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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
最終章 銀の目覚め
56/71

第一話

~~~登場人物紹介~~~


・シュウ

  主人公。黒髪の青年。剣聖サクヤの弟子で闇の力の使い手。刀を愛用する剣士。


・フレア

  シュウの友人。鋭い一面を見せることもあれば抜けた一面も見せる曲者。赤い髪の炎の神霊術師。ただし瞳は青くミックスである。


・アオイ

  シュウとフレアの友人。蒼い髪を持つ氷の神霊術師。攻撃特化型で治癒関係は苦手(蒼髪は治癒系と、攻撃系に分かれる。氷は大体が攻撃系)


・レン

  王都の貧民街で暮らしていた黒髪の少女。エリシアと面識があり、たまにエリシアが面倒を見ていた。


・コウ

  レンの弟。姉同様黒髪。


・ファルノース

  幻惑のファルノースで知られる神聖帝国四将軍が一人。シュウに倒される。

「チハヤさん、大丈夫ですか?」


 そう声を掛けながら、一人の少女が女性の体を拭き清める。与えられた水は僅か。飲み水の分を確保することを思えば、あまり多くは使えない。


「いたっ!」


「す、すみません!」


 チハヤの体にはあちらこちらに擦り傷やら切り傷やら中には打撲の跡も見て取れた。決して上等とは言えない荒い布で体を拭いている為、その傷口に当たった際に傷が染みたのだ。


「大丈夫。ごめんね汚いでしょ?」


「いいえ……そんな事……」


 少女は首を振る。チハヤの傷が、汚れた体がどういった行為によって為された物なのか、幼い少女にもなんとなくだが想像できた。


「うそつくな! どうせ汚いと思ってるんでしょ? 穢れてるって。自分は何もされてないからって!!」


 そんな少女に別の方向から怒声が飛んだ。


「ひっ――」


「止めて!!」


 首をすくめ、怯える少女をチハヤが庇う。そんなチハヤにもその相手は怒声を浴びせる。


「いい子ぶるなよ この中であいつらの慰み者になっていないのはレンだけだ! たった二つ。たった二つなのに……」


 王都から狭い馬車に詰め込まれ、無理やり連れてこられた女達。道中、そして町についてからも彼女達は男たちの慰み者とされた。


 この集落に住んでいて捕虜とされた者。彼女たちの様に別の所から連れてこられた者。

 そんな女性たちが三つの簡易天幕へと詰め込まれている。訪れる男達は、何故か未だ幼い少女には誰も手を出そうとしない。その事も、叫ぶ女性の怒りを一層駆り立てる。


 今叫んでいる女性はレンより二歳だけしか違わない……たった二歳、それでも彼女は男達の慰み者にされた。


「なぜ私たちだけがこんな目に合う! 黒髪なのがそんなに悪い事なのか?」


 女性の声には悲痛な叫びが込められていた。


 彼女達は王都の端で細々と暮らしていただけだ。色付き達から馬鹿にされようとも耐えて必死に生活してきた。その中で一部の色付きの者達が彼女たちに衣服や食料を提供してくれるようになり、少しずつ生活が向上し始めていた、その矢先……


「レンも奪われた側よ。奪った側ではないわ」


 失望も、絶望も、憎しみも、全ては奪った者へと向ける物。少なくとも一番幼い怯えている少女へと向ける物ではない。チハヤは自分に、そして相手にその事を言い聞かせる。


「恨むなら私たちの住処を、家族を奪った者達を恨みなさい。憎むなら我が身を穢した男達を憎みなさい! 憎しみを、怒りを、苦しみを違う相手にぶつけては駄目よ!!」


 それは正論だったかもしれない。しかし綺麗事でもあった。正論は人を救わない。正論は耳に痛い。正論は受け入れがたい。いつも必ず正論が勝つとは限らないのだ。そしてこの時も……


「そんな綺麗事に何の意味がある。何か変わるのか? 今! この状況が!」


 力の限りに叫ぶ。そしてその叫びが新たな不幸を呼び寄せる。


「なんだ、なんだ、元気有り余ってる奴がいるみたいだな~」


 下卑た笑い声を伴って数名の男達が入ってくる。途端にそこにいる女全員の顔に恐怖が浮かぶ。皆が顔を伏せ、決して男達と視線を合わせないようにする。そしてその夜も何名もの女達が連れ出されていくのだった。


                 ◇◇◇


 一方で、女達と引き離された若い男や、子供たちはというと……


「さっさと歩け! もたもたするな!」


 労働力としてこき使われていた。体が丈夫で力もある黒髪達は労働力として重宝される。奴隷としては需要も高く、そして一度奴隷となれば死ぬまで酷使される。

 今もまた男達が飼葉の準備や、集落の要塞化、その他の労働にこき使われている。その中には未だ幼い少年の姿も見受けられた。


「コウ……ほらがんばれ」


 姉のレンと離され、一人労働へと放り込まれたコウ。そばには若い男が寄り添っているが、その男の体には至る所に痣があり、額からは玉のような汗が滴り落ちていた。


「見つかるとまた殴られるぞ」


 最初の頃は多くの者達がコウや他の少年を気遣った。しかし時間と共に自分だけの事で精いっぱいとなり、次第に子供たちを気遣う余裕を失っていった。

 今ではコウを気遣うのはこの青年一人だけとなり、青年もまたコウ以外の少年を気遣う余裕はなかった。


 そんな彼らを高い場所から眺める複数の影。


「進捗状況はどうか?」


「は、予定よりは少し遅れておりますが……」


「急がせろ。休憩時間を減らせば良い」


「それでは、逆に疲れで効率が落ちるのでは?」


「落とさせる様に鞭で急かせば良い」


「かしこまりました」


 今回神聖帝国から部隊を率いてきた上級将軍とその部下達であった。彼らは占領した集落を要塞化し、今後の侵攻の拠点とする任務を受けていた。


「王都の連中が上手くいけばそれで良い。しかし失敗したならばこの地はより重要性を増す」


 彼らには王都の反乱が失敗したことはまだ伝わってきてはいない。しかしそれも時間の問題だろう。そうなった時にはこの地を拠点に侵攻作戦が再び開始される。


「さて諸君、英気を養いに行こうではないか」


 そして男達は娘達が詰め込まれた天幕へと足を運ぶ。男達が各々好みの女性を物色する中、上級将軍の老人が選んだのはいずれも年端もいかぬ少女ばかり。その中にはレンの姿もあった。男達が幼い少女に手を出さなかった理由。それは慈悲でも倫理的価値観でもなんでもない。ただそれが老将軍の獲物というだけの理由だった。


                 ◇◇◇


「状況はあまり芳しくない様ね」


「まさかこんな事になっていたなんて……」


 見つからないように細心の注意を払いつつ、

アリサとシュウが嘗てエルノースと呼ばれた集落を見つめる。


「王都には伝わっているのか? それとも途中で止められたか、あるいは……」


「混乱の中に埋もれたか……だね」


 その隣にはフレアとアオイの姿もあった。


「どちらにせよ、私達にはそれらを知る術がない」


 シルファの言葉に皆が耳を傾ける。


「突入してもいいが……情報収集がまず最初だろうな。とりあえず少し離れるぞ」


 状況を知る為に肉眼で目視できるほどの距離にまで集落へと近付いていた五人と一匹。今後落ち着いて作戦を練る為にも一度距離を置く事にし、素早く移動を始める。


「王都の方はどうなんだろうな」


 移動しながら別行動中のアリシア達の安否を気遣うフレア。この時にはすでに王都の混乱は収拾へと向かい、援軍の編成に入っていたのだが、遠く離れている彼らにはそれを知る術はない。


「向こうの事は先輩達に任せよう。我々も目の前の事に集中しなければ」


 経験的にも立場的にも指揮官役となるシルファが皆の気を引き締める。彼女達は今からたった五人(+一匹)で、一部隊を相手にしなければならないのだから……




「ここ辺りでいいだろう。何かいい案があれば教えてくれ」


 シルファの号令で作戦会議が始まる。と言っても少人数なのだ。出来ることも、出てくる案も限られている。


「潜入しての情報収集と、あとは時間稼ぎとか?」


「援軍来るかもわからないのに?」


「時間稼ぎというより、妨害工作の方が都合がいいかも。要塞化しようとしてるのは見れば分かるから、そこを邪魔するとか」


「人質を取られたらどうする? あんまり派手に動くとどうなるか分からないぞ?」


「それは……確かに」


「そこ辺りの加減が難しいね。ある程度の妨害は有効だと思う。でもやり過ぎて人質を前面に出されたら身動き取れなくなる」


「となれば、ばれないように……例えば事故に見せかけての妨害。そして情報を集めるって感じですか?」


 一通り意見を出し合い、ああでもない、こうでもないと話し合いを続ける。次第に方向性が固まり始め、シルファ、フレアが中心となってまとめに入った。


「潜入は私とシュウ君で行おう。悪いがシュウ君は連れて行かれた男達に紛れ込んで、中から妨害と、あと情報収集を頼む」


「了解。シルファさんは?」


「私はレンという女性を探してみようと思う」


「なるほど。レンとコウの姉弟はエリシア先輩と仲が良かったみたいですし……いいかもしれませんね」


 フレアが納得顔でうなずくと、アオイもそれに同意を示す。


「私もそれでいいと思います。エリシア先輩からも二人の事は頼まれていますし」


 エリシアは別れ際まで王都へと戻るか、それともこのまま追いかけるかを迷っていた。彼女が一番連れて行かれた黒髪達と仲が良かったのだ。だからこそ王都へと引き返すことを決めた後もレン達二人の事を心配し、アオイや、シュウ、フレア、アリサ、シルファへと後を頼んだのだ。


「後は……俺とアオイとアリサ先輩は状況を見つつ待機。二人の脱出を援護する、もしくは状況を見て突入するってとこですか?」


「そうだね……いや、王都への連絡役がいる」


「となると、私の出番ね」


 アリサが前へ出る。アリサは風の神霊術師だ。連絡役には最も適している。


「お願いしても?」


「構わないわ。馬を一頭借りるわね」


 アリサは馬車をひかせていた馬の中から、最も体躯の大きな黒毛の馬を選ぶ。


「疲れたかもしれないけど……あと少し、頑張ってね」


 そう告げるとアリサは馬の手綱を持ってシュウたちの居る所へと戻ってくる。


「シュウ君、絶対無理はしちゃだめだからね。くれぐれも気を付けて無事に帰ってくること。アオイちゃんも、フレア君もだよ?」


「了解」


「シルファ。三人の事お願いね」


「分かりました」


 それだけ告げると、さっそくアリサは馬へと跨る。


「出来るだけ急いで戻るから。それまで無事で」


 そう言い残すと、さっそうと馬を駆けさせるアリサ。その姿はあっという間に小さくなり、消えてしまった。


「良く匂いを覚えていてね。集めて情報を届けてもらうかも知れないから」


 そう言ってシルファはリーザの頭を撫でる。気持ちよさそうに顔をシルファに擦り付ける様子は何処から見ても飼い犬か、もしくは飼い猫にしか見えない。

 ただしその知性は別格。既に自分の役割を理解していて、意識はちゃんと去っていくアリサと黒馬に向けられていた。

 シルファ達の視力ではすでに追う事は出来ないが、リーザの瞳には未だはっきりとアリサの姿が捉えられていた。


「お願いね」


「わふ!」


「では夜までは自由時間という事で」


 今は日が傾きつつある黄昏時。決行は完全に日が沈んでからという事になった。それまでは思い思いに過ごす四人。とはいえ自然と四人で固まって時間を過ごす事になった。


「シュウ君はさ、ずっと力を隠して暮らしてきたの?」


「隠す?」


 シルファの唐突な質問に意味が理解できずに聞き返すシュウ。


「ファルノース戦で見せた力。闇の力…だっけ?」


「ああ……隠すと言っても、あれを扱えるようになってあまり時間が経ってないですからね。まぁでも、第一段階も隠していたんで、隠して生活してたって所は合ってるかも」


「第一段階?」


 聞きなれない言葉にフレアが反応する。


「肉体強化の事なんだって」


「ああ」


 それだけの説明で納得する様子を見せるフレア。アオイも横で納得顔をしている。


「……すまないが、私にもわかる様に説明してもらえないだろうか?」


「ああ、すみません」


 フレアと、アオイとの付き合いはそれなりに長く、深くなっている。だからこそ言葉少なく通じる時もあるが、シルファは未だ出会って短い。


「黒髪の力の特徴の事です。黒髪の特徴として、力が他人より強かったり、丈夫だったりすることはご存知ですよね?」


「ああ」


 シルファは素直に頷く。その事で一部地域では奴隷としての需要が高いことも知っている。


「それを意識的に底上げする能力の事を第一段階と呼んでいるそうなんです。具体的には五感の感覚増幅や、筋力、反射神経の強化などです」


「なるほど」


 ファルノース戦で見せたあれかとシルファは納得する。しかし続く言葉に彼女は驚きを隠せなくなる。


「ただこれは正確には黒髪だけの特権ではなく、訓練次第で誰にでも身に着けることが出来る能力だそうです」


「本当か!」


 思わずといった様子でフレアが喰い付く。その隣でアオイも同様に興味深そうにしていた。


「個人差はあるけど大体大丈夫らしい」


「お、俺にも?」


 ごくりと唾を呑み込む音が聞こえる。


「ああ」


「わ、私にも?」


 シルファがずいっと前へと身を乗り出す。


「ええ……」


「ぼ、僕……も?」


 アオイが可愛らしく首をかしげる。


「あ、ああ」


「ただ、すぐに身に付く物でもないし、長い反復練習や、きつい訓練が待ってる。恐ろしいほどに……」


 今すぐ教えろと迫られそうな勢いだったので、先に釘を刺すシュウ。その際に訓練時の事を思い出してしまい、思わず身震いしてしまう。それが何より雄弁に訓練の過酷さを物語っていた。


「第一段階があるってことは第二段階も?」


 フレアが気を取り直すように次の質問へと移す。


(相変わらず鋭いな……)


 内心で感心しながらも、それを表に出すようなことはしない。


「もちろんある。それが闇の力の発動だ」


「それって誰にでもできる事なの?」


「いや……」


 アオイの質問に首を振って答えるシュウ。


「黒髪の中でも、素質がなければ無理らしい。あとよほどの天才でもない限り自力でたどり着くことも不可能」


 サクヤが言うには、シュウの時の様に、無意識の領域で力が漏れ出ることはあるらしいが、コントロールすることが出来ずに暴走させるのがせいぜいと言ったところらしい。


「闇の力、無の力。これってはっきりしないだろう? 炎の様に紅く熱いって訳でもないし、氷の様に蒼く冷たいって訳でもない。そのそも無って何だ? 何色だと思う?」


「黒?」


 黒髪が持つ力だからと言葉を添えるアオイ。


「無色じゃないのか? 無なんだし」


 これはフレアの意見。


「分からない……そもそも無ってことは概念自体が存在しないんじゃ……」


「シルファ先輩が正解」


 軽く指さし、頷いて見せるシュウ。


「そもそも存在しないから無なんだ。闇は黒ってイメージがあるけど、その力である所の無は存在しない。確かにそこにある力なのに、概念が存在しない。ここに訳の分からない矛盾が存在する」


「そこにあるのに無い。って言うのがある?」


「駄目、訳分かんなくなってきた」


「そこなんだよ」


 アオイの言葉に反応するシュウ。


「要するに考えるだけ無駄って言う事に気づいた先達がいたらしい。その男……だか女なのかは分からないけど、その人が、そこに確かに存在して、かつ同時に存在しない物って概念を無理やり作った。そしてそう言う物だって自分と霊素と、世界に思い込ませた。そうして初めて発現した力が、闇の力、無の力なんだよ」


「余計わかんなくなってきた……」


「結局、闇と無って一緒なの? 違うの?」


「矛盾から生まれた力?」


 三者三様に悩み、もがき、苦しむ姿を微笑ましげに見つめるシュウ。嘗て彼もサクヤを前にして同じ状態に陥ったのだ。


「まぁ結論から言うと、考えるだけ無駄だってこと。もうそんなもんだって思い込めって。理屈や、理論じゃ通用しないんだよ。だから難しい。そもそも使ってる僕自身、よく分からないんだから」


「それって怖くねぇか?」


「怖いよ」


 良くも分かりもしないで使っている力。それほど恐ろしく、危険な物はない。


「だから限られた者にしか教えないし、継承しない。させない」


「現在の継承者は?」


「それは……」


 シルファの問いかけに少し言い淀む様子を見せるシュウ。しかしそれに気づけたのは付き合いの長いフレアとアオイだけであった。


「僕と師匠の二人だけみたいです。良くは分かりませんが、途中で一度伝承が途切れたとか……それより、そろそろ時間みたいですよ?」


「あ、ほんとだ……」


「すっかり話込んでしまったな」


 シュウの話題転換に気を取られるアオイとシルファ。フレアだけは気づいたようだ。しかし彼は気づいても何も言わず、聞かなかった。


 一度途切れた伝承。では途切れた物がなぜ今も残っているのか。誰かが復活させたのか? それの答えは否だった。


(伝承は二つあった。一つは第二段階に関すること。もう一つは……)






 秘密の扉は二つまで開けられた。残る一つが開かれるのも、そう遠い話ではない。

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