第十話 (後)
一度協力すると決めた後はヨシヒロ達の動きは早かった。街中に散らばっていた仲間たちへと連絡を飛ばし、アリシアの自宅がすぐに情報収集の拠点へと変わる。カグラ、アリサもそれに協力することで情報収集能力は爆発的に向上した。
一方でアリシアもまた動いている。ルイス家の医師団をキリツグ達の宿へと派遣し、怪我人の治療に当たらせる一方で、エンジュ、シュウ、フレア、カグラの四人を再度襲撃の現場へと向かわせて、見落としがないかなど調査を命じる。
そして最後にアオイとキリツグはというと……
「だから、何度言わせるんだ!」
「何度言われたって嫌なもんは嫌です!」
「まったく。いつからこんなに口答えするようになったんだ! 昔は兄上~って俺の後ろをついて歩いていたかわいい子だったのに!」
「い! 何時の話をしてるんですか!」
「そ……それとも男か? まさかあのシュウとかいうやつ!? ……そう言えば抱き合ってたもんな。あ~思い出しただけで腹が立つ!」
「なんですかそれは!?」
「まさか…それともあのフレアとかいう男か!そうかそうなんだな!」
「だから何の話ですかいったい!!!!!」
などなど。未だ喧嘩の真っ最中であった。
「抱き合ってたって?」
ついゴシップ的な情報に食いついてしまうアリシア。しかし答えは……
「シルファさんの小隊に勝った時のあれです。みなさん喜ばれていて、その場で抱き合ったりとかされてたじゃないですか」
「あ~……」
「キリツグ様は何というか……ものすごい潔癖な方で、抱き合ってたりとかは……おまけにすごい妹大事なので…」
答えたのはシズハだった。彼女は困ったように事情を説明する。どうやらあの後宥めるのがそうとう大変だったらしい。
「普段は優秀なお方なのだが、アオイ様が関わるとどうも…」
ヨシヒロも手を焼いている様子であった。
しばしシズハとアオイに同情的なまなざしを向けるアリシア。見ると、隣でも同じように同情的な眼差しで見つめる青年が。
「そう言えばあなたは?」
一人だけ自己紹介を受けていないことに今更ながらに気づくアリシア。
「ヒアシって言います。ヒアシ・コジョウ、一応コジョウ家の分家筋にあたります」
およそ争いごとぬ向かないような温和な青年だった。キリツグの片腕として、また分家の跡取りとして見聞を広めるために王国まで付いて来たのだ。一応アオイの婚約者候補の一人でもある。
そんな中、アリシア達の元に新たな情報が立て続けにもたらされた。
初めにもたらされたのは、王都内に散っている『影』達から昨日昼過ぎに二台の荷馬車を引いた集団が王都外へと出たという情報。時間的にはちょうどアリシアとシルファの小隊の試合が終わった頃だという。
この情報はすぐにアリサ達に伝えられ、商人達の出入国記録と照らしあわされた。王国側が把握している商隊だけでなく、商人間でしか知られていないような、いわゆる裏商人の情報も含めて照らしあわされた結果、一つの商隊が浮かび上がる。
「帝国籍の商隊ね。出国記録がないから記録上ではまだ王都内にいることになっているけれど、商人仲間の話では昨日の昼ごろから姿を見ないそうよ」
「昼ごろ……それに帝国籍か」
「これは当たりかしらね」
ヨシヒロが、次いでアリシアがアリシアの報告を受けての感想を述べる。キリツグがあんな調子なのでいつの間にか指揮官役はヨシヒロが務めている。
「しかし昼ごろでは襲撃時刻と合わないのでは?」
黒髪の居住区が襲撃を受けたのは日暮れ時だったはずと、疑問を呈するシズハ。
「いや、そうでもないよ」
「エンジュ…何か分かったの?」
シズハの疑問に答えたのは、新たな情報を持ち帰ったエンジュだった。
エンジュ達が黒髪の居住区へと戻り話を聞いてみたところ、事後処理にあたっていた一人の警備隊の隊員から興味深い話を聞いた。
その隊員は、建物の外側にあった死体の回収作業に当たっていたという。何人もの遺体を回収する中でその隊員はあることに気づいた。
「遺体が古い?」
「はい。古いというか、時間が経っていたんです」
隊員の中には初めて死体を見る者もいたそうだが、その隊員は以前にも殺害された遺体を見たことがあるという。
「殺されたばかりの遺体はまだ温かく、血も固まっていません。けれど、今回の遺体は血は固まり、既に体は冷たくなっていました。火を付けられる直前に殺されたとは思えないのです」
「なるほどね…」
エンジュから伝えられた隊員の話を聞いて、アリシアが納得した表情を浮かべる。
「襲撃自体は昼間行われ、昼の内に女子供は運び出された。運び出した者達が帝国の人間だとすると目的は奴隷売買といったところか……」
ヨシヒロもまた唸る。事件の概要は見えてきたが、気持ちのいいものではない。
「レジナさん夫妻は比較的綺麗な遺体でしたので、その事に気づけなかったのでしょう」
エンジュと共に帰還したシュウもまた沈痛な面持ちでそう告げる。未だ破壊の後が色濃く残る広場を見て、あの時の光景が甦っていた。
そして最後の情報が舞い込む。
「キリツグ様! ヨシヒロ様!」
「――っつ!!」
「キルア!!」
ヨシヒロが息を呑む横で、アリシアがキルアを呼ぶ声が鋭く響く。瀕死の重傷を負った影の一人が両側から抱えられて連れ込まれたのだ。
「あの人は?」
「……封書を渡した人物の追跡に当たっていた者です」
キルアの必死の治療が続く中、それを遠巻きに見つめるアリシアとシズハ。ヨシヒロ、キリツグの二人はキルアのすぐ隣で治療を見守っている。
「私が……そう命じました」
「そう…」
懺悔のようなシズハの声。アリシアには彼女たちの指揮系統は分からないが、シズハも指揮官的な立場にいるのだろうと予想する。
真っ先に駆け寄ろうとしたシズハを止めたのはヨシヒロだった。そしてアオイを止めたのはキリツグ。どうやらアオイも顔見知りの人間らしかった。彼ら二人には分かっていたのだろう。その男が助からないと……そしてアリシアもまた分かっていた……
しかしアリシアの、ヨシヒロの、キリツグの予測はいい意味で裏切られる。今ここにはキルアがいたのだから。戦闘に特化した能力ではない為知名度こそ低いが、キルアは王国最高峰の治癒術者の一人。幼いころから神童と呼ばれた彼の治癒の神霊術はまさに神技と呼べる代物だった。
絶望的な状態を覆し、零れ落ちる命の雫をつなぎとめて見せたキルア。しかし彼の表情は浮かない。
「命は何とか取り留めましたが……しかしこの先元通り体を動かせるようには……」
「そうか……」
キルアが言いよどんだ先を正確にくみ取ったキリツグとヨシヒロ。
「感謝する」
「いえ……」
言葉とは裏腹にその表情は厳しかった。
「ご苦労様」
「いえ…力不足で……」
レンに始まり、キリツグ達四人、そして今の男。大活躍のキルアを労うアリシアだったが、キルアの表情は暗い。キルアでなければ確実に命を落としていたであろうにも関わらず、完璧には救えなかったことを悔やむキルア。そういう人間だと知っているアリシアは、頼もしいその同級生の背中をそっと撫でるのだった。
男が文字通り命がけで持ち帰った情報。それは二つあった。
一つは男の懐に捻じ込まれていた封書。死んだ男を仲間が回収することを見越しての措置だったのだろう。現に男は仲間に抱えられてここまで運ばれてきた。しかし相手側にとっても男が生きているのは誤算だったのだろう。男は敵の拠点を把握していた。それが二つ目の―そして最大の情報だった。
「そう……そういうこと」
男が告げた敵の拠点の場所。それは勘当された筈のレオナルドの住居だった。
「まさか…監視していたのに…」
信じられないといった表情を見せたのはアリサとカグラ。彼女たちはレオナルドの住居にも監視を付けていたのだ。それをどんな手を使ったかはわからないが、かいくぐって活動していた……
「くそ!」
アリサの、カグラの顔が悔しげに歪む。
「封書の中身は?」
「読んでみる?」
そう言ってエンジュに封書を渡すアリシア。その中身は一枚の紙切れと地図、そして布きれが入っていた。
"アリシア・ルイス、その他第二小隊の面子に告ぐ――
この地で待つ。全員で来い"
紙切れに書かれたのはこの短い文章だけ。そして布きれは……
「コウ君の物よ」
エリシアが布きれを確認する。少しほつれ、薄汚れたそれは間違いなくコウが着ていた衣服の切れ端だった。そしてそこには赤い染みが……
「場所は……?」
絞り出すような声音で問を発するエリシア。その手はコウの布きれを固く握りしめている。
「待って、どう考えても罠よ…」
エリシアの焦りを感じ取り、まずは落ち着かせようと声をかけるアリシア。しかし――
「場所は?」
エリシアは耳を貸さず、再度問いかける。
「エリシ――」
「アリシア!」
しばし無言で見つめ合う二人。折れたのはアリシアだった。
「分かったわ。どちらにせよ他に手はないんだし。ただし行くなら全員で。書にもそう書いてあるでしょ?」
半ば自分に言い聞かせるように答えるアリシア。
「ただし、まずは落ち着いて。焦ったら助けられるものも助けられない」
厳しく、しかし同時にやさしさも込めて言い聞かせるアリシア。今度はエリシアも素直に頷いた。
「よし。悪いけどそんな感じでシュウ君たちもいい?」
「はい」
「構いません」
「もちろんです!」
シュウ達からも事後承諾気味に了承を得ると早速細かな打ち合わせに入る。
「とりあえず敵の目的ははっきりしていると思う」
指定された地図を確認しながらエンジュが告げる。場所は王都から少し離れた郊外。今すぐ出発したとして行き着くまでには半日ほどかかる。
「決勝は欠場せざるを得ない……」
とてもではないが決勝戦には間に合わない。
「こうなると組み合わせにもアフレイア家の意図が絡んでそうな気がしてくるわね…」
第一試合での優勝候補同士の潰し合い、四色といっても戦闘特化ではないキルア率いる小隊とアフレイア家二人の小隊との第二試合。
「現にキルア達の小隊は負けているわけだし…」
第二試合の勝者はアフレイア家二人の所属する蒼組第九小隊だった。第三試合は順当でレイの率いる黄組第八小隊。これにアリシア達蒼組第二小隊を加えた三小隊の総当たりにより優勝小隊が決まる。
「僕達が欠場したらあいつらの小隊の優勝の可能性がかなり上がる。なんてったって半分の確立だからね」
アリシアがいる第二小隊に比べたら、レイ率いる第八小隊は明らかに劣る。シルファには悪いが、アリシア達がシルファに勝つことも含め、全てが彼らの筋書き通りなのだろう。
「ジェフリー・アフレイア、クラウス・アフレイア……アフレイア家か」
「この因縁もそろそろ蹴りをつけたいところだけど…」
アリシア、エンジュの二人が言葉を交わす間も使用人たちの手によって準備は着実に進められている。
まず移動用に二台の馬車が用意され、食料、医薬品、寝具などがそれぞれ詰め込まれる。食料、寝具は目的地に到着するまでの間、交代で仮眠をとったり食事をする時の為の物だ。医薬品については一応持っては行くが、この国の医療は専ら神霊術に頼るところが大きく、医薬品自体はあまり効果は大きくない。あくまで念の為の物だった。
「レオナルドの所はお任せします」
「無論だ。借りも、恨みも多い。きっちり返してやるさ」
アリシアとヨシヒロが向き合う。打ち合わせの中で、レオナルドの住居を拠点にしている者達への対処はヨシヒロ達が請け負うこととなった。部下を、仲間を傷つけられ、まんまと躍らせれてアリシア達とも敵対させられた。その恨みは大きいらしく、倍返しにしてやると意気込むヨシヒロの姿はなかなかに迫力があった。
「それでは……」
「ああ。健闘を祈る」
「そちらこそ」
いつの間にやらすっかり仲の良くなったアリシアとヨシヒロが互いの健闘を祈る。こうしてアリシア達は準備を終え、慌ただしく出発するのであった。
ちなみに出発の際(実際はその少し前ぐらいから)キリツグがアオイに、"くれぐれも気を付けるように"とか、"何だったらここに残っても…"などなど。兄馬鹿ぶりを発揮し、アオイに付きまとう光景も見られたのだが、ついにブチ切れたアオイによって部屋を飾る氷の彫刻とされたのだった……