第二話
~~~~登場人物紹介~~~~
サクヤ・イチモンジ
諸島連合において一目置かれる黒髪の剣士。剣聖という名の称号を持つ。今回アヤネに同行して王国へと来ている。コテツ・イザナギの妹??
アヤネ・シキナミ
諸島連合における五大家の一つ、翠のシキナミ家当主。武術大会観戦のため諸島連合代表として王国入りする。
必死になってアリシア達の自宅を捜索した結果、本当に地下通路が見つかってしまった。書斎の衣装棚の底の部分が抜けるようになっており、そこから地下に降りられるようになっていたのだ。
「お、驚いたわね……」
住み慣れた自宅にこんな仕掛けがあったことにも、地下空間に通路があったことにも驚きを隠せない様子のアリシア。
「いったい、いつ作られたんだろうね?」
エンジュもそれは同様な様子で。ただ彼の場合、驚きよりも興味の方が勝っている様子であったが……
そして通路を抜けた先には…………
「ええと……」
「何でしょ? これ」
「新世界?」
「異界?」
真四角な空間。それもとてつもなく巨大な……
暗くてよく見えないが、明らかに異質で、それでいてとてつもなく巨大な何かがそこにはあった。
「何でしょう……これ?」
とりあえず危険性はなさそうだ。という事で、とりあえず近づいてざっと確認してみる。その結果は……
「分からん」
「何なんだ? これ……」
「金属? 岩石? しかしこれは……」
「意味不明ですね」
それが何なのかも、何の用途を持つ物なのかも、そもそも物なのかも分からなかった。見たこともないような光沢を放つ金属、もしくは岩石? で作られた様子のそれは、明らかに彼女たちの理解を超えるモノで、同時に技術力もすさまじいまでに高そうであった。
「これってもしかして……」
そんなモノの心当たりなど一つしかない……
「新遺物?」
「だとしても……大きすぎるだろ?」
首が痛くなるほど高く、それ以上に横幅が長い。
「あ、あれ」
ふと何かに気づいた様子でカグラが声を上げた。カグラが指指す先にあった物。それは……
「紋章? どこかで見た気が……」
「諸島連合で、コテツさんに案内された扉に刻まれていた紋章と同じだ。最強の矛が安置されていた場所の……」
「あ……」
「言われてみれば確かに……」
エンジュの言葉に驚き、さらにその記憶力に驚かされる様子のアリシア以下三人。
「という事は、これも黒髪の人に?」
どういった仕組みと理由によるものかは分からないが、諸島連合のコテツの家にあった扉はコテツにしか、正確には一部の黒髪にしか反応しなかった。シュウには反応したが、コテツの弟子、スグルには反応しなかったのだ。また、奪い去った神聖帝国の男も数人の黒髪の女性を引き連れていた。おそらくこれらの新遺物には黒髪と何らかの関係、関わりがあるのだろう……
「シュウがいれば何か分かったかもしれないが……」
シュウに反応するかどうかは分からないが、その可能性は高そうであった。
「今はとりあえず、ひとまずおいておきましょう。優先すべき事は他にあるでしょ?」
学術的興味に惹かれがちな弟を軽く窘めると、アリシアはここまで引き連れてきた一般人に向き直る。
「皆さんは上の階の安全が確認できるまで、この場に待機していただきます」
途端に不安げな表情を見せる者、ほっとした様子を見せる者などその反応は様々……
「上の階もどうなっているのか、またどこに出るかなど、分からないことが多い中で、みなさんを連れて行くのは危険だと判断致します」
そうアリシアが理由を述べると大体の民間人は納得した様子を見せる。ただ、中には恐怖心からか、それとも不安感からか、アリシア達に同行したいと申し出る者達が少なからず存在した。そんな人たちには、アリシア初め、エンジュ、カグラ、エリシア総出で安心させ、納得してもらった。
「それでは、また後ほど……行きましょう」
アリシアを先頭に再び歩き始める第二小隊の面々。巨大な何かを迂回し、上へと続く階段を発見する。
「準備はいい?」
帰ってきたのは無言の肯定。
「行くわよ!」
アリシアが気合と共にその階段を駆け上がり始める。他の者達もそれに続いた……
◇◇◇
「こちらへ……」
先導する兵に続いて案内される翠髪の女性。その背後には護衛のように黒髪の美女が付き従っていた。
「ようこそ我が館へ。歓迎いたしますぞ、アヤネ・シキナミ殿」
「お招きいただきありがたく思いますわ。ドリス・アフレイア殿」
女性が通されたのは、目に痛いほどの装飾がなされた豪華な客間。そして待ち構えていたのは、王国軍に多大な影響力を持つアフレイア家の当主だった。
「でも、歓迎されるかどうかはあなたの話次第よ。この王国の現状。いったいどういう事かしら?」
「ほほう、意外とせっかちでいらっしゃる。まずは一杯召し上がってからではいかがか?」
そう言って男が指を慣らすと、アヤネの前に果物の入ったバスケットと、グラスが置かれた。
「当家自慢のワインなのですよ」
そう言うと、ドリスは手ずからアヤネのグラスにワインを満たす。
「いただくわ」
アヤネは上品に果物を口に含むと、次いでワインを注ぎ込む。
「ふぅん。中々ね」
手の中で、グラスを弄びながらアヤネはそう評価を下す。
「それはお褒めに預かった。と受け取ってもよろしいので?」
「ええ。そうとってもらっても構わないわ」
「それは重畳」
そう言ってドリスは自らもグラスをワインで満たすとそれを一気に呷った。そして唐突に本題に入る。
「さて、先ほどの質問に関する答えですが、軍部は現在の王国のあり方について疑問を持っておるのですよ」
「疑問?」
「ええ。嘗て存在した超大国シルフォルニア皇国。かの国がなぜ滅びたかのか。あなたはご存知か?」
「それと先ほどの質問と何か関係が?」
あるからこそ今こんな話をしている。それが分かった上での質問だった。
「もちろん。あるからこそ、こうして話題にしているのです」
案の定……というべきか、ドリスは乗ってきた。そして滔々と持論。彼の言う所では軍部の総意を述べる。
「皇国滅亡の原因の一つは四民平等などという訳のわからない理念によるものです。その結果、愚かな者達が身を弁えぬ言論、行動を取り始めた。国を治めるにはまず厳しい上下関係を教え込むこと。そして我々のような選ばれし者たちによって民は管理されなければならない。違いますか?」
「違いますね」
自信に満ちた、確信に満ちた言葉を真っ向から否定するアヤネ。
「上に立つ者達がその責務を忘れ、欲に走った結果が皇国滅亡だと私は考えております。そもそも、あなたの言う愚かな者達とは誰の事を言っているのかしら?」
丁寧な言葉使い。しかしその言葉の中には明確な拒絶と敵意が混じっている。
「もちろん、黒髪たちや、混ざり者達ですよ」
「なぜ、彼らが愚かだと?」
背後にはサクヤがいる。にもかかわらずドリスは最初から彼女がいないものとして扱っているようだ。もしくはドリスにとっては、黒髪の女性一人ぐらい取るに足らない相手とでも思っているのか。
「ふん。神霊術も使えない無能な黒髪に関しては言うまでもない。神霊術こそが神の御業。それが扱える神の民が、扱えない下賤なる者を支配するのは自然の摂理だろう。混ざり者に関しては雑種が純粋種より劣るのは当然であろう?」
何を当たり前のことを聞いているのか。そんな言葉が聞こえてきそうな物言いだった。
「まるで神聖帝国の様な物言いですね」
「あながち彼らが言う事も間違いではないと思っておる」
「そうですか」
互いに挑むような物言いと、睨めつけるような鋭い眼差し。片や王国の軍部を牛耳る有力者。片や連合の五人のトップの一人。しばし重厚な沈黙が場を支配する。
「そうですか。どうやらどこぞの自分勝手な主義主張を掲げる帝国と繋がりがあるようで」
アヤネがそう告げれば、負けじとドリスも言い返す。
「そちらこそ、どこぞの愚か者に毒されている様で」
すでに最初の友好的な雰囲気は全くなく、互いに敵意を隠す事すらしない。アヤネの視線の先にはドリスの傍に控える神聖帝国の官僚風の男が。そしてドリスの視線の先には、アヤネの背後に立つサクヤ。
互いに最初から隠す気はなかったのだ。そして相手を説得する気も……
「お話になりませんね。私たちはそろそろお暇させて頂きましょうか」
「いえいえ、あなた方にはここでゆっくりとしておいて頂かねば……近いうちに役に立っていただかなければならないのですから」
ドリスの目的は諸島連合の要人であるアヤネの身柄を確保すること。初めからその一点のみだった。己がこの王国を手に入れた後、次の標的となるのは諸島連合なのだ。もてるカードは多いに越したことはない。
「残念ながら私は美しい物にしか興味がありませんの。あなたのようなブ男の下に居るなんて、考えただけでぞっとしますわ」
彼女もまたこの場にのこのことやってきたのには、一つの理由があった。
「私たち諸島連合は国王陛下の側につきますわ。身の程も弁えぬ軍上がりの駄犬の側に付く気は全くありませんの。身の程を弁えてくださいな、このブタハゲ野郎」
あくまでも笑顔で、淑やかに、そして上品に毒を吐いて見せるアヤネ。彼女の目的……それはただ、目の前の男に宣戦布告すること。そして……
「そもそも私の大事なサクヤに向かって、なんて言い草だこの短足お腹ぽっちゃり男め! 身の程を弁えろ!! 神の民の神霊術使い? はぁ? 三流以下が何を偉そうに!! お前みたいなちん――」
「はいはいストップ」
なおも言い募ろうとするアヤネを背後から口を抑えることで黙らせるサクヤ。呆然とした眼差しで美しき淑女を眺めるドリス以下その場にいた者達……
見た目の上品さ漂う気品と、そんな彼女の口から出てきた余りにも下品すぎる物言いのギャップ。その衝撃にしばし思考停止に陥ってしまっていたのだった。
「まぁ、そう言う事なので。さよなら」
そう一方的に告げると、アヤネを引きずってさっさとその場を後にするサクヤ。
「ちょっ……ちょっとまてい!!」
ドリスがそう叫んだ時には、すでにサクヤとアヤネの姿は部屋になかった。




