第四話
「いや~満足、うまかった~」
そう言いながら男用にとあてがわれた客間で横になるフレア。その様子をシュウはほんのわずかな尊敬と、たくさんの呆れを含ませて見ながら、彼もまた横になる。
――アオイとエリシアも今頃二人で横になっているころか……
そんなことを考えながら、シュウの顔には自然と笑みが浮かんだ。
あの二人は今日だけでかなり打ち解けた様子だった。まるで本当の姉妹のようにエリシアの後をついて行くアオイを見て、何とも言えない心地良さを感じたシュウ……
――男兄弟の中で育ったアオイにとって姉のようなエリシアの存在は嬉しいものなのであろう。
「まぁ…確かにうまかったな…」
そんなことを考えながらも、ちゃんと友人の言葉に相槌を打つシュウ。彼はそう言いながらも視線を友人の腹から離せなかった。
――この胃袋にはいったいどれだけ入るのか………ここ最近の最大の謎かもしれない……
夕食時の彼の食べっぷりを思い起こしながら、半ば本気でそんなことを考えているシュウであった。
あの後シュウ、フレア、アオイの三人はエリシアの元で夕食をご馳走になったのだったが、なんと夕食はエリシアが手ずから用意してくれた。しかも食後にはお茶とデザートのおまけつきで。
その手際の良さ、味の良さと言ったら熟練の料理人に匹敵するほどの腕前であり、三人の胃袋を大いに楽しませた。
「ただの趣味よ…」
しきりに感心する三人に対してエリシアは少し照れたように笑っていた。
そこで判明したことなのだが、普段よくアリシアがぱくついている数々のお菓子。実はエリシア作であったらしい。アリシアたってのお願いという名の命令で日々造らせられているというが……
「まぁ…アリシア先輩らしいというか…」
「確かに…」
「うん、アリシア先輩だ」
苦笑いを浮かべつつも、内心アリシアの気持ちを大いに理解できる三人……
それもそのはず、なにせ反則並みに美味いのだから……
――アリシア先輩だけずるい……
――いいな……アリシア先輩…
――今度盗み食いしようっと
シュウ、アオイ、フレアの心の声であった……
夕食と食後のティータイムを済ませ、雑談に花を咲かせていたところ、時刻はすっかり遅くなってしまった。
結局エリシアが寮へ使いをやり、その日はそのままお泊まり会となった。エリシアは王都内に実家もあるが社会勉強と、本人の希望により一人暮らしをしている。
なので、使用人たちを全員帰らした後は屋敷内にはシュウ達四人だけとなり、四人は心行くまで騒ぎ続け、横になったのは空が明るくなり始めた頃であった。
一方で偶然にもお泊り会というイベントは別の場所でも行われていた。アリシア、アリサ、カグラの四年生組もまたカグラ達の住む家で夕食を共にし、語り明かしていた。
「何か久しぶりだね。こういうのも」
アリサが嬉しそうに告げると、アリシア、カグラも同意する。ちなみにエンジュは一人お留守番。
四年という時間を共に過ごした三人だけの時間であった。そうなれば当然話は思い出話へと移っていく。
三人は過去に起こった出来事を懐かしみながら、時には思い出し笑いをうかべ、時には憤りながら、過ぎ去った時に思いを馳せる。そして話は三人の今後へと移っていく。
「進路?」
「そう、アリシアはやっぱり軍?」
「まぁね。それ以外に道がないしね」
そう言ってアリシアは笑う。彼女ほどの能力ならば他にも進む道はたくさんあるだろう。しかし彼女自身がそれを許さない。彼女が幼いころからそう定めているのだから。
「アリサ達は商人の道に戻るんでしょ?」
「ん~たぶん?」
「たぶん?」
「うん。まだちゃんとは決めてないんだ」
「……珍しいわね?」
「まぁ、いろいろとね……」
何事も速断する傾向のある二人が、自分たちの将来をまだ決めきれていないということに少しだけ驚くアリシア。しかし同時にほっとしている自分にも気づく。
「そっかぁ」
ついついその言葉にも安堵がこもってしまう。
いずれは彼女たちも商人としての立ち位置に戻る。
それが彼女たちの夢であり、この学校にいることもその為の道の一つでしかない。彼女たちにとっても、アリシアにとってもこの学校は通過点に過ぎないのだから……
この先アリシアとカグラ達の進む道ははっきりと分かれている。けれど今はまだ同じ道にいる。アリシアの安堵の理由はそれだった。
彼女たちが商人の道に戻ると決断するのはそう遠い話ではないはずだ。そうなればアリシアも彼女たちの成功を祈るだろう。しかし同時に彼女達がその決断をした瞬間が別れの時でもあった。
友好は変わらない。たまに会うこともあるだろう。しかしこうして常に一緒にいることはなくなる。当たり前のことだった……
「アリシア…今なんかほっとしてるでしょ?」
一人物思いにふけっていると、カグラがアリシアの顔を覗き込んできた。
「いや…べつに?」
ついついとぼけてしまったアリシア。
「あと、これは難しいこと考えてる時の顔だね~」
すると続いてアリサもアリシアの顔を覗き込んだ。
「だ~か~ら~」
その後しばらく、三人がじゃれ合い、笑いあう声が絶えず続いていた…………
「寝ちゃったね」
騒ぎ疲れて眠ってしまったリシアの髪をそっと撫でるカグラ。三人で騒ぐといつも最初に眠るのはアリシアだった。
「こんなに小さい体なのにね…」
アリサもアリシアの寝顔を見守る。同じ年にも関わらず、アリシアは二人よりもかなり小さい。一緒にいるとまず間違いなくアリシアが年下にみられる。
「なのに心も力も誰よりも強い………」
カグラは痛ましげに少女のような寝顔を見守る。
アリシアにとって最も身近な者はエンジュであり、エリシアだろう。
両親が既にない彼女にとって、唯一の肉親であり、幼いころからの幼馴染だ。そしてその次に彼女たちと親しい者がカグラとアリサだと彼女たちは自負している。というよりそうありたいと願っていた。
同じように彼女たちにとってお互い以外で最も近しいものが彼女であり、エンジュなのだから。
アリサ達は商人として成功を収めてきた者達だ。人を見る目も、大人たちや権力者たちの汚い闇もある程度は見てきた。
だからこそ気づいている。アリシアやエンジュ、エリシアが何かを背負っているのを。必死に潰されないように堪えていることを。
アリサ達の元にはルイス家に関する情報もある。だから知っている。ルイス家が今あの二人しかいないことも、今では知らない者のほうが多いが、嘗ては王の守護者とまで呼びたたえられた家柄だということも。おそらくそこ辺りに理由や、何か事情があるのだろう。
アリサは一人呟き続ける…
「国の権力争いの中にいるのか、それとも家の再興のためか……」
嘗ての名門の家柄で、同世代の中でもとびぬけた才能と力を持つ存在……
「いろいろと難しいのでしょうね……政治的には」
アリシアが隠していることなのでアリサ達も聞かないし何も知らないふりをしている。けれど一度助けを求められたら、協力は惜しまない。二人の間で決めたことだった。
彼女たちが進路について悩んでいるのもそこだ。アリシアの性格上弱音を吐くとは思えないし、素直に協力も求めないであろう。
また、隠しているのもアリシア達の事情にアリサ達を巻き込まないためだ。たとえアリサ達が巻き込まれてもいいと感じていたとしても……
しかしだからと言って知らんぷりして自分たちの道だけを進むには、アリシア達は近すぎる存在だった。早い話が放っては置けないのである。
「だからって私たちが突然軍に入るとか、アリシアについて行くとか言い出したら……」
「まぁたいろいろ難しいことを考えるんでしょうね……この子は」
カグラの言葉をアリサが引き取る。二人の間ではすでに何度も行われた話だった。
「まったく、面倒くさい奴め……」
そう言いつつもカグラは優しくアリシアの髪をなでつづけるのであった………
「悪かったわね、面倒くさい奴で…」
アリサ、カグラの二人が寝静まった頃、一人呟きを漏らすアリシア。彼女は途中から目が覚めていた。
そして肝心なところは大体聞いてしまった。
「まったく…そんなこと考えていたなんてね……」
思ってくれるのも、心配してくれるのも素直にうれしい。自分の身を、自分達の身をこれほどまでに親身になって心配してくれるのが、この二人以外に何人いることだろう……
彼女達が感じているように、アリシアにとってもまたこの二人は最も近しい大事な存在であった。
でもだからこそ巻き込めない。アリシアが、そしてエリシアが抱えている問題は彼女たちが思っているよりもおそらく根が深い。
「間に合う……かな」
残された時間はあまり長くはない。確実にあった焦りは、いつの間にか麻痺している。できることはやっているつもりだ。けれども目に見えての大きな成果は得られていない。何か変わったわけでもない。
「どうにかするしかないか…」
考えていても仕方がない。考えているだけでは何も変わらないのだから。やるか、やらないか。できるか、できないか。あるのはそれだけだ。そして彼女はやらなければならない……
「あの子の為にも…ね」
一人そうつぶやき、彼女は今度こそ眠りについた……
こうして武術大会開幕の日の朝が明けていく……
アリシア、カグラ、アリサの三人は制服に身を通し、共に戦いの舞台へと向かう。
同じようにエリシア、シュウ、フレア、アオイの四人もまた制服を身にまとい、学校へと向かった。
そして、エンジュも……
偶然以外の何物でもなかったのだが、彼一人だけが仲間はずれだったことに彼は間もなくして気づくことになる。
そして彼にしては珍しく大いに荒れるのだった………




