第三話
入学式ということでこの日は担当教官との顔合わせや、注意事項の確認といった事務作業のみで、昼食前には解散ということになった。帰り支度をしていたシュウのもとに早速フレアが寄ってくる。
「そういやシュウって寮生? それとも通い組?」
「寮だよ。フレアは?」
「俺も寮。いや~奇遇だね~」
そんなことを言いながら肩をバンバン叩いてくる。どうでもいいが結構痛い。
「んじゃぁ、一緒に帰ろうぜ」
一通り叩いて気が済んだのか、そういうと返事を待たずに出口へ向かい始める。人の話を聞かないのは地なのだろうか。ため息をつきつつ、そのあとにシュウが続こうとした時、後ろから声がかかった。
「あの、僕も一緒していい?」
振り返ると、そこにいたのは蒼い髪のショートカットの女の子。どこか活発そうな印象を受ける。顔
だちは整っていて、美人といっても差し支えない。いや美少女といったほうがしっくりくるか。
「俺は構わないが…」
そんな感想を覚えつつ同意を示し、フレアのほうを見る。
「もちろん俺も構わないぜ」
間髪入れずにフレアもこたえた。
「わぁ、ありがとう! 僕の名前はアオイ・コジョウ。よろしくね!」
花開くような笑顔とはこういった顔のことを言うのだろうか。男二人に美少女一人。周りの注目を集めつつも帰りの帰途に就く三人。注目されているのは果たして黒髪か美少女か。
「コジョウさんも寮生?」
軍学校からほど近い喫茶店に入り、席に着くなりフレアが口を開く。その手は早くも食事のメニューを開き始めている。
「ん? 僕も寮。第一女子寮。2人は?」
アオイもメニューを開きながら答える。
「俺は第二」
「俺は第一だ」
答えたのはフレア、シュウの順番だ。
ウィスタル軍学校には四つの寮が存在する。第一男子寮、第二男子寮、第一女子寮、第二女子寮だ。これらはすべて別々の場所にあるといったわけではなく、一つの敷地内に四つの建物があり、その建物一つ一つに名前がついてる。かつては軍学校というだけあって全寮制であり、寮の数も今よりはるかに多かった。しかし現在では自宅から通うことも認められ、したがって寮に住むのは遠くから来ている者と、何らかしらの家庭の事情がある者のみとなっている。
「そっかぁ。あ、僕のことはアオイでいいよ。その代り僕も二人のこと、フレイと、シュウって呼んでいい?」
「構わないぜ」
「いいよ」
今度もフレア、シュウの順番。いつの間にか話の主導権をアオイとフレアに握られているが、そういったことはあまり気にしないシュウ。むしろ普段から口数が少ないため聞き手に回る癖のようなものがついている。
そこにウエイトレスが水とおしぼりを持って、三人の元にやって来た。軍学校の制服を着たシュウを見て少し驚いたような表情を見せる。正確にはその髪を見てだが。しかし三人が注文を済ませると何も言わず、ただ一言「かしこまりました」
とだけ伝え、メニューを下げて厨房へと向かった。注文を伝えに行ったのだろいう。
「ま、当然の反応だわな」
そうつぶやくフレア。
「その髪の色ってことは、シュウは当然神霊術はつかえないんだよな?」
そう聞かれ思わず苦笑をもらすシュウ。出会ったその日に真正面から、しかも直球で聞かれるとは思っていなかった―いや、そういえば学校で同じこと聞かれたか。一方アオイはというと、いきなり核心をついたフレアに対し、咎めるような、しかし自分も興味があるといわんばかりの視線をちらちらとこちらに向けている。基本的に気持ちが顔に出てしまうタイプなのだろう。嘘がつけなさそうだなと思いつつもそんな姿に好感を覚える。今までもこの髪を見て後ろ指を指すもの、あからさまな侮蔑を示すものなど様々だった。それを思おうとこの二人の態度は非常に好感を持てる。なぜなら二人の視線にはそういった負の感情が少しも感じられないからだ。と、そこまで考えた時。
「や、やっぱ聞いちゃまずかったか……」
沈黙を別な意味でとらえたフレアが気まずそうにこちらをうかがう。まったく空気が読めないわけでもないらしい。もっとも、今に限っては単なる勘違いなのだが……シュウはフレアの勘違いをただすべく口を開いた。
「いや、別にかまわない。すぐにわかることだし、別段隠す必要もない。想像通り、俺は神精術が使えない。もっともこの髪を見れば一目瞭然だろうがな」
髪には意味がある。髪は霊素に干渉する媒体の一つだ。だからこそ神霊術を扱うものはその髪に色が現れる。炎を扱うものは赤、水を扱うものは青、風を操る者は緑、土を扱うものは黄色。色の濃さや、つやなど、個人によって差があり、中には混ざっている者もあるが、髪に色を持つということに変わりはない。しかし唯一の例外がある。それが黒髪だ。黒髪を持つ者は皆例外なく神霊術が使えない。そして、髪の色はほとんどの場合遺伝する。赤髪の子は赤、黒髪の子は黒といった風に。両親で色が違っても、どちらかの髪の色を受け継ぐ場合が多い。まれに混ざったり、髪と瞳で色が違ったりすることもある。ちなみに瞳も髪と並ぶ媒体の一つだ。そういった理由から、黒髪は無能者として、力ない弱者として蔑まれてきた。国によっては、奴隷として扱っている国や、家畜として物扱いをしている国もある。それを思えば、この国の黒髪に対する扱いは良いといえるだろう。差別こそあるが、人として扱われているのだから。
―この髪を見れば一目瞭然だろうがな―
そう言ったシュウの言葉と表情を見て、フレアはやはり、という気持ちを強めた。そもそもフレアがシュウに声をかけたのは、シュウの態度に違和感を覚えたからだ。普通黒髪の連中は何処か怯えたような表情をして、こちらの顔色をうかがっている。色を持つものと、持たないものの力の差は歴然で、ちょっと粗相をしたり、機嫌を損ねたりしただけで大けがをする。そういったことはこの国においても残念ながら少なくない。それを思えば仕方がないことなのかもしれないが、しかしュウからはそういった怯えや、こちらをうかがう様子は見られない。フレアがシュウに興味を持ったのはまさにそういった所だった。こいつは何か持っているのではないか。そう思わせる何かが、シュウには確かにある。
フレアがひそかにシュウの観察をしていた時、アオイもまたシュウのことをうかがっていた。もっとも、こちらは単に話しかける機会をうかがっていただけなのだが……
「…ねぇ、シュウ。シュウってもしかして諸島連合の出身だったりする?」
「ん?いや、俺はノーテルダム出身だが?」
「あ、そうなんだ……」
なぜかがっかりしたような表情を見せるアオイ。
「?…それがどうかした?」
「いや、僕諸島連合からの留学生なんだけどさ、アカツキって聞いてもしかしたらって思って……」
諸島連合、正式名称はコランダム諸島連合。ここノーテルダム王国と海を挟んだ隣国で大小様々な大きさの島からなる連合国家だ。繊細で美しい工芸品や芸術品が数多くあり、その諸島連合との交易で王国は高い利益を得ている。友好国として長く王国と共に歩んでいる国家だ。
「アカツキって諸島連合じゃ多いのか?」
それまで黙っていたフレアが会話に加わる。
「そういうわけでもないけど、響き的に諸島連合の名前に似てたから」
「シュウ・アカツキ……アオイ・コジョウ……言われてみると確かに…」
「それに諸島連合は黒髪も多いし」
「そうだな~もしかしたら俺の家系は諸島連合から来たのかもしれないな」
そんなことはないと知りつつもシュウはそう口にする。自分の出自は分かっている。けれども友人の残念そうな顔を見たくないと自然とそんな答えが出ていた。
友人……いつの間にか、シュウはフレアとアオイの2人を友人として受け入れていた