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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第五章 王都動乱
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第七話

「聞いての通りだ。王国は神聖帝国へと下る。私の命で矛を収めてくれ……」


 ゆっくりと王が身を起こし、敵の視線に我が身をさらす。


 王国往々直々による降伏宣言。その様子を影から見つめる視線が二組あった。


「結局はこうなるのだ。ならば抵抗などせずに初めから降伏しておけばよかったものを……」


 そう口にするのはその二組のうちの一つ、ヨシヒロに連れられたベヘトールであった。


「さて、それはどうなのかな」


 そんなベヘトールに対して思わせぶりな 発言をするヨシヒロ。


「どうかなって、決まりだろう? ここからどうにかできるとでも? あの男を。誰が?」


 戦いの専門家でないベヘトールでも分かる。あの男の強さは異常だ。神遺物スランサーという化け物じみた性能を持つ剣を自在に操れる。そんな男に対抗できる者がいる訳がない。


「彼女次第だな。それは」


 そう言って視線を向けるヨシヒロ。彼の見つめる先には、こちらへ向かい全力で走るアリシアとサクヤの姿があった。




 同様に、国王が敗北を受け入れた現場をのぞき見ていた者がもう一人。この地の情報を本国へと流し、二個小隊の王国並びに王都入りを支援したフランだった。


「国が亡ぶ……か」


 今朝見た光景が蘇る。幸せだった時の記憶。彼女の暮らした平和な村。その平穏を壊したのは他でもない神聖帝国だった。そして今、彼女が忌み嫌う国が他の国へと同じことをしている。そして今の彼女はその一員。今度の彼女は奪う側、壊す側。


「仕方ない、私にはこうするしか……」


 膝が震えるのを必死に我慢する。彼女には彼女の理由がある。守りたい家族が、亡き父から託された母と妹がいる。それを守る為に何でもすると誓った。諸島連合ではスランサーは手に入ったが、彼女自身は任務を失敗したことになっている。二度目の失敗は許されない。でなければ彼女は父に続き、母か妹を失ってしまう事となる。


「このままいけば……」


 事は順調に進んでいる。国王の首をはね、王国を神聖帝国に組み込むことが成功すれば、彼女の此度の任務は成功となる。


(早く……早く……)


 自分の監視役でもある男が、四将軍の長、シュヴァルツ・イエーガーが国王の首を刎ねる時を固唾を呑んで見守る。



 そしてその時はやってきた、シュヴァルツがスランサーを振り上げる。この剣なら確実に、いとも容易く首を切り離すことだろう。


「父上……」


「陛下……」


 息子や家臣が見守る中、膝を付き、首を差し出すように頭を垂れる国王。口を開くシュヴァルツ。


「言い残すことは?」


「民には慈悲を与えてほしい」


 問われたのは遺言。この世に刻む(残す)最後の言葉。


「考えておこう」


 そして刃が降り下ろされる。


 王国歴六五八年、第六三代国王ウイスト四世の降伏により、王国はその長き歴史に幕を閉じた――――と、その場にいた誰もが思った。


 しかし刃が王の首を刎ねることはなかった。


紅蓮の劫火(インフェルノ)


 詠唱術。術者のイメージがそのまま世界に満ちる霊素へと干渉する。具現化されたのは全てを燃やし尽くす紅蓮の焔。灼熱のエネルギーをその身に宿す原初の炎。


「ご無事ですか!」


「アリシア……ルイス?」


 間一髪のところで王を救ったのは、紅の少女王アリシア・ルイスだった。


「アリシア!」


「た、助かった」


 妹の親友で、自身の知る限り最も頼れる援軍が到着したことに、ほっと肩を撫で下ろす皇太子。その隣では、同じように安どの息を付く護衛官が。


「安心するのはまだ早いですよ」


 そんな彼らの傍らに立ったのは、先ほどまで第一軍を指揮していたアヤネだった。アリシアの炎は全く衰えることなく、敵を蹂躪する。その間に生き残った第一軍が王の下へと駆けつけたのだ。


「アヤネ殿……何がどうなってるのか分からないが、とりあえず礼を言う」


 その場にいた他国の重鎮もアヤネの労を労おうとする。しかしそれを受けるアヤネの表情は硬い。


「だからまだです」


「え?」


 武術大会の時にも見せたアリシアの詠唱術。しかしあの時とは違い、今のはアリシアの持てる力全てを注ぎ込んだ全力だ。威力は先の正門での炎球よりもさらに高い。巻き込まれれば一瞬で骨まで焼き尽くされる。巻き込まれれば(・・・・・・・)……


「あと、少しだったのですがね」


 炎の中から男が現れる。少し服が焼け焦げた様子が見られるが、それ以外に外傷はなかった。


「ば、化け物……」


 完全なる不意打ち。名高い神霊術師(アリシア)の全力の詠唱術。それを受けてなお無傷。


「なぜだ……とても防げるような代物では!」


 そう護衛官が叫ぶのも無理はない。しかしこの場でその理由を知っているのは三人だけ。


「切ったんですよ」


「スランサーは全てを切り裂く絶対の刃。炎だろうが、水だろうが、そこにどれだけ力が込められていようが、切り裂く事が出来る。使い手の力量にもよるがな」


「ほう……よく御存じだ」


 アリシアに続いてのサクヤの説明。それにより男が何をしたのかが明らかになる。


 同時に二人共にその事を知っていたことに対して感嘆の息を吐くシュヴァルツ。


「もともとそれはうちに保管されていた物なのでな」


「なるほどなるほど」


 サクヤの瞳はシュヴァルツから離れない。


「その剣。返してもらおうか」


「はは、奪える物ならばな」


「アリシア、ここからは我がやる」


 そう言い放つとサクヤはゆっくりと背にした刀を引き抜く。背丈ほども長く、それでいて細く華奢な印象を与える長刀。その波紋はとても美しく、一目で業物だと分かる。


「大業物、その名を紅凰麟という」


「どんな名刀か知らんが、剣でスランサーに対抗しようとはな」


「そうだ……無謀だ」


 あざ笑うように告げるシュヴァルツ。同様に王国側の味方からも不安の声が上がる。


「アリシア殿に任せた方が……」


 知名度、実力、信頼度。全てにおいてアリシアの方が上と見ている王国側の面々。彼らは知らない。シュウやサクヤ……黒髪の者が持つ真の力を。真の技を。


「私では無理です。悔しいですが」


 先ほどのが今のアリシアの全力だった。しかも不意打ちという最高の形での術の行使。にもかかわらず、傷を負わせることすらできなかった。正直な所怪我の一つ、二つは負うだろうと考えていた。しかし相手はアリシアの想像を軽く超えていたのだ。


(後は彼女に託すしかない……)


 シュウがファルノース戦で見せた黒き刃と詠唱術の様な物。詳しいところまでは知らないが、対抗できる唯一の可能性のはずだ。


「スランサーはもともと黒髪に対抗する為に作られたそうです」


「は? 黒髪に……対抗?」


「どういう意味だ?」


 アリシアの言葉に分からないといった顔を見せる面々。しかし一人、国王だけは理解している様子であった。


「今の黒髪に対する価値観は作られた、そして歪められた物です。」


 アリシアは語る。彼女の知る真実を。黒髪は決して弱い者達ではないという事を。嘗てはその強さ故に恐れられ、迫害されていた事実を。


「黒髪を迫害した歴史。その切っ掛けは強すぎる黒髪に対する恐怖心でした。それが時間と共に、そして黒髪たちが己の力を隠し、次の世代に伝えなくなったことで、何時しか黒髪は劣る存在だという勘違いにすり替わった」


「そんな……信じられん」


 それは、本来王家にのみ伝わっていた伝承。王家の人間であるエリシアからアリシアへと伝えられた皇王家・・・の秘密。シュウに興味を持ったのは、そして彼を自分の小隊に入れたのはそういった理由もあった。


 アリシアはただサクヤへと視線を向ける。その姿に大事な彼女の後輩の姿を重ねながら。


「彼女こそが、黒髪こそが、この状況を覆せる希望。私たちの切り札です」


                 ◇◇◇


「黒き炎よ。呼ばれし地獄の劫火よ。わが身に宿り盾と成せ。我が刃に宿り剣となせ……」


「詠唱術?」


 訝しげな声が上がる。しかし次の瞬間にはそれらの声は驚きへと変わる。


「黒き炎は全てを滅す……目覚めよ、黒炎!」


 そのサクヤの言葉と同時。彼女の足元から黒き影が吹き出し、やがてそれは彼女の周りに漂い始める。同時に彼女の紅き刃が黒く染まる。


 シュウの時と違うのは彼の変化は刀のみに起きたのに対して、彼女の変化は身の回りにまで起きたこと。また刃の変化も違った。シュウの場合は刀の形そのままに黒く変わった。しかし今、サクヤの刃は揺れ動く陽炎の如く一定の形を成していなかった。


「さて、始めようかっ!!」


 言葉と同時サクヤが駆ける。黒髪が後ろへと靡き、振袖の袖が広がる。そのまま真正面から切りかかった。


「無茶だ!」


「大丈夫です」


 散々スランサーの威力を目の当たりにしてきたのだ。サクヤの行動が無茶だと焦る者が

いる一方で、アリシア、国王、アヤネの三人は落ち付いていた。


 そして黒き刃と、赤き直剣が交わる。その瞬間サクヤの刀から黒炎がシュヴァルツ目がけて襲いかかった。


「ほう!」


 慌てて距離を取るシュヴァルツ。その顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。


「久々だ一撃で倒れない者はな!!」


 そのまま今度はシュヴァルツが攻め立てる。振り下し、振り上げ、薙いで、突く。全てが必殺の一撃。当たりさえすれば、その一瞬で勝負は決するだろう。しかしその全てをサクヤは躱す。華麗に、そして優雅に……


 サクヤは、まるで相手がどんな攻撃をするかあらかじめ知っているかのように、その身に敵の刃を寄せ付けない。


「すごい……」


 見ている者にとって、それは殺し合いではなく演武、もしくは舞踊だった。あらかじめ手順が決まっていて、それ通りに二人は演じているだけ。サクヤの顔には全く焦りはなく未だ余力を残して躱していることが伺える。


 一方で、空振りし続けるシュヴァルツの顔にも焦りはない。彼は、久々に出会う一撃で死なない相手との殺し合いを楽しんでいた。


「楽しいな、おい!」


 笑みさえ浮かべて斬りかかるシュヴァルツ。


「私は別に楽しくはないがなっ!!」


 そう言いながらも顔に微笑を浮かべ反撃に出るサクヤ。優雅さと華麗さ。そんな剣裁き、身のこなしに、徐々に鋭さが混じり始める。


「――ふっ!!」


 短く呼気を吐き出すと同時、振り下ろしていた刃が一瞬で横薙ぎに変わる。サクヤの刃がシュヴァルツの胴に吸い込まれる寸前――


「――つっ! まだまだぁ!!」


 咄嗟に身を捻りながらスランサーで受ける。再び刃と刃がぶつかり合い、そして……


「胴ががら空きだ!!」


 サクヤの手刀が胴を貫く。赤い鮮血が舞い、シュヴァルツの足が一瞬ぐらつく。それをサクヤが逃すはずがなかった。左手を胴に突き刺したまま右手の刃を振るう。狙うはシュヴァルツの首――


「――っつ!?」


 しかし刃がシュヴァルツの首に触れた瞬間、サクヤが左手を抜き去り、身を翻す。サクヤの左手から血が舞った。シュヴァルツのではなく、サクヤ自身の血が。シュヴァルツがサクヤの左手を狙ったのだ。


「お、惜しかったな……」


 苦しげにつぶやくシュヴァルツ。しかしその顔には相変わらずの笑み。ただ、よく見ればその顔には汗が浮かんでいた。


「しぶといな、まったく」


 サクヤの視線の先はシュヴァルツの肩へと向いていた。そこは獣に食い千切られたかのように、肉も、骨もごっそりと抜け落ち、盛大に血潮が舞っていた。


「これが闇の力か……」


「知っていたのか?」


 サクヤの表情が少しばかり驚いたものへと変わる。


「まぁな……恐れられ、忌み嫌われた最恐の力。使えるのはお前だけか?」


「いや、もう一人いる」


「そうか……悪いな。これはまだ返せなくてな」


 そう言いながらシュヴァルツはスランサーを鞘へとしまう。そして――


「フラン!!」


 叫ぶと同時、自身の背後へと放り投げる。


 突然名を呼ばれ、焦ったのは隠れて様子を見ていたフラン自身。


「え、えぇ?」


 あたふたしながらも、風を起こしてそれを自分の手元へと呼び寄せる。


「お前にやるよ。騙していた詫びだ」


「騙してた?」


 心底何のことかわからないといった表情を見せるフラン。ここで動こうとしたサクヤをシュヴァルツが制する。


「すぐすむ。少しだけ待っててくれ」


「…………分かった」


 腹の傷、肩の傷。シュヴァルツは最早サクヤの脅威にはならない。フランと呼ばれた女にスランサーを渡すつもりはないが、少しだけならば話を聞いてやろうという気になった。


「さて、フランお前は既に一人だ」


「え……」


 唐突な言葉。見ていた者達は誰もその意味を知らない。しかしフランだけは違う。理解したくはない。しかしその言葉の意味するところを彼女は悟ってしまった。


「お前の妹も、母親も、とっくの昔に殺されている」


「う……そ…………」


「そして今回の任務終了と同時、お前も殺される予定だった」


「……なん…で?」


 かすれる声。それは家族の死に対する疑問。そして自分を待っているはずだった運命に対する疑問。今この時にその話をすることに対する疑問だった。


「敵に顔を知られた間諜に使い道はないさ」


「そう……そうなんだ」


 怒りよりも諦めの感情の方が強かった。もはや自分は守る人も、守りたいものも何も残っていないのだと心が理解してしまった。そんな自分にこの男は何をさせたいのだろう。ふとフランの脳裏に浮かんだ疑問。それを察してかどうかは分からないがシュヴァルツが再び口を開く。


「ああ、ちなみにお前の母と妹殺したの俺な」


「……は?」


 何とも思っていない軽い口調。まるで今夜のご飯のメニューを告げるかのような。


「母親はやってる最中に後ろから絞殺した。で、妹は身ぐるみ全部剥いで五等区に投げ込んだっけ?」


 五等区とは別名悪所街と呼ばれる神聖帝国帝都における最下級の居住地区のことだ。殆ど無法者地帯と化しており、犯罪者達の巣窟となっている。


「後はお前の住んでた集落な、あれ滅ぼしたの俺の部隊。んで、その褒美にお前貰ったって訳」


「な……な……」


 震えるばかりで言葉にならない。突然告げられた敵にフランの思考が付いて行かない。しかしそれでも彼女の中に生れ出てくる物があった。それは怒り……そして憎しみ。


「いいね~ その顔が見たかったんだ」


 奇しくも、それはなぜこの時にその話をしたのかというフランの疑問に対する答えであった。


 シュヴァルツは自分が助からない事に気づいていた。


 腹を貫いたサクヤの攻撃は只の手刀ではなかった。その手に闇の力、黒炎を纏っていた。


 黒炎は触れた物を無に帰す力。今もシュヴァルツの中で燃え続けている。いずれ心の臓へと至るだろう。


 また肩を失ったことで、右手は只くっついているだけになった。剣が握れない以上この世に未練はない。


 彼の残る望み、それはフランに対する独占欲だけだった。このまま彼女を帝国に帰してしまっては、また帝国の他の誰かの良いように使われるだろう。それは許せない事だった。


(お前は俺が見つけて、俺色に育てたんだ……)


 フランに殺しの術を教えたのも、夜の作法を仕込んだのもシュヴァルツだった。


(お前は父を殺した男と夜を共に過ごしていたんだ)


 その事実がシュヴァルツにこれ以上ないほどの興奮をもたらした。


(お前は俺の物だ!!)


 それは歪んだ愛情。生に対する執着よりも強い独占欲。


(さぁ、気付け!)


 それはシュヴァルツの最後の望み。





 そのシュヴァルツの願いどおり、スランサーをフランに寄越した理由に彼女が気付く。


(今、目の前にいる男は誰だ?)


 ――決まっている、父の…母の……妹の敵だ!


 フランの脳裏に疑問が浮かぶ。それに心の声が答える。


(そもそもなぜ私はこんな所にいる?)


 ――あいつが故郷を滅ぼしたからだ!


(なぜ、私が間諜などしなければならなかった?)


 ――あいつが家族を人質に取ったからだ!


(今私の手にある物はなんだ?)


 ――力だ。敵を殺す為の!


 ゆっくりとフランがスランサーを抜く。彼女の怒り、憎しみを象徴するかのように、その刀身が真っ赤に染まる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーー」


 彼女は叫ぶ。家族を殺された悲しみを込めて。殺した者への憎しみを込めて。そんな奴らに良いように使われていた自身に対する怒りを込めて。


「そうだ、こい!!」


 シュヴァルツが嬉しげに叫ぶ。


 スランサーを手にフランが奔る。そして……


「遅かったな……一歩」


 サクヤが瞳を閉じる。スランサーが突き刺さるよりも一瞬だけ速く、サクヤの黒炎が心の臓に達したのだ。シュヴァルツが、そしてフランがその事に気づいたかどうかは分からない……

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