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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第四章 武術大会
36/71

第六話

「アリシア・ルイスは今年も健在といったところですかね」


「あの蒼の女性もかなりのものでしたし…」


「私としては、何より最後の青年に驚かされましたよ」


 などなど……


 眼下に闘技場から退場してゆく生徒たちを眺めながら、用意された王国特産のワインを口元へと運ぶ者達。各国から招かれた来賓の者達であった。


 武術大会。先にも述べたが、四年生にとっては集大成とも言える場であり、自分をアピールする絶好の場である。と同時に、軍にとっても、その他にとっても、優秀な人材を把握する絶好の場であった。


 軍は優秀な人材を軍属として確保し戦力増強に努めると共に、国内の影響力を高めようとする。


 特に学生の身でありながら、すでに国外にまでその名が知られているような人物は、影響力や国民への人気取りに欠かせない人材であった。


 同じ理由で、政府もまた優秀な人材を確保しようとする。軍と政府で、もしくは派閥同士で、人材の取り合いといったようなことがこの武術大会の裏では行われている。


 また軍や政府外にも、人材確保に精を出す者達がいる。


 たとえば商人たちがそれであった。彼らにとって危険な場所は大きな商売につながる。戦時下や災害下では、往々にして様々な物資が不足するからだ。それは商人たちにとっては商売のチャンスであったが、そのためには危険な場所へ赴く必要がある。


 そんな時、自分の小隊内に優秀な護衛が多くいれば、より安全に商いを行うことができるし、人も集まりやすい。安全というのは商人にとって大きな武器なのである。


 そしてもう一つの側面。それが政治であった。次代を担う優秀な学生を見せることで、敵対国には牽制となり、同盟国に対してはより良い立場を得ることができる。また他国から見ても、王国の戦力を図る絶好の場であり、機会であった。


 こうした様々な思惑が絡み合い、渦巻く中で毎年武術大会は行われてきた……


 そして今年もまた様々な思惑を抱えて、武術大会は始まった…………













「お疲れ様です!!」


 いまだ興奮が冷めない様子で、アオイが、フレアが、シュウがアリシアに駆け寄る。


 その様子を微笑みでもって見つめるエンジュ、カグラ、アリサ、エリシアの上級生組……


 しかしその彼らの足取りもいつもより軽く、また上機嫌でいるのは傍目から見れば一目瞭然だった。


「やっほー」


 そう言って手を振り、アリシアが仲間たちからの出迎えを受ける。場所は闘技場に併設された控えの間。明日からは本番を待つ小隊が待機する部屋だった。


「かっこよかったっす」


「ほんと、も~、すごかったです」


 フレアが、アオイが口々に感想を述べ、アリシアを褒め称える。


 シュウもまた何か口にしようとは思ったのだが、これといった気のきいたセリフが思い浮かばない……


「すごかったです!!」


 結局ありきたりな言葉しか浮かばなかったので、彼はその一言にありったけの感情をこめてアリシアに告げた。


「ありがと」


 そしてアリシアも嬉しそうにそれに答えるのだった。


 同じような光景が、シルファとレイの二人の元でも行われていた。


 この二人もそれぞれ、自分の所属する小隊から出迎えを受けている。


「そう言えばキルアは?」


 その場に同級生の姿が見えないことに気づくカグラ。


「それが、彼ちょっと無理したみたいで…」


 アリシアが少し心配そうな表情でそれに答える。


「またか……」


 途端に呆れたような、しかしどこか心配そうな様子をカグラも見せる。


「大丈夫そう?」


 それはアリサも同様であった。


 組は違えど四年間も同じ学校で過ごした仲間である。彼女たちが心配するのはごく自然の流れであった。ましてや、キルアはアリシアと同じ四色の一人。アリシアを通じてカグラたちも接点を持っていた。


「キルア先輩どうかしたんですか?」


 アリシア達の心配そうな表情を見て、不安を感じた一年生三人。代表して疑問の声を上げたのはアオイだった。


「ええと…予定では無理しない程度に力を抑えて、観客席だけに風を送るって事にしてたんだけど……」


「ばりばり私達生徒にも送ってたな……」


「おかげで体調万全、元気いっぱいだけどね」


 アリシア、カグラ、アリサの三人が答える。


「神霊術を使うとき必要なのは、精神力と集中力、霊素への干渉力。そして大事なのは自分の力の限界を把握すること。無理に実力以上の力を出そうとすると、どこかで無理や、歪みが生じるわ……最悪力の暴走、暴発ということにもなりかねない……」


 このあたりの事は、授業で一番最少に教えられることだ。まず自分たちの力量を正確に把握すること。そして神霊術の行使はその範囲内で行うこと。後は日々の訓練でその底上げをやっていく……


 アリシアはさらに続ける。


「さすがに限界を超えての行使というわけではなかったみたいだけど、そのギリギリのところで力を使い続けたんでしょうね……しばらく休めば大丈夫だと思うけど……」


「張り切りすぎたんだと思いますよ。私と同じで」


 涼しげな心地よい声が割り込む。背後に小隊員を引き連れたシルファ・ロードが、こちらに歩み寄ってくるところだった。


「アリシア先輩と違って私や、キルア先輩は初めてでしたから……」


「緊張した?」


「それはもうたっぷりと」


 彼女は、はにかむ様に笑ってアリシアに答える。思わず見とれてしまいそうな美貌だ。いや、実際にフレアなどは先ほどから視線が釘付けである。


 演出の内容や、銀狼などと呼ばれていることから、勝手にきつい印象を想像していたシュウ。しかし間近で見る彼女は、美しさの中に暖かさを、凛とした雰囲気の中にやさしさを持った女性だった。


 ――目がやさしいからか……


 シュウはそんな感想を覚える。彼女の蒼穹の瞳は優しく、暖かな光をたたえていた。


 それにしてもとシュウは思う。彼女にしても、アリシアにしても、アオイにしても強く才能あふれる女性は美しい者ばかりだ。それはカグラや、アリサといった他の仲間にも当てはまる。その理由はいったい何なのか……


 ただ一つ言えることは、その美しさは彼女たちの実力と相まってカリスマへとつながっていることだ。アリシアがそうであるように、シルファもまた指揮官として優秀なのであろう。初対面にもかかわらず、そう思わせるような知的な雰囲気を彼女は醸し出していた。


「キルア先輩については、医療班も付いていることですし、先ほど見た感じでもおそらく大丈夫かと……あと私たちもいつまでもここにいては邪魔になりかねませんし……」


「それもそうね……私たちも帰るとしますか」


 いつの間にかレイの小隊はいなくなっており、今この場にはアリシア、シルファの小隊だけが残っていた。


「それではアリシア先輩、小隊員の皆さん。戦える時を楽しみにしています」


 シルファはそう告げると、アリシアには軽く会釈をし、シュウ達他の面々には笑顔を残して去って行った。


「かっこいい…」


 思わずアオイの口からそんなつぶやきが漏れる。


「三年にも関わらず、人気、実力共にアリシアに次ぐ二番手だからね」


 アオイの呟きを聞いたアリサが苦笑交じりにそう口にすると、続いてカグラも、


「男子はもちろん、女子からもかなり人気があるみたいよ。確か……女子から告白された人数はアリシアよりも多かったような……」


「え?」


「告白? 女子から……?」


 突然訳のわからないことを聞かされたといった風なシュウとフレアの男二人。エンジュはというと、あまり驚いた風ではない。おそらく知っていたのであろう。


 カグラはそんな様子の男三人は無視して、アオイへと顔を向ける。そして……


「ライバル多いけど、頑張ってねアオイちゃん!」


「んなぁ!?」


 はたしてその絶叫はアオイの物だったのか、それとも……


「ア、アオイ…まさか……そうだったのか?」


「んなわけあるか!!」


 フレアの言葉に盛大に突っ込みを入れるアオイ。


「え? 違うの?」


「違います!!」


 アリシアまでもが乗ってきた。そして……


「じゃぁ、ま、まさか………」


 そう呟くと、アリシアはなぜか頬を赤く染め自分の体を両手で抱きしめる。


「それも違います!!!!」


 アオイの悲鳴が響き渡るのだった……









「さて、ようやく始まったようですが……首尾のほうはいかがです?」


「概ね計画通りです。すでに本国からも二個小隊が王国内に入り込んでいますし、先ほど様子を見てきたところです」


「それはそれは……しかしくれぐれも慎重にお願いしますよ?」


「はい…わかっております」


 王都内に夜の帳が下りるころ……とある宿の一室で、一つの密談が行われていた。部屋の中にいるのは男二人に、女一人。暗闇の中、燭台にほのかに照らし出された髪は赤、そして緑…………


「ここも拠点として使ってください」


 男が広げた地図の一点を指さす。すぐにもう一人の男が直接印を書き入れた。指差した男は地図から顔をあげ、女性へと向き直る。


「あいつは自由に使ってもらっても構いません。ただし、事情は知らせないように。あくまで自分の意思で動くよう仕向けて下さい」


「いいのですか? 彼は……」


 炎に照らしだされる緑の髪。整った顔立ちを持つ美しい女性が聞き返した。


「構いません。あれはもはや僕たちとは何のかかわりもありませんから……」


 血のように赤い髪を持つ男が、何の躊躇もなくそう言い切った。そしてその場にいたもう一人の男も口を開く。


「あいつは何度も機会はあったのに、それを一度も生かせなかった……そろそろ一つぐらいは役に立ってもらわないと……」


「僕たちの為にも、あいつ自身の為にも……」


 ぞっとするような笑みだった。そうして、よく似た顔を持つ二人の男が笑いあう様子を、女性は畏怖と共にただ静かに見つめていた……









 ――時間は少し前へとさかのぼる――


 武術大会初日は開会式展だけで、本格的な大会は明日から始まる。明日に備えてアリシア達第二小隊は早めの帰路についていた。


「アリサ先輩…」


「うん……付けられてるね」


 エリシアの呟くような囁きに、同じく呟くように囁きを返すアリサ。そしてすぐにアリシアへと視線を送る。


「――何人?」


 それだけで反応するアリシア。先の呟きが彼女にも聞こえていたのかもしれない。


「七人……かな」


「ですね」


 一瞬で相手の人数を確認したエリシアとアリサ。


「誰か個人を狙っているのか。それとも狙いは小隊自体か……ただの物取りということもあるね…」


 すぐにエンジュも加わる。武術大会中は王国内外からたくさんの人が集まってくる。当然中には悪意を持った者もいるわけで、何が狙いか分からない。ましてや今日は大会初日。特に人の集まりが激しい。


「とりあえず自然を装って二手に分けれよう。エリシアは一年生組と、残りは私と」


「了解」


 すぐにアリシアが対策を立てる。ここまでほとんど時間をかけていない。小声で会話を続けたこともあっておそらく相手はまだ気づかれたことに、気づいていないであろう。


「アリサ」


「うん、風の気配はないよ」


 風を使った盗聴がなかったことをアリサが確認する。後は言葉は無かった。無言のうちに彼女らは行動に移る。近くにいるシュウ達一年生たちでさえ、未だまったく気づいていなかった………


「さてと、私たちは寄るとこあるから、また明日ね!」


 アリシアが少し大きめの声で別れを告げ横道にそれていく。それにエンジュ、アリサ、カグラの三人も続く。


「また明日」


 エリシアも元気よく声を返し、道を進む。


 一年生三人は突然の事に多少戸惑いもあったようだが、その場はアリシア達に別れを告げて、エリシアに続いた。


「アリシア先輩たち何か用事でしょうか?」


 少し進んだ頃、アオイが背後を振り返りながら訪ねる。


「ん~たぶん。私も詳しくは知らないんだけどね」


 彼女達にも事情を告げるかどうか、エリシアは若干迷った。相手の狙いがアリシア達であれば、あちらでうまく処理するだろう。その場合、彼らに要らぬ不安や心配を与えることになる。そう考えて、結局告げないことを選んだのだが………


「まだ…付いてきますね」


「……まさか、気づいてたの?」


 どうやらシュウも後をつけてくる存在に気づいていたようだ。シュウの言うように未だに一定の距離を開けて後を付いてくる。


「ええ。――まぁ、そんなことより……七人全員来てますけど、どうします?」


 その言葉に再び驚くエリシア。確かにこれもシュウの言うとおり、七人。つまり全員がこちらを付けてきたことになる。しかし、次にエリシアの口から洩れたのは、次の対応策でも、相手の狙いが誰か等といった状況把握でもなく……


「いったいどうやって……」


 そんな呟きであった。


 隣では未だ状況をつかんでいないフレアとアオイが互いに顔を見合わせ、次いで後ろを確認しようとする。シュウの"付いてくる"という発言を受けての行動なのだが、エリシアは反応できない。代わりにシュウが何気なさを装って止めに入る。


「ずっと付けて来ている奴がいる。距離の取り方とか、気配の殺し方からみて、それなりの訓練を受けた奴らだ」


 今度もまた、エリシアの把握と一致する。フレアとアオイも驚いた様子を見せるが、それも一瞬の事で、すぐに冷静さを装う。


「気配の探り方、殺し方は剣術の基本だって、師匠に叩き込まれたんですよ」


 これは先ほどのエリシアの問いに対しての答えなのだろう。しかしその内容はエリシアの理解を超えている。


 アリシアでさえ気づいていなかった尾行をエリシアとアリサだけが気づいた。風の神霊術師だからこそ気づけた。そして彼女たち二人は風を用いてすぐさま相手の人数を把握した。


 彼女たちは"神霊術"を使って、相手の人数を把握したのだ。


 それをシュウはただの生身で、しかも気配という不確かなもので把握した。


 シュウは先ほど"それなりの訓練を受けた奴"と言っていた。たとえそれなりでも、訓練を受けた者を神霊術も何も用いず人数まで把握する能力……


 そんな風に、エリシアが一人衝撃を受けていることに気づくことなく、シュウはさらなる驚愕の言葉を述べる。


「まぁ、相手が未熟だから俺でも気づけましたけど、付けてきてたのが師匠だったら、それこそ真後ろに付かれても気づかなかったでしょうし、仮に探ったのが師匠だったら、俺より遥か先に気づいたと思います」


 この時、エリシアは初めてシュウに――"黒髪に" 畏怖と、恐怖を感じた。


「それで、具体的にはどうします?」


 フレアが世間話でもしている風を装ってエリシアに問いかける。


「また二手に分かれますか?」


 アオイも先ほどのアリシア達の行動の意図を察したのだろう。


「相手の人数が多い。これ以上分けるのは避けた方がいいと思う」


「ですね」


 エリシアも自分の注意が相手から離れていたことを心の内で反省しながら、策を後輩たちに伝える。


「人通りの少ない方へ向って待ち伏せる」


 自分たちの身の安全を第一に考えるなら、このまま人通りの中にいたほうが良いのかもしれない。しかし、相手の事がよく分かっていない以上人、通りの中でも攻撃を仕掛けてくる危険性がある。他の人たちを巻き込むような事態は極力避けたい。それに、エリシアは後輩三人の力量を信頼している。


「了解」


 三人も、迷うことなく力強く返事を返す。故にエリシアはただ一言だけ告げた。


「じゃ、はじめよっか」



 すぐさま四人は脇道に逸れる。そして次々と角を曲がっていく。最初はゆっくりと、次第に速足となって……


 このころになって、ようやく尾行者達も気づかれたことに気づき始める。そして追いつくころにはすっかり人通りの絶えた、すこし裏寂れた広場へとたどり着いた……


 追いかける勢いのまま広場へと突入する尾行者達。それを正面に立って出迎えたのはエリシア一人だけ。そして――――


「いらっしゃ~い」


 次の瞬間には両側から炎と氷が襲いかかった。


「な!?」


「くっ!!」


 避けきれなかった二人が、それをまともに受けて意識を刈り取られる。


「くそ!! 固まるな、離れて――」


 リーダーらしき男が仲間に指示を出そうとする。しかしその一瞬の隙を突いて、シュウが男の背後に走り込むと、その首筋に手刀を叩きこんだ。男が音もなく崩れ落ちる……


 途端に浮き足立つ尾行者たち……


「私がいることもお忘れなく!」


 彼らに向かって、エリシアが風で作った壁を叩きつける。横から……そして真上から……


 まるで槌を振るうように自在にその壁を相手に叩きつけるエリシア。横から叩きつけられた男はそのまま真横に吹き飛び、真上から叩きつけられた男はそのまま叩き潰される。


「そういえば、エリシア先輩が訓練以外で戦うの初めて見るね」


「そうだな……」


「ああ。……しかし、それにしても……」


「うん。すごいね……」


 アオイの言うように、シュウ達がエリシアの本気の戦闘を目にするのは初めての事。普段の穏やかさや、優しさ、落ち着いた雰囲気とは真逆の力任せの攻撃に、しばし無言となる三人であった……


 もっとも、実際にはエリシアは風の向きや、密度を操っているのであって、力任せなどではなかったのだが…………


 結局シュウ、フレア、アオイがそれぞれ一人づつ、残りの四人をエリシアが文字通り叩き潰したことで、この戦闘は終わりを告げた。



 そのすぐ後にはアリシア達も合流して、今はエンジュを中心に男達から事情を聴きとっているところだ。


 その様子を少し離れたところから眺めつつ、シュウの関心はこの空き地周辺へと向いていた。


 空き地の周りには家らしきものが建っている。どの家も今にも崩れそうな様相で、中には人の気配があるのに、外には人一人おらず、また声も聞こえない。


「声を潜めて、家に閉じこもってるのか? それにこの匂い……」


 戦いに集中している間は気づかなかったが、辺りには鼻を刺すような匂いが漂っていた。とても人の住むような衛生的な環境とは思えない。


「シュウ君はここ来るの初めて?」


 見るとエリシアが近づいてくるところだった。彼女はシュウの横に並ぶと同じように家々を見回す。


「普段はもう少しにぎやかなんだけどね…」


「エリシア先輩はここに……?」


「うん。来たことあるよ…………ここはね、王都に住む黒髪の人たちの居住区なんだ」


 シュウは頭を殴られたかのような衝撃を受ける。


「黒髪の……」


 ――では、ここに住むのは自分の同胞たちなのであろうか…こんな……こんな汚らしい場所に……


「この国ではだいぶ前に奴隷制度、身分制度は廃止されてる。シルフォルニア皇国の属国になったときにね。…………でも、制度上はそうでも、根付いた差別や、偏見はなかなか消せない……」


 エリシアの声には、痛ましさ、悲しさが含まれていた。そして悔み、懺悔するような響きも……


 けれど、ショックを受けているシュウは、その事に気づかない……


「でも……俺の故郷では……」


 シュウの故郷でも、多少の差別や偏見は存在していた。しかし家や着る物などは他の人たちと何ら変わりがなかった。


「町や村などの小さな集まりでは隣人として溶け込みやすいし、また受け入れやすい。なにより、町や村の維持には、そこに暮らす人皆が協力しなければならない。でもここは王都だから……王都なのにね……」


 王のひざ元であるはずの王都でも、未だ黒髪に対する差別は根強い。なぜなら、王都はこの国で一番大きな街だからだ。その規模は他の都市とは一線を画す……故に人も多く住む。それこそいろいろな価値観、思考を持った人たちが。


 ふと、シュウはこちらを伺う様な視線を感じた。見ると建物の影からこちらを見ている二人の子供たちと目が合う。おそらく兄妹なのであろう。シュウが手を振ると、途端に笑顔となり、こちらへ駆け寄ってきた。しかし向かう先はシュウではなく――


「エリシアお姉ちゃん!!」


 二人はそのままエリシアへと抱き付く。


「コウ君、リンちゃん」


 エリシアも二人を抱き寄せ、優しく頭をなでる。


「ごめんね、怖かった?」


「全然!!」


 エリシアの問いかけに、コウと呼ばれた男の子が答える。ほほえましい光景なのだが…………


 シュウは眉をひそめた。男の子の体のところどころに、殴られた様なあとがあったからだ。しかも身に纏っている服は薄汚れてボロボロ。髪もぼさぼさで伸び放題。それは女の子の方もあまり変わらない。せめてもの救いは、女の子の方には殴られた跡が見当たらないことぐらいだろうか……


「エリシアは時々食料とか、飲み物とか、あと着る物とか持ってきてるのよ…」


 気づけば、アリシアが横に立っていた。


「残念ながら、着る物は良いものを渡したらその日のうちに取られたり、体の大きい子に優先的に渡ったり…結局小さい子たちには布きれのような物しか残らないのだけど、それでも着る物のなかった、裸で歩き回ってた頃よりだいぶ良くなっていると思う…」


 それを知っているという事は、アリシアもそれに付き合っていたのだろう。


「根本的な解決にはなっていないのだけどね……」


 そう言って自嘲気味に笑うアリシア。視線の先には子供たちだけでなく、大人たちまで集まってきてエリシアに声をかける様子がうかがえる。また何人かはシュウ達の方にも歩み寄って来て、アリシアと何やら言葉を交わし始めた。


「何もしないより、知らなかった人より、数百倍マシです」


 一人になったシュウは、一人静かに呟きを漏らした……





 この時、シュウも、エリシアも、その他の誰もが戦闘が終わったことで気が抜けていた。故に……誰一人気づかなかった。遠くから彼らを観察する者がいたことに……


 広場に一陣の風が舞う。その風に緑色の髪をたなびかせ、その女性はそっとその場を後にした……

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