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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第四章 武術大会
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第十一話 (前)

 アリシア、エンジュ、エリシア、カグラの四人が一台の馬車に乗り込み、もう一台にはアリサ、シュウ、フレア、アオイ、そしてシルファが乗り込んで移動していた。呼び出されたのは第二小隊だけだったのだが、ここまで関わった以上はとシルファも動向を申し出た。


 なぜこの面子で分けたかといえば、珍しく一番不安定で焦りの濃いエリシアを宥め監視する役割でアリシアが、その補佐役ということでエンジュがまず決まり一台の馬車に乗り込む。そして風の神霊術で連絡が取れるようにとアリサがもう一台の馬車へ乗り込み、万が一馬車が別々になってしまった場合を考え、指揮をすることに慣れていてアリシアに匹敵する力の持ち主であるシルファがその馬車に乗り込んだ。後は適当に分けたらこうなったというわけだ。ちなみに銀狼リーザはその巨体故に馬車に乗れず、二台の馬車の先を走っている。


 既に日は完全に上り、もう間もなく指定された場所へと到着する。交代で仮眠と食事を済ませ、奇襲に備えて完全に戦闘状態で待機する面々。


「…いた!」


 やはりというべきか、最初にその存在に気づいたのは風による索敵を行っていたアリサだった。その声に反応し一同が身構え、身を乗り出す中、アリサのそしてもう一台の馬車ではエリシアの状況説明が続く。


「馬車が三台? 一台増えてる……止まってるところを見ると私たちを待ち構えてるってとこかしら?」


 アリサの、そしてエリシアの言葉通り、当初二台と伝えられていた馬車の数が三台になっていた。


「援軍か、それとも捕虜か…」


 相手の馬車の中身を訝しむ二人。彼女たちにも馬車の中身までは分からない。


「馬車を止めて。降りて近づきましょう」


 相手側に特に動きがないのを確認し全体に指示を出すアリシア。それに従って二台の馬車の前に第二小隊の面子+一人と一匹が並ぶ。ただ、フレアとカグラだけはそれぞれ御者席で馬の手綱を握る。


 警戒しながらも少しずつ近づくアリシア達。しかし一向に相手は動きを見せない。


「……何か変よ―」


「――っ! 後ろ!!」


 アリサが訝しむ声を上げるのと、シュウが気づいて怒鳴り声をあげるのが一緒だった。


 突如背後から襲いくる風、氷、炎の神霊術。風の刃が駆け抜け、氷の柱が突き刺さり、そこに炎が押し寄せて爆発を巻き起こす。砕けた氷の粒と、風の刃が爆炎に紛れて襲いくる。完璧に虚を突かれた先制攻撃に、大小さまざまな傷を負うシュウ達。幸い致命傷を受けた者はいないが、それでも傷のない者はいない。アリシアも含めて。そして……


「な!?」


「―いつの間に…」


 突如目の前に敵の姿が現れる。ぐるりと囲むようにして人数およそ三〇人がシュウ達を取り囲んでいた。そして先ほどまで相手の馬車があった所には馬車ではなく一人の青い髪を持つ男の姿が…


「ようこそおいでくださいました。アリシア・ルイス、そしてそのお仲間の方々。如何でしたかな? 我が神遺物"幻惑の羽衣(デザ・ソール)"の虚実の世界は」


「…どういう事かしら?」


「あなた方は突然目の前に我々が現れたことに驚かれた様子でしたが、我々は初めからここにいたということですよ。そしてあなた方は自らの足で我々の只中までやって来てくれたと…」


 歌うように、自慢げにそう話すのは先ほどの男。およそ戦場に不釣り合いな小奇麗な格好をしている。まるで貴族の社交場にでもいる様な出で立ちに立派に突き出たお腹と弛んだ首元。どう見ても軍人には見えないが…


「お名前を伺ってもよろしいかしら?」


 動揺を悟らせないよう務めて冷静な声音で告げるアリシア。先ほどあの男は"神遺物"と口にした。耳にするのは諸島連合でのあの最強の矛(スランサー)以来だ。そしてその言葉を口にした以上、男がただの盗賊や闇商人といった類であるはずがない。案の定男の答えはアリシアのその予想を裏図けるものだった。


「これはわたくしとしたことが……申し遅れました。我が名はファルノース。ファルノース・エシタルとお呼びください……紅の姫君」


 腹の前に手をやり、深々と頭を下げる男。どこまでも紳士的な振る舞い……しかしその名を聞いたアリシア達の間には緊張が走った。


「―っ!! 幻惑の魔術師……」


「これはまたとんでもない大物が出て来たな……」


 過去幾度となく行われた帝国と王国の戦いにおいて、事如く王国側に大打撃を与えた四人の将軍。時代事にその顔触れは変化したが、何時の時代も帝国最強の名を持つ四人がその座に就く。そして現在その四将の一角を担うのがこの目の前の男だった。


「なるほど、神遺物"|幻惑の羽衣《"デザ・ソール》"を持つ魔術師……幻惑の魔術師か」


 エンジュの視線はファルノースの首元に巻かれた不思議な色彩を放つ布へと向けられている。しかし……


「それは少し違いますね。私はこの神遺物を持つ以前から"幻惑"の名を冠していたのですよ…」


 男の言葉が終わるか終らないかという時、突然アリシア達の視界が歪む。あろうことか地面が捻じ曲げられ、歪み、次第に近づいてきて……


「な…んだ…」


「なに…こ…れ」


 いつの間にかアリシアは、エンジュは、シュウ達他の者も、リーザでさえも地面に横たわっていた。頭を持ち上げようとしても何故か頭ではなく右足が動く。


「気持ち…悪い」


 まるで世界がめちゃくちゃになったかのような感覚にアオイが悲鳴を上げる。いや、アオイだけではなかった。気付くとシュウも、シルファも、エンジュや、エリシアも声にならない悲鳴を上げていた。あまりの得体の知れなさに恐怖がわいてくる。


「無味無臭の特別性の麻痺薬ですよ……最も単なる麻痺薬ではありませんがね」


「ま…さか、なんで…あお…」


 舌までもがうまく回らない中、懸命に声を発しようとするアリシア。うまく言葉になっていなかったアリシアの問いかけをファルノースは正確に読み取った。


「ああ…これこそがこの"幻惑の羽衣(デザ・ソール)"の力でね。纏う者の姿形を持ち主の思い通りに見せることができる。今あなた方が見ているのは本物の私の姿ではなく、"幻惑の羽衣(デザ・ソール)"によって見せられた幻というわけなのですよ」


 そういう間にもファルノースの髪は青から赤へ、そして緑へと変化する。そしてその姿も男から女へと変化し、体系もほっそりとしたものへと変わる。


「私は本来緑髪。つまりは風の神霊術師というわけ。そして薬は風の得意分野。常識でしょ?」


 口調も、そして声までもが女の物へと変わっていた。


「姿も性別も、属性《髪の色》も……何もかもが不明。ある時は男、ある時は女……故に幻惑!!」


 高揚した口調で歌い上げるファルノース。


「それが私。それが俺……まぁ、髪の色はさっき暴露してしまったけど、知ったところで今のあなた達には何もできはしまい?」


「それはどうかな?」


 ファルノースの一人舞台と化していた状況に、水を差すかのように一人の乱入者が現れる。それはこの場所まで共に来ていながら、戦闘タイプではないこと、支援の要ともなる人物であったことから、今の今まで馬車の中で待機していた人物だった。


 瞬間。場の雰囲気が一変する。ファルノースからキルアへと場の支配者が入れ替わり、辺りに心地よい癒しの風が満ち溢れる。優しく暖かな木漏れ日の様な光に包まれ、アリシアが、エンジュが、エリシアが、カグラが、アリサが、シュウが、フレアが、アオイが、シルファが、リーザが復活する。起き上がると同時、シュウとリーザがファルノースへと飛びかかり、シルファとアリシアがそれを援護する。まずリーザがファルノースの首元へと噛み付き、間髪入れずにシュウの刀が胸元へと突き刺さった。


「残念…外れ」


 確かな手ごたえ。間違いなくファルノースは胸と首から血を流し、シュウ達の目の前に倒れている。しかしシュウ達の真横に、そのファルノースと同じ声、同じ姿の人間が現れ、シュウ達に無数の風の刃を叩きつける。


「な!?」


「グォ!」


 体が大きかった分、リーザがそれをまともに浴びてしまった。


「リーザ!!」


「いけないシルファ!!」


 顔色を変え、相手から目を離してしまうシルファ。そのシルファへと敵が殺到する。咄嗟に庇いに入るアリシアだが、そのせいで大きな隙が生まれてしまう。結果、アリシア達の側が防戦一方へと追い込まれた。数で押しに来る帝国側。乱戦模様を呈してきた戦場でしばし必死の攻防が続けられた……


「きゃぁ!」


「―姉さん!?」


「―アリシア先輩!?」


「隊長!?」


 あろうことか最初に崩されたのはなんとアリシアだった。乱戦となり、持ち前の大火力を生かせなくなったアリシア。それでも抜群の制御力を見せ、幾人もの敵を叩き伏せてきたのだったが遂に敵の接近を許してしまう。


 唐突に、まるで突然そこに現れたかのように一人の敵がアリシアの死角から襲い掛かる。組み付かれ、組み伏せられるアリシア。組み付いた男は特に大柄というわけではないが、それでも小柄なアリシアでは振り払うことはできない。そしてアリシアの腕に腕輪がはめられる。それは神霊術師の犯罪者や捕虜を拘束するための拘束具であり、はめられた者は神霊術が使えなくなってしまう。


「くっ!!」


 アリシアの表情が悔しさに歪んむ。そして……


「動くな!」


 唐突に戦闘が終わりを迎える。アリシアを人質とする敵集団。男二人が両側から抑え込み、もう一人が背後から首筋へと剣を突きつける。


「さて…おとなしくして頂きましょうか」


 いつの間にか最初の時と同じ姿となったファルノースが勝ち誇ったように告げた。










 一人、また一人と腕輪が填められる。アリシアがされたものと同じ神霊術無効化能力を持つ拘束具であった。


「ほうほう……いやぁ一時はどうなることかと思いましたが……これはこれは……」


 満足げに笑むファルノース。辺りには倒され気絶する彼の部下達が大量にいるのだがそちらはまったく気にもかけない。彼にとっては部下が何人倒されようと、殺されようと全く問題ではなかった。替えのきく駒―ファルノースにとって部下とはそう言う物だったのだから……


「アリシア・ルイスに、シルファ・ロード。そしてキルア・セリーデ……でしたか。高名な王立軍学校四色の内三色も手に入るとは……これはまさしく予測外。そして…」


 アリシアを、次いでシルファ、キルア、シュウ達その他の面々へと視線を滑らせるファルノース。睨みつける者、俯き視線を合わせないようにする者など反応は様々……


「……一つだけ聞きたい」


 しかしそんな中で、普段通りの表情で、そして普段通りの口調でファルノースに問いかける者があった。


「なぜあなたほどの大物がアフレイア家に協力する? その見返りはなんだ?」


 半ば答えを予測したエンジュの質問。外れていてくれればいい……彼は心のうちでそう願う。ファルノースが答えるまでの時間が永遠のように感じられた。そして………


 ファルノースの顔にうかんだのは残虐な笑みだった。軽薄で嫌悪さえ浮かぶようないやらしい笑み。相手をいたぶることに快楽を得る者のみが身に付ける事の出来る狂喜の笑み……その笑みはエンジュではなく、けれどアリシアでもなく、エリシアへと向けられた。


「お迎えに上がりました、エリシア・セプト・ノーテルダム王女殿下」


 ファルノースが腰を折り、恭しくこうべを垂れる。その顔には先ほどと同じ笑みをたたえたままで。仲間達が息を呑む音が聞こえる……


「うそ…?」


「まじで?」


 アリシアやエンジュの表情から、ファルノースの言っていることが虚言等ではないと悟るアオイとフレア。二人は驚きと共にエリシアへと視線を向ける。いや二人だけではなかった。声にこそ出さなかったが、アリサやカグラ、シルファもまた驚きと共にエリシアを…そしてアリシア達を見つめる。


 しかしエンジュに、そしてアリシアにもそれらを気にしている余裕はなかった。


「失態だなアリシア・ルイス、そしてエンジュ・ルイス」


 ファルノースが嬉しくて、そして楽しくてたまらないといった様子で続ける。


「護衛すべき対象をまんまとこんな所まで同行させ、他でもない自身が捕まることによってその護衛対象までもが捕まるという状況。失態以外の何物でもないね! それからエリシア王女殿下、あなたはこれから大いに役立つと思うよ。人質としても……その他の役割でもね。くっくく…ふは…ふはははははは」


 ついにその弛んだお腹を盛大にゆらして腹を抱えて笑うファルノース。いつしか取り繕うような紳士的な口調はなりを潜めていた。


 まさにファルノースの言う通りであった。アリシアとエンジュのルイス姉弟は学生である以前に、王女エリシアの守り人(護衛)だ。そしてこの状況は本当に二人の失態以外の何物でもなかった。二人は何としてでも……たとえ何を―誰を犠牲にしてでも、エリシアを逃がさなければならない。拘束具によってまともにに神霊術が使えない状況でも………


 アリシア、エンジュの二人が悲壮な決意を固めている時、同じ様に決意を固めた者がいた。他ならぬエリシアであった。


 彼女は決して敵に弱みを見せてはならない。王女としての立場が、矜持がそれを許さない。故に顔を上げ、胸を張ってファルノースを見据える。王族としての立場としては、何を犠牲にしてでも自分だけは逃げ延びなければならない。しかしその考えは浮かぶと同時に捨てる。彼女は自分の命と引き換えにしてでも仲間を…そして連れ去られた黒髪達の助命を、無事を求める。それが王女ではなく友人として、第二小隊の隊員としての彼女の決断であった……










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