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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第一章 入学
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第五話

「でもよかったね、注意だけで済んで」


 アオイがそう言って微笑むと、


「まぁ~な。ま、実際のとこはレオナルド相手にあんまり強くは出られないって感じだったぜ。あの場を抑えるためにとりあえず俺とあいつを連れ出したはいいけど、あいつに罰を与えるわけにもいかず、だからと言って俺だけに罰を与えるのも論外。結局注意にとどめるしかなかったって感じか」


 そう分析するフレア。その表情は何処かほっとしたような表情で、内心では教員に呼び出されたことに衝撃を受けていたことがうかがえる。


 場所は入学式の後にも訪れた喫茶店。メンツもあの時と同じシュウ、フレア、アオイの三人。学校帰りに立ち寄った三人は、先ほど起こった実力査定での出来事について触れていた。実力査定を終えたシュウとアオイが蒼組の教室へと帰ってきたのと、フレアが担当教員から注意を受けて帰ってきたのとはほぼ同時であった。同じ組である以上そこにはレオナルドとその取り巻き達の姿もあり、両者の間に険悪な空気が流れた。けれどもさすがにその場では騒ぎを起こさず、けれど険悪な雰囲気はそのままにその後の講義を受け、今に至る。


「悪かったな。巻き込んでしまって」


 シュウがそう言って謝ると、


「気にすんな、悪いのはみ~んなあいつだ」


 "あいつ"のところを強調してフレアが答える。そして何か思いついたらしく突然にやりと笑う。


「けど……」


「けど?」


 嫌な予感を覚えつつシュウが続きを促すと、「悪いと思ってんなら飯でもおごってもらおうかな」


 そんなことを言い出した。フレアはじつによく食べる。もともと体はやや大柄なほうだが、それでも不釣り合いなぐらい食べる。そのフレアに飯をおごるというのは決してシュウの懐にとって軽い負担ではない。むしろかなり重い負担と言えよう。しかし、まぁ仕方ないかと思ってしまった。シュウの為に本気で怒ってくれる者などそう多くない。同年齢となると皆無だ。ただ一人を除いて……その一人のことを考えてしまい、シュウの中に大きな喪失感、そして無力感が漂い始める。辛く重い記憶が甦りそうになり、それをあわてて振り払う。―今は考えるな!―そう自分に言い聞かせて。


「まったく、仕方ないな……」


 固くなりそうな表情を無理やり笑みの形に変えてシュウが答える。


「え、まじで? いいの?」


 まさか許可が出るとは思っていなかったフレイ。


「なんだ? いらないのか?」


 今度はシュウがからかうように言う。


「いる!!!!」


 何をそんなに。と思うほど力を込めてフレアが答えた。





「そういやさ、シュウって何か特殊技能とか持ってんのか?」


「は?なんだ突然?」


 何の脈絡もなく、突然思いつきのような質問をするフレア。結局なぜかアオイにまでおごる羽目になってしまい、食事を終え、食後のデザートに取り掛かったところでの質問だった。ちなみにこのデザートもシュウのおごりだったりする。


「いやだってさ、ここって一応名門だろ?シュウは神霊術使えないし、なんで入学できたんだろうって」


「そういわれてみれば確かに。今まで考えなかったけど……シュウどうやって入ったの?―まさかコネとか裏金とか裏口入学とか!?」


「いや、シュウが金持ちに見えるか?貴族なわけないし、あるとしたらコネだろ?」


「そっかぁ、コネかぁ……」


「いや、おまえら……」


 フレアは普段の言動とは逆に知的で鋭い面も持っている。持っているのだが、後半二人の言いぐさはいったい何なのだろうか。まぁ、大分打ち解けてきて遠慮がなくなってきているということか。アオイも便乗するようになったし、仲良くなった証拠。いいこと…………なのか?


「ちゃんと入学試験受けたよ……」


 シュウはため息交じりにつぶやく。それを聞いて顔を見合わせる二人。そして―


「どうやって?」


 まったく同時に口を開く。この質問の意味はおそらく、どうやって合格したのか?といったところだろう。そう判断しそれに対する答えを返す。


「これから先の評価もまぁそうなんだが、入学試験の評価基準ってなんだったか覚えてるか?」


「ええと入学試験……何したっけ?」


「神霊術の理論と実戦、あと学力査定だよ。」


 つい一月(ひとつき)ほど前のことをきれいさっぱり忘れている様子のフレアと、対照的にすらすらと答えたアオイ。一体全体フレアは鋭いのかそうでないのか?すごいのかすごくないのか?


「そういやしたな。そんなこと……ってことは相当学力査定の結果が良かったってことか?」


「いや、学力は平均より少しだけ上なぐらいだが?」


 何処か面白そうに答えるシュウ。


「いや、だって学力じゃなきゃあとは神霊術だろ?こう言っちゃあなんだが……」

 言いよどむフレイ。いいやつだな―そう思いつつ、シュウはにやりと笑う。


「そこが間違いなんだ。実際には神霊術の理論と、実戦なわけで、決して神霊術の理論と、神霊術の実戦ではないってことだ」


「あ!!!」


 表情に理解の色が広がるアオイ。


「……だから何が違うんだよ……」


 対照的にいまだ理解できないフレア。表情がどこか不機嫌そうになってきた。


 気は長いほうではないからな。そう思いつつ種明かしをするシュウ。


「実戦はあくまで実戦であって、精霊術を使う必要はないんだ」


「あ~なるほど」


 そこでようやく理解の色が広がるフレア。シュウはそれを見てさらに言葉を続ける。


「今日みたいな神霊術の実力査定ならば正直どうしようもないが、実戦となれば話は別だ」


「シュウは神霊術以外の何らかの戦闘手段を持っているということだね?」


 アオイが勢い込んで聞いてくる。その表情からは好奇心が容易にうかがえる。


「俺の場合は剣技だ。これでもそこそこは使えるほうだと自負している。ちなみに………実戦の俺の評価は Aだ」


「…………は?」


「…………え?」


 二人が驚くのも無理はない。評価基準は基本的には A、 B、 C、 D、 Eの五段階。入学試験時では大体皆が Cか Dといったところ。それでも同年齢の中では優秀な者たちだというのが名門たる所以である。だからこそ入学時に Aという評価を得たシュウは評価だけを見れば非常に優秀だと言える。ちなみにフレアの評価は C、アオイが B。


「どうやりゃ剣技だけでA がでるんだ?」


「そうだよ、なんで、どうやって!?」


 二人はシュウが自分よりも高い評価を得て入学したことに驚きを隠せない。しかしその目には純粋な驚きと興味しかない。嫉妬や劣等感といった負の感情は一切含まれていない。シュウはそのことに深く安堵している自分に気づく。いつのまにか二人といる時間は心地よいものになっていた。なぜ二人は自分に普通に接するのか……疑問を抱かないわけではない。でもそれは二人と共にいればいずれわかるような気がした。


「なぁに、笑ってんだよ?」


 言われて初めて気づく、自分が無意識のうちに笑みを浮かべていたことに。こんな気持ちはいつ振りだろうか。見ればそういうフレアの顔にも、アオイの顔にも笑みが浮かんでいた。


 ―俺は本当に得難いものを得た―


 心の底から歓喜が湧き上がってくる。同時にむずがゆくなり、恥ずかしくなる。それでもシュウは笑みを深め一言。


「何でもない」


 そう、何でもない。けれどかけがえのない幸福なひと時だった。




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