第九話
「さて、作戦会議といきましょうか」
夕食を終え、恒例となりつつある食後のお茶会……その席での事だった。
「作戦……なんの?」
本気で分からないといった表情のアオイ。
「あ、あなたねぇ……何時までここにいるつもりなの?」
「あ……」
本気で失念していたようだ。
「フレア君?」
「ふぁ、ふぁい!」
そして気まずそうに視線をそらしているフレア。彼もどうやら何故ここにいるのか、その目的をすっかり忘れていたらしい。
「いや……居心地良すぎて…………ついっ」
そう言って可愛らしくちょっぴり舌を出してみせるアオイ。どうでも良いが、愛らしさに磨きが掛かっていた。
ここにはアオイよりも小柄でありながら、何十倍も歳を重ねた凄腕が居るのだ。ここ暫くの間にアオイはウィルスから愛らしい仕草や、男がぐっとくる仕草など、ある一方向においてのみ有効活用出来そうな技術を習得していた。
「歳取るわよ……無駄に」
「げっ!!」
しかしある意味師匠とも呼べる存在には、そんな可愛いい娘攻撃は通用しない。
無慈悲な宣告を受けて、撃沈するアオイに変わり、フレアが話の続きを促す。
「何故急にそんなことを?」
「別にあなた達の事が面倒くさくなったとか、そういうのでは無いから安心して」
ウィルスは、フレアの言葉の裏に隠された不安を的確に見抜いた上で話を続ける。
「むしろ私としては、独りぼっちで居るよりも楽しいから良いんだけどね、でも余り長く居ると戻れなくなる」
「戻れなく……?」
「今、あなた達は四十日余りの時間をこの場所で過ごした。でもね、外ではほとんど時間が経過していない。長くこの場所にいればいるほど、戻った時に元の世界に馴染めなくなる」
「言われてみれば確かに……」
「そんな気がする……」
「今日、明日出なさいとは言わないわ。でも、能力開放を身に付けた以上、あなた達にこれ以上ここにいる理由は無いはず……でしょう?」
「それは……まぁ、そうだけど……」
なにか少し釈然としない物を感じるフレア。それは他の者達にも通じるものだった。
「ちょっと、急で驚いたというか……」
「びっくりしたというか……」
アオイに続いてシュウまでもがその事を伝えると、ウィルスは一つ溜め息を漏らして、彼女の事情を伝える。
「急な話になったのは、私が言い出せなかったからなのよ」
そう前置きをして、彼女は自身の心情を吐露する。
「この場所にこうして皆で集まって、食事して、お茶会して、話して……私に取っては本当に久しぶりの、懐かしい一時だった。だから私から出て行った方が良いとは、中々言い出せなかったの……」
「シルファ……」
「ウィルス…………」
長い……長い時を独り生きてきた少女。その瞳は今、言葉では言い表せられない、様々な感情を秘めて揺れ動いていた。
「でもね、ここに長く居るのは……あなた達の為にはならない。まだ完全では無いけれど、能力開放は手に入れた。なら後はあなた達が自分でその力を育てるだけ。私も……この場所も、既に役目を終えた」
誰も言葉を発しなかった。ただ静かに彼女の言葉を噛み締める。
「分かりました。明後日の朝、此処を出ましょう」
代表してシルファが決断を下す。他の者達からも異論は挙がらなかった。
そうと決まれば話題は尽きない。皆はウィルスを囲み、何時までも……何時までも語り続けた。
「そう言えば、シュウって皇王家の血筋なんだよね?」
それを知った時は他にいろいろあった為、突っ込んだ話にはならなかった。その為ここで改めてとアオイが話題に上げる。
「そう言えばそんな事も言ってたな……改めて考えたら驚きだよな」
「王国、帝国、諸島連合……そしてその他の小国。これら全てをまとめ上げた超大国シルフォルニア。その皇族にして最強と言われた銀の一族。まさかシュウ君が末裔だったとはねぇ……」
フレアも、そしてシルファも改めて、そしてしみじみとシュウを見つめる。
「いや、末裔って言ってもだいぶ代は重ねているし、何というか……ちょっと恥ずかしい」
三人の視線を受けて、シュウが照れくさそうに頬を掻く。
「ん? って事は、シュウの中にいるシュウエンリッヒって人も皇族なのか? シュウの先祖の人格ってか、精神なんだろ?」
「たぶんそうだと思うけど……確かなことは知らないな」
フレアの質問には首をかしげるシュウ。言われてみれば中にいる人物の事をあまり詳しく知らない事に気づく。先祖だからと妙な親近感もあるし、信頼もしているが、実際にどういった人物なのか、何を成した人物なのか疑問が沸いてくる。
(起こして聞いてみるかなぁ)
今はシュウエンリッヒの人格は眠りについている。人格の摩耗を防ぐためだとかで、これまでも偶に音信不通となっていた。
「あ、彼も皇族の一人よ」
シュウがシュウエンリッヒを起こすかどうか迷っているうちに、答えは横に座るウィルスからもたらされる。
「ちなみに末裔とかではなく、皇王として立った人物よ」
という事はシュウとは違い、まだ皇国が健在だったころの人物という事になる。思っていた以上に昔の人物なのかもしれない。
「代は? 何代目なんですか?」
興味津々。わくわく、ドキドキといった様子でアオイが問いかけてくる。身近な所に思わぬ有名人がいたのかっ? と期待に瞳を輝かせる彼女に、あっさりとした声音で、しかしとんでもない答えをウィルスは言ってのけた。
「初代だけど?」
「…………」
「…………は?」
「………………え?」
「今、何て…………」
「だから初代。初代皇王よ?」
その答えには、アオイだけでなくシルファも、フレアも、そしてシュウも大いに驚くのだった。
『え、ええええええええええええええ!?』
◇◇◇
「銀の髪だからもしかしたら……ぐらいには思ってたけど……」
一通り叫び声を上げたり、暴れたり、四人が四人とも全力で驚きを露わにした後、肩で息をしながらアオイがそんな感想を漏らす。
「いや、もしかしたらとは思っていたけど……まさか、初代皇王その人とは……あぁ、初代様に対するイメージが……」
その隣で、こちらも肩で息をしながら頭を抱えるフレア。
「初代様と言えば、当時バラバラだった国やら国以下の集団やらを纏め上げて一国を立ち上げた人ですよね?」
同じくシルファ。
「味方であればこの上なく大事に扱い、守り慈しむ。そして一度敵へと回れば、全く躊躇も容赦もなく殲滅する絶対的強者」
「余りに強く、余りに強大。たった一人からなる無敵の軍勢」
「その強すぎる力によって最後は味方に殺されたという噂もある伝説的存在」
フレアとシルファが交互に語る初代皇王の像は、この大陸に暮らす者ならば幼い子供から、大人まで皆が知っている英雄譚だった。
「伝説の初代皇王……」
「歴史上最強と言われる英雄……」
そんな存在と四十日以上――体感時間で――も一緒に居たとは思いもしなかった三人。今後その当人が表に出たとき、一体どう接したならよいのか……
「はぁ……」
「ハァ……」
「全く、厄介な……」
溜め息の抑えられないシルファとフレア、アオイであった。
こうして夜は更けていく。新たな戦いへと向けて……




