第八話
「胸糞悪い終わり方だ……」
沈黙が落ちる中、サクヤが呟き歩き始める。向かう先にはシュヴァルツ配下の神聖帝国軍の生き残りが。
「選べ……降伏して生き残るか、抗って死ぬか」
「…………」
無言で顔を見合わせる神聖帝国兵。二個小隊二十人余り居たのが、今は十四人にまでその数を減らしていた。
「刃向わせていただきます」
この場に居るのはいずれも四将軍の長、シュヴァルツ・イエーガーの直臣である。その矜持を胸に彼らはサクヤに挑む。
「終わったわね」
「そのようですね」
その様子をアヤネと、アリシアが静かに見守る。十四人の神霊術師が総攻撃を掛けている。それもたった一人に対して。普通であれば落ち着いて見ていられるような状況ではない。普通であれば……
「驚かないのね」
「驚いてますよ、十分。ただ私の後輩にもいますからね。似たようなこと出来る子が」
「ああ~なるほど」
彼女の視線の先では、サクヤがただ突っ立ている。四方八方から浴びせかけられる神霊術を避けることも、躱すこともせずに。なぜならその必要がないからだ。
襲い来る敵の放った神霊術。それらは全てサクヤに当たる前に彼女の周りに展開した黒炎によって防がれている。
防ぐというのもおこがましいかもしれない。黒炎は触れた先から敵の神霊術を消滅させているのだ。炎も、水も、氷も、土も、砂も、岩も、ありとあらゆる物全てを……
「黒髪に対する恐怖。分からないでもないかもしれませんね」
ふとアリシアが呟く。敵国のではあるが、精鋭の十四人の神霊術師。彼らの攻撃がただの一つとしてサクヤの身には届かない。薄く漂う黒き炎を、その何十倍もの質量をもってしても四色の神霊術では破れないのだ。たとえ今、あの場にアリシアがいたとしても結果は同じだろう。
「闇に属する力。その属性は消滅……だからね」
アヤネもサクヤの力を知った時にはアリシアと同じ感想を抱いた。相殺するのでもなく、打ち落とすのでもなく、消滅させる。全てを無に帰す力。過去の者達が忌み嫌い、恐怖したのも頷ける。
そうこうするうちに、一人、また一人と術の酷使により気を失っていく。そしてついに、立っている者は、サクヤただ一人となった……
◇◇◇
「一つ聞きたい」
何かの証拠になるかもしれないと、倒れた者達を拘束し、味方の怪我の手当てを始める中、ウイスト四世がサクヤへと近づく。
「何か?」
「その前に礼を。助けてくれたこと、この国を代表する者として、そしてこの地に住む者として感謝する。ありがとう」
「構わんよ。弟子の為にしたことだ。弟子に変わってな」
「シュウ君の為?」
近くに控えていたアリシアが口を挟む。
「王国が落ちればあれが悲しむ。それに因縁もあったしな……」
サクヤが自分の手を見る。そこに握られていたのは鞘にしまわれたスランサーだった。
「今後その剣をどうするおつもりか? そしてあなたはその力をどう使うおつもりなのか、お聞かせ願いたい」
一国の王にしては腰の低い問い掛け方。しかしその瞳は笑うことなく、鋭さを持ってサクヤへと突き刺さる。
「これか……」
そう言って彼女はそれを抜く。
「え?」
「なんで?」
そこにあったのは紅き直刀ではなく、紅き刀だった。
「これは自分で主を選ぶ。主に適した形となってな」
「では、今の主はあなたという事か?」
「いや、そうではない」
サクヤは王の疑問に否と答える。
「私を主とするのならば、その形は長刀であるはずだ。私の紅凰麟のようにな」
「まさか、その剣も!?」
「ああ。紅凰麟も自ら主を選ぶ」
「そんな剣があったなんて……」
思いもよらなかった事実に呆然とする国王。そこでアリシアが更なる疑問を投げかける。
「ではスランサーの新しい主は誰なのです?」
「私に反応したという事は、私に近しい者という事だ。その中で刀の使い手と言えば……」
「もしかして、シュウ君?」
「そう言う事」
「でも、スランサーはもともと黒髪に対抗する為に作られたって……」
「まぁな。剣がどういった基準で持ち主を選ぶかは分からない。ただ先代の主も黒髪だったらしいぞ?」
「え? 前の主ってシュヴァルツではないの?」
その疑問は問い掛けたアリシアだけでなく、話を聞いていた王や、皇太子、その他の者達にも共通するものだった。彼らはシュヴァルツの次の主にシュウが選ばれたと思っていた。
「いや奴は選ばれた訳ではない。もし剣が主と認めていたならば、私はもっと苦戦しただろう」
「まぁ、黒髪に対抗する為に作られたんだしね」
そう言いつつも、アヤネは国王やアリシアの顔色を伺う。案の定二人は苦い顔をしていた。
「我々は十分苦戦したんだが……」
「……これは失礼」
失言だったと少しだけ頭を下げる。
「にしても、皮肉ですね。黒髪に対抗する為に作られた剣の主が二代続けて黒髪なんて」
「まぁな。せいぜい利用させてもらうか、もしくは封印するか。そこ辺りはあ奴の判断に任せるさ」
「確かに持っていたら、また狙われそうですしね」
「こんな感じでよろしいか?」
「え……ああ。十分です」
自分が始めた質問だったと頭をかく国王。その脳裏ではすでにいくつかの計算がなされ始めていた。
一方軍学校の外部はというと、エリシア率いる第三軍によって、ほとんどの騒動が制圧されていた。
もともと入り込んでいた神聖帝国の人間は数が多くなく、騒ぎを起こした殆どが煽られたごろつきや、犯罪者だった。
その結果、特に連携などがあるはずもなく、確固撃破されていったのだった。連携されていれば、もう少し手こずったかもしれない。
「かくして幕は閉じる……どうだ? 感想は」」
「そんな……ばかな。四将軍だぞ! あの……」
そして内心穏やかでいられなかったのがユシヒロに連れられたベヘトールだった。
「自分の目が信じられないのか? 今見たのが全てだ。あまり、黒髪を馬鹿にしないことだ。もちろんミックスも。彼らが一斉に反旗を翻したらどうなると思う?」
「…………」
ベヘトールは答えられない。圧倒的に思えたシュヴァルツでさえもサクヤにはかなわなかった。そしてその後の十四対一の信じられないような結末。全てが信じられない夢のような出来事。
「事実だぞ。全部」
そんなベヘトールの顔色を呼んだのか、ヨシヒロが無慈悲に現実を突きつける。
「王は知っていたのか?」
「黒髪の事か? 知っていたはずだ。俺達四家も知っているし、神聖帝国の上層部も知ってると思うぞ」
「神聖帝国も?」
ではなぜその黒髪を迫害するのか。そんな疑問が透けて見える。
「怖いからさ。そして恐ろしいから。たぶん奴らは黒髪に取って代わられるのを恐れてるんだろう……あれだけの力だ。だから奴らは迫害し、虐げる。逆らわないように」
「怖いから……」
分かる気がした。今、ベヘトールは恐ろしいと感じている。自身の価値観が覆されたのが。黒髪の力が……
「どうする? お前も迫害するか? 反抗できないようになるまで。それとも嘗ての皇国や王国の様に黒髪と手を携えて歩くか?」
「――っだから、皇国は……」
帝国は恐怖を排除する事を選び、皇国や王国は恐怖を受け入れ、隣人とした。そう言う事なのだろう。
「国王と……よく話をしてみようと思います」
もっと早くにするべきだったかもしれない。アフレイア家の主張ばかりを聞くのではなく、王家の主張にもっと耳を傾けていれば……
「――っつ!! そうだ国境……」
ここでベヘトールは唐突に思い出す。国境線を超えて神聖帝国の本隊が進軍していることを。
「陛下!!」
隠れていることも忘れ、慌てて国王の下へと走り寄っていくベヘトール。
「やれやれ……」
後に残されたヨシヒロは苦笑いを浮かべるのだった。




