第四話
「おお~」
周囲にどよめきが広がる。人だかりの中心にいるのは一人の少女。その髪は青よりもはるかに深く、濃い色をした蒼。そしてその瞳もまた同じ蒼。
一般的に神霊術師は濃い色、美しい色を持つもののほど素質があるとされ、強さや巧さは努力や工夫によるとされている。そして今、周囲の視線を一身に浴びて蒼を持つ少女が静かにたたずんでいる。そしてその少女を取り囲むように、あるいは守るように巨大な氷の柱が連立していた。
「すげぇ……」
「きれい……」
感動し、見とれる周囲の観客たち。少女自身の美しさも含めまるで一つの芸術作品のようであった。しかし、周囲がその美しさに目を奪われる中、一部の者たちは別の驚きを持ってその氷を見ていた。
「あの氷…」
「ああ、相当な密度だ」
「それにおそらく不純物はほとんど含まれていないだろう」
「となると相当な攻撃力と防御力を持つことになるか……」
「相当な実力者……ということになるだろうね」
人だかりから遠く離れた観客席から見学している上級生たちだ。今彼らがいるのは軍学校の敷地内にある第一訓練棟。実戦訓練や模擬戦闘等といった実技が行われる訓練施設で、円形の広大な訓練場と、その周囲を階段状に囲む観客席を持つ。訓練場ではそれぞれ紅、蒼、黄、翠の組ごとに分かれて一年生が集まっている。この日行われていたのは一年生による神霊術の実力査定だった。
「これは二月後の隊編成が楽しみだね」
そういいつつも、真剣な表情で蒼組の先ほどの少女を見つめる上級生。
この実力査定には大きく二つの役割がある。一つは一年生同士の自己紹介。これから四年間同じ組の仲間として過ごすことになるわけなので、この機会にお互いの名前だけでなく、術の特徴や実力を知っておく必要がある。
もう一つは上級生がめぼしい一年生を見つけることである。二月後の隊編成は現在二~四年で構成されている小隊に一年生が組み込まれる形で行われる。その際各小隊ごとに一年生の奪い合いが発生する。少しでも優秀な新戦力を獲得しようとするからだ。それに対して一年生のほうも少しでも成績の良い小隊に所属したいという心理が働く。小隊での成績はそのまま個人の評価にもつながるからだ。実力査定は一年生にとって絶好のアピールの場でもあった。
「おつかれさま」
そう言て声をかけたのは黒髪の青年。その青年に先ほどまで人だかりの中心にいた少女が笑みを見せる。
「どうだった?僕もなかなかのもんでしょ?」
「ああ、ほんとたいしたもんだ」
「ああ、まじでびっくりしたぜ」
そう言って少女の問いに答えるのは、先ほどの青年と、その横に並ぶ赤髪の青年。
「しかしまぁ、なんというか……別人みたいだったな」
「ああ、表情とか特にな」
「えぇ?そうかなぁ……」
そういって微笑みあう三人。シュウ、フレア、アオイだ。この三人は入学式の日以来何かとつるんでいる。けれどもそれを良くは思っていない者たちもいた。アオイの実力を知った今となっては特に。
「アオイさん、素晴らしいパフォーマンスだったよ」
そういって声をかけてきたのは、レオナルド・アフレイア。軍閥貴族アフレイア家の三男坊だ。その髪と瞳は深く、濃い緑色をしていて、美しさとはかけ離れたどこか毒々しい色をしている。アフレイア家といえば、優秀な軍人を何人も輩出してきた軍の名門で、現当主も王国軍元帥である。当然軍に対する影響力は強大でレオナルドも入学当初から既に偉そうな態度をとっており、常に数人の取り巻きを引き連れている。そして今もまた背後には数人つき従っていた。そしてレオナルドは続ける、
「だけど、友人はちゃんと選ぶべきだ。そこにいる能無しなどと一緒にいると君の価値も下がってしまう」
彼は入学当初からシュウに対して明らかな侮辱を態度で示していた。
「なっ!?」
「の、能無し!?」
驚くフレアとアオイ。能無しとは神霊術が使えない黒髪に対する蔑称。まさか面と向かって言うとは思っていなかった。しかし二人と違い、言われた当人であるシュウは顔色一つ変えない。シュウにとっては言われ慣れた言葉である。
「それ――」
「口を開くな無能!!」
シュウが言葉を発しようとした瞬間、かぶせるようにレオナルドがどなった。そして再び軽蔑の言葉。
「能無しごときがこの僕に話しかけるな」
「なっ!?……」
思わず絶句するアオイ。その横でついにフレアが切れる。
「ふざけるなっ!なんだいきなり。シュウが能無しなら貴様などただの七光りだろうが!!」
意外と怒りっぽい性格のこの友人は、しかし微妙にシュウのフォローになっていない事に気づいていない。この男らしいというかなんというか。しかし相手にとっては屈辱的な言葉だったらしい。今度はレオナルドが顔を真っ赤にして叫び返す。
「な、七光りだと! 貴様混ざり物の分際でよくも!!」
「ま、……混ざり物の何が悪い!!」
両者顔を真っ赤にして怒鳴りあい、にらみ合う。単純で怒りやすい、似た者同士の二人であった。いつの間にか周囲の注目を集めている。そこへ―
「お前ら何の騒ぎだ!!」
実力査定を取り仕切っていた担当教員がどなりつけながらやってくる。
「フレアドール・シデンとレオナルド・アフレイアだな。両名とも俺と共に来い。他の者はこのまま続けろ。」
そう言うと観客席にいた一人の上級生を呼びつける。どうやら担当教員の代わりを務めさせるようだ。
「では次――」
上級生に名を呼ばれた一年生が前に進み出て、そのまま実力査定が続行される。そしてフレアとレオナルドは担当教員に連れ出されようとしていた。
「フレア……」
心配そうに見つめるアオイ。シュウはというとこれまでの無表情とは違い、悔しそうな表情を見せている。それもそのはず、フレアは彼の為に怒ってくれたのだから。
「まぁ、心配すんなって…」
一方のフレアはというと既に普段の落ち着きを取り戻していた。熱するのも早いが覚めるのも早い。さすが炎系。一方でレオナルドは忌々しげな表情をシュウへと向けていた。直前まで対立していたフレアではなくシュウへの視線。それはこのままでは済ませないという意志が込められていた。
その後は特にこれといったことはなく無事実力査定は終了した。シュウに関しては当然神霊術は扱えないので言葉による自己紹介のみとなった。馬鹿にした表情、蔑み、無関心、同情。実にさまざまな視線にさらされたが、それだけだった。シュウにとっては気にするまでもないこと。ただアオイの気遣うような表情だけはシュウの心へ強く響いた。