、皇国の民の精神の拠り所になるべく設立されたって聞いたことがあります」
セルフも、シュウに対しては丁寧な口調で対応する。少し誇らしげに胸を張って。
「そうか。ならばそれが全て偽りだったとしたら……中立でもなく、民の為でもなく、一部の権力者たちの政治の道具だったとしたら……お前はどう思う?」
「は? いや……まさか」
考えもしなかったはずだ。中立と……民の傍にある物と教会を認識している者達には。
「国民を管理するのにも、自分たちに都合の良い価値観を植え付けるのにも、教会という組織は非常に適している。教会を設立した者達は、教会を国民を操る道具として用い、皇王家の力を削いでいった」
「皇王家の?」
いつの間にか他の者達まで……シルファやアオイたち、帝国兵、隠れていたこの街の原住民達までもがシュウと、セルフの会話に耳を傾けていた。
「そうだ。その者達はやがて皇王家の力が弱まると、その存在を背後から操るようになった」
「まさか、皇王家を操るなんてそんな大それたこと……」
「出来たんだよ。奴らは皇王家の秘密も、弱点も知っていたんだからな」
「皇王家の……秘密?」
思わね言葉に戸惑いを浮かべ始めるセルフ。話がどんどん大きくなり、それと同時に何か嫌な予感を覚えた。これ以上聞いてはいけない、聞くと足元から何かが崩れ落ちる……そんな予感が。
「なぜ帝国は、教会は黒髪を奴隷とし、弾圧しようとすると思う?」
「……それは……分からない。しかしその事と、皇王家の秘密と何の関係が」
これ以上聞いてはならない。セルフの本能はそう告げる。しかし彼の好奇心。そして真実を知りたいという気持ちが彼にここで止まることを許さない。
「こう言う事さ」
そう言ってほほ笑むと、シュウはゆっくりと瞳を閉じる。次第に髪の輝きが失われていきやがて……
「ば……かな」
今日何度目かのその言葉を、セルフは今日一番の驚きでもって呟いていた。驚いているのは、彼だけでなく、アオイやフレアといったシュウの仲間以外は皆同様の様子。
「驚くのも無理はない……がこれが理由だ」
そう言って笑うシュウの瞳も、髪も、闇に溶け込むような漆黒へと変わっていた。
「お前達も見ただろ? 銀の力を。一人で幾千もの軍にも匹敵するような力を。故に恐れられた。強すぎる力……異端の力と」
足元が崩れ落ちる。そんな恐怖をフレアは感じていた。価値観が、今まで信じてきた大切な何かが消失するような感覚。そんな恐怖を必死に抑え込みながら、セルフは悲しげに、切なげに微笑む銀の……黒へと変わった青年を見つめる。
「これで分かったか? 一族を弾圧する帝国をどうして皇国後継と認められる? 何より、帝国上層部こそが、嘗て教会を設立し、我が先祖を傀儡とし、やがてはその座を奪い皇国を滅ぼした者達なんだよ」
最早言葉もなく、目を見開くばかりのセルフ。ほんの少しだけ、シュウはそんな彼が哀れに思えた。
神聖帝国には純粋に皇国に憧れを持つ者がいる。後継としての帝国を誇る者達も。そんな者達は教会の言葉を信じ、何時かは自分たちが皇国を再建するのだと信じている。王国などとの戦いもその為の物だと。兵などに就けばそれがただの建前で、実際は領土的野心等によって戦争は引き起こされているという事《現実》を知る事もある。が、しかしそれでも、ひたすらに帝国と教会の事を信じている者達は数多い。皇王家に対する信仰に近い感情が教会への、ひいては帝国への帰属意識に繋がっているのだ。
セルフもまたそんな一人だった。だからこそ、銀であるシュウが自分達へと刃を向けたのが信じがたく、何かの間違い、あるいは何か勘違いがあったのではないかと疑った。しかし結果突き付けられた現実はあまりに重く、あまりに無慈悲な物……
「俺達のやってきた事はいったい……」
こうして、帝国と教会をただひたすら、盲信的にまで信じていた男は、ようやく現実を知る事となった。副団長という彼の地位を思えば、気付くのが余りに遅かったといえるかも知れないが。
「さて、そろそろ身の振り方を考えて貰おうか。逃げるか、それとも最後まで敵対するか」
そして、そんなセルフに発せられた言葉は冷たかった。
「俺達にもそんな時間がある訳ではないのでな」
シュウの言葉に合わせて、フレア達が身構える。何時でも戦闘状態へと移行出来るように。そうする事で、相手が逃げるようにと圧力をかけてゆく……
「剣を拾うつもりは無い!」
そしてセルフも敵対する意志が無いことを示す。
「そうか、ならば速やかに立ち去っ――」
「私は、捕虜となる事を宣言する!」
「……は?」
立ち去るように通告しようとしたところでセルフからの捕虜宣言。
「いや、我々は捕虜を取るつもりは無い!」
慌ててフレアがそう告げるが、
「では私が勝手に捕虜となる事にする」
セルフからはそんな言葉が返ってきた。
「いや、だから僕達にあなたに構っている余裕は無いって」
アオイまでが加わって、何故かセルフを説得しにかかるというおかしな流れとなり……
「構って貰わなくても結構。ただそこの銀の方が構ってくださればそれでいい!」
「だからシュウにもそんな余裕は無いんだよ!」
「そうか、シュウ殿というのか。シュウ様とお呼びしても?」
「良いわけ無いでしょうが!!」
等々……いつの間にか、こちら側に余裕が無い事まで暴露し、ぎゃぁぎゃぁと言い争いを続けるのだった。
「大人気ね~シュウ君?」
そして唖然として見つめるシュウに、シルファがそう耳元で囁く。まるでウィルスの様な口調で。そして……
「そこ! いちゃつかない!!」
意外と目ざといアオイであった。




