第四話
~~~~登場人物紹介~~~~
・スクウィラー・レオニス
ノーテルダム王国最年少の宰相。国王派に属する文官
・ベヘトール・クリンツ
ノーテルダム王国最年長の宰相。ドリス・アフレイアと並ぶ軍閥貴族派の重鎮
・ヨシヒロ
諸島連合五家の一つアオイ家配下の武人。隠密工作部隊『影』の統率者だが、なにやら秘密が……
「拘束しろ!」
「おい、ちょっと待て!」
ベヘトールのその命令に待ったをかけたのは国王派でも、諸島連合側でも、アリシア以下第二小隊でもなかった。
「……なんですか? アイフマン議員」
そう言って、ベヘトールが睨みつけた先、そこにいたのは軍閥貴族派の文官、アーノルド・アイフマンだった。
「私は神聖帝国への服従は聞いていない」
途端に他の軍閥貴族派の間からも同意の声が上がる。
「服従ではない、同盟だ!」
「それも聞いていないと言っている!!」
負けじと言い返すベヘトールだが、さらに別の所から声が上がる。
「わ、私は諸島連合とまで事を構えるつもりはない!!」
「臆病風に吹かれたか!」
終いには軍閥貴族派同士で言い争いを始める始末。
「あきれた……」
「ま、利権や特権だけで結びついている連中だからな、団結力なんかはなからないさ」
そしてそんな様子を、冷静に観察するアリシアとエンジュのルイス姉弟。
「さて、今のうちに……ね?」
そんな二人へとアヤネが声を掛け、サクヤに目で合図を送る。無言でうなずくサクヤ。エンジュ達もアリシアの周りに集まり、何時でも走り出せるように身構えた。そして――
「行こう!」
アリシアの掛け声と同時、一斉に走り出す。
「お、おい!」
「待て……何処へ行く!!」
「待てと言われて待つ奴はいない!!」
そんなお決まり? の声を上げながら入口へと向かうアリシア達。貴族派の文官達は咄嗟の事にそれをただ黙って見ている事しかできない。しかし軍属である将軍以下軍の将兵達までもがそうだった訳ではない。
「止まれぃ!」
アリシア達を止めるべく立ちふさがり、戦闘態勢に入る。彼らは力ずくで止めるつもりだった。
「押し通る!」
ただ出来るかどうかは別の問題。
方や、先頭に紅の少女王アリシア・ルイスと剣聖サクヤ。それに続くエンジュ、カグヤ、エリシアも学生ではあるが何れも優秀な軍人の卵達。アヤネもそんな彼女らに引けを取らない実力を持つ。
一方、迎え撃つのは軍の高官たる将兵達。しかし彼らは高官ゆえに戦場に立たなくなって久しい者達ばかり。おまけにそのほとんどが実力ではなく、家柄でその立場を手にした者。
そんな者達が正面からぶつかったらどうなるか……結果は誰の目にも明らかだった。
サクヤが抜き手も見せずに斬り払う。アリシアの炎が辺りを蹂躪する。他の者達は見ているだけで良かった。
「話にならんな」
「喜ぶべきか、不甲斐なさを嘆くべきか……正直ちょっと迷うわね」
戦闘というのもおこがましい一方的な蹂躪の後、一つ所に集められた軍閥貴族派。器用さにかけては随一のエンジュが、炎を格子状へと変化させそれらを拘束する。
「ま、待ってくれ。私は何も知らなかったんだ」
「わ、私も無関係だ」
炎の熱気に当てられ、忽ち汗まみれになる貴族派の面々。慌てて弁明を始めるが、アリシア達にはそれを一々聞く気も、余裕もなかった。
「残念ですが誰が、どこまで今回の事に関わったのか。神聖帝国との繋がりも含めて事態はあまりにも不透明です。皆さんには事態が落ち着き次第、じっくりと話を聞かせていただきます。それまでしばしこの場にておくつろぎ下さいますよう……」
そう言うとアリシアは優雅に腰を折ってみせる。
「まさか……このままにする気か!」
「か、火事になったらどうする!」
顔色を変える貴族派を前に、アリシアは笑みを崩さない。それどころかいっそう深くする。
「ご心配なく。私の弟は優秀です。建物に燃え移る心配はまずないでしょう」
その言葉に少しだけほっとした様子を見せる檻の中の者達。しかし……
「ただ、熱気は今後ますます勢いを増すでしょう。皆さまが蒸し焼きになる前に事態が解決することを祈っておりますわ」
邪気のない……無垢な少女の如きアリシアの微笑。しかしこの時貴族派の者達には、それが無慈悲な死神の嘲笑に見えた。そしてさらに悪魔の囁きが続く……
「そうそう、こんな物を用意させてみたんだけど……」
そう言ってエンジュが指さすのは、瓶になみなみと注がれた水。そしてその横には氷、さらに酒精までもが用意されていた。貴族派の者達がごくりと唾を呑み込み、物欲しそうな眼差しで見つめる目の前で、エンジュがそれを口にする。
「――んまい!」
◇◇◇
「情報提供に感謝します」
あっけなく陥落された軍閥貴族派の官僚達へとお礼を述べるエンジュ。一人が陥落すると、後は雪崩の様に次々と情報が提供された。その提供者たちはというと、現在仲良く熟睡中だったりする。
「何を入れた?」
今やたった一人で炎の牢獄の住人と化しているベヘトール。
「ただの睡眠薬ですよ。遅行性かつ超強力な」
そう言うエンジュは予め中和剤を口にしていたので何ともない。
「さて、思ったより長居してしまいましたが、私たちは先を急ぐので。失礼します」
折り目正しく礼をして見せるアリシア。もちろん皮肉だ。そのままその場を後にしようとする彼女の背にベヘトールが言葉を投げつける。
「いまさら何をしたって無駄だ! 今頃国境線に帝国軍が集結しているはずだ!!」
その言葉にアリシアの足が止まる。その話は初耳だった。
「負け惜しみですか?」
そう嘲笑して見せながら、アリシアは相手の反応を注意深く観察する。
「負け惜しみ? ふっは……はは……そう思いたければそう思えばいい。どのみちお前らは終わりだ」
しばし時間を置き、同じく観察していたであろうエンジュと素早く視線を交わす。頷いて見せるエンジュ。
「嘘ではなさそうね。教えてくれたことには礼を言います」
それだけ告げて今度こそ足早に部屋を後にする。それにサクヤ、アヤネ、カグヤと続く。そして部屋にはエリシアとエンジュが残った。
「なぜ、このようなことを?」
それは今回の事が発覚してからずっと、エリシアが聞きたいと感じていたことだった。
「この国を守る為ですよ」
「守る?」
「ええ。神聖帝国は大陸中から神遺物を集めています。どん欲なまでに……」
「それは……」
エリシアも、アリシアから諸島連合での話は聞いている。奪われた物がどれだけの代物かも。
「近いうちに我が国はあの国に対抗できなくなるでしょう。そうなれば我々を待つ末路ははっきりしている。隷属か、滅びか……」
「滅びるくらいなら先に隷属を選ぶと?」
それまで黙って聞いていたエンジュが口を挟む。しかし返ってきたのは、思いもしなかった罵声。
「そうせざるを得ないのは貴様たちが愚かだったからだろうが!!」
「な!?」
「……どういう意味だ」
「誰よりも先にその事に気づいておられたのはドリス殿だ。だからあの方はこの国を強くしようとした。軍を掌握し指揮系統を整え、兵を鍛えた。同時に手の者を動かして神遺物の調査も命じられた。なのに、それを邪魔し、挙句の果てには元帥としての位を取り上げたのは誰だ!? 貴様たちであろうが!」
「そんな……それはだって……あなた達が……あの家が黒髪の人達や、ミックス《混ざっている者達》を排斥しようとしたから!!」
アフレイア家の力を抑えたのは、そうしなければ守れない者達がいたからだ。アフレイア家は嘗ての身分制度へと戻すことを声高に主張している家柄だ。主張するだけでなく、実際にかの家の影響下ではそれらの人達が奴隷の様に働かされ、虐げられている。
「排斥ではない。力なき者達に仕事と役割を与えるにすぎん。体が丈夫なだけが取り柄の無能者《黒髪》達には労働でこの国の国力の底上げを担わせる。中途半端な力しか持たない混ざり者も同様。国の為に働かせてやるんだ。感謝くらいされてもいいと思うがな」
「無理やり働かせることが国の為? 奴隷の様に扱うのが?」
「ああ、そうだ。実際に帝国などはそれで力を蓄えているであろうが!」
「その代わりに、何度も反乱が起きているわ!」
「黒髪たちがいくら反乱を起こそうが、すぐに鎮圧できる!」
「こんな時なのだ。国を強くする為の必要な措置だ。なぜそれが分からん!! お前も、王も」
睨み合うベヘトールとエリシア。どちらも信じる物が違うのだ。
「だからクーデターを? その神聖帝国の力を借りてまで?」
あざ笑うかのように告げるエリシア。
「滅ぶよりかはましだ。たとえ属国としてでも王国の名は残る。それに王家亡き後はアフレイア家がこの地を治める事を認めさせてある」
挑むように睨みつけるベヘトール。
「代償は金か地下資源? それとも労働力かしら?」
「……両方だ」
「そんなの――」
「もうよせ、エリシア」
さらに言い募ろうとするエリシアを、エンジュが止める。
「この段階になってそんな事を話しても意味がない。ほっとけ。何より僕達には時間がない」
王達を探し出し、この混乱を治め、さらに進軍して来る帝国軍を抑えなければならないのだ。限られた時間の中でしなければならない事は多い。エリシアの心情を慮り、しばらく好きにやらせていたが、このままでは得る物なく時間だけが無駄に過ぎてしまう。
「分かった。ただ一つだけ」
そう言うと、エリシアはエンジュへと向けていた視線を再びベヘトールへと向ける。
「私は戦ってもこの国が負けるとは思っていない」
「何を馬鹿な――」
「王家しか知らない切り札がある。王国は負けない」
それだけ言ってエリシアは踵を返すと、部屋を後にする。
「もう少し自分の国を信じてほしかった」
ベヘトールとその場で眠る軍閥貴族派の者達に、そう言い残して……
◇◇◇
「切り札? ふん、そんな物……」
部屋に取り残されたベヘトールは、誰も聞いていない中でひとり呟く。
「……そんな物があるなら儂だって……」
彼は最年長宰相だ。それだけ長くこの国と共に歩んできた。別に国を嫌っているわけではない。むしろ彼なりに国を守る為だと考えての事だ。
「そう思うのなら、自分の目で確かめてみるか?」
「だれだ!」
自分だけしかいないと思っていた部屋にいつの間にか黒装束の蒼髪の男が立っていた。
「俺の名は葵義弘。諸島連合五家が一つ、葵家当主をやっている」
「アオイ家の当主は女だったと記憶しているが?」
「アオイ家の当主はな。俺は葵家の当主だ」
「――? 何が違う?」
「まぁ、何も違わんさ。諸島連合は独自の風習やら、秘密やらが多いとこなんでな。表の当主が向こうで、俺は裏の当主といったところか」
「ますます訳が分からん」
「まぁ、いいさ。俺もこれ以上は説明する気がないんでな」
そう言うと、義弘は――ヨシヒロは笑って見せる。男臭い笑みだが、どこかとてつもない凄味も感じる。思わず背筋を冷や汗が流れ、じっとりと掌が汗ばむベヘトール。そんなベヘトールの様子に気付いているのか、いないのか。ヨシヒロはさっさと歩み寄ってくると、そのまま炎の中へと手を突っ込む。
「なにを!?」
驚くベヘトールの目の前で、炎がたちまち凍りつく。そして――
―ぱきん―
軽い音を立てると、忽ち粉々に砕け散ってしまった。
「さぁ、見物に行こうか。色々と面白い物が見れるぞ」
何やらいろいろと知っている様子の男に連れられ、部屋を後にするベヘトールだった。




