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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第四章 武術大会
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第三話

 ノーテルダム王国の歴史はとても長い。帝国はもちろん、その前身であるシルフォルニア皇国が誕生する以前からノーテルダム王国は存在していた。皇国が誕生したことによってその属国となるのだが、実は、その実情は同盟国であり、友好国といった形であった。



 当時、力も影響力も圧倒的に強かったシルフォルニア皇国から、様々な風習、文化、考え方、技術、その他もろもろがノーテルダム王国国内に流入した。結果、王国国内において経済、文化、生活水準が飛躍的な成長を遂げ、急発展を遂げた。



 しかし一方で歪みも生じた。その最たるものが身分制度であった。



 当時の王国は血筋、家柄による貴族社会で、支配階級は様々な特権を受けていた。



 それに対し、シルフォルニア王国では貴族とは責任を負う者であって、様々な負担、義務があり、決して支配者階級ではなかった。



 かの国においては、支配者と呼べるのはただ一人。絶対的な力を持つ王のみであった。



 そして王の下で、血筋や家柄で区別されることなく人々は平和に豊かに暮らす……



 その皇国の在り方は、当然王国の政治形態にも大きな影響を与えた。



 当時のノーテルダム王家は率先してシルフォルニア王国に倣い、様々な特権を貴族から取り上げ、その代わりに義務と責任を与えた。



 当然不平不満もあったが、敵対するには王家の背後にいる皇国は、そして皇王家はあまりに強大だった。



 この時に王国において、王家と貴族たちの間に溝ができた。



 この溝は時とともに深まり、やがて、シルフォルニア皇王家の弱体化、シルフォルニア皇国崩壊を経て、一気に表立った問題となった……



 まず帝国との小競り合いや、領土の奪い合いで軍が発言力、影響力を高めると、嘗ての支配者階級の貴族たちと軍が結び付き、やがて軍閥貴族となった。



 そしてそれらの貴族は連合を組み、やがて軍閥貴族派が出来上がる。



 その中でも特に過激な一派が帝国との開戦を望む開戦派となった。



 対して、代々王族に従い、皇国の影響を受けて以降は貴族の責任と義務を果たし続けてきた一部の貴族たちは王家の側についた。



 こうして軍閥貴族派、開戦派、王族派の三つの派閥が出来上がった。そして現在。徐々に王族派は軍閥貴族派に押され始めていた……











「へ~」



「ほぉ~」



「くんくん…」



「ちょ、ちょっとフレア君!」



 学校終了後、シュウ、アオイ、フレアの三人はエリシアに連れられて彼女の自宅へとやって来た。彼女の部屋に通された三人の三者三様の反応が先ほどのものだったのだが……



「うわ~今の僕でも引くよ……」



「うん。俺もいきなりそれはどうかと思うぞ?」



「い、いやぁ……お決まりかな~なんて………」



 エリシアの部屋に通されるなり、いきなりフレアが匂いをかぎだしたのだった。



 彼曰く”おきまり”との事らしいのだが…………女性陣二人は白い目をフレアへと向けている。



 耐え切れなくなったのか、シュウのほうへと視線を向けるフレア。その視線は助けを求めての事だったのだが……



「な!?――ちょ、ちょっとシュウ!?」



 シュウは無言で視線を逸らす。フレアから信じられないといった視線が突き刺さるが、シュウはそれを無視した。



 シュウも内心ちょっといい匂いがするなどと思ってはいたが………ここは男の友情よりも身の安全である。何より素直に言ってしまえば何かを失うような気がした。そして……



「何というか………”お決まり”だな」



 女性二人からなおも責められるフレアの様子を見て、シュウは一人呟くのだった……










「さて、では気を取り直して……」



 アオイがフレアで一通り遊び終えたところを見計らって、エリシアが声をかける。ちなみに結局フレアの指導はアオイ主導で行われた。



 最初こそ白い目を向けたりなど、エリシアも参加していたのだが、すぐにシュウと共に見守る側に移る。その様子を見て、優しいエリシアらしいと感じるシュウであった。



「先ほどの二人なんだけど、名前はジェフリー・アフレイアとクラウス・アフレイア。双子の二年生よ」



「二年生……」



 呟きを漏らし、アオイ、続いてフレアと顔を見合わせるシュウ。どうやら二人ともシュウと同じことを思ったようだ。



「うちの小隊に二年生がいないのと関係が?」



「ええ、あるわ」



 代表してアオイが問いかけ、それにエリシアが答える。



「やっぱり……」



 声を発したのはアオイだったが、シュウも、そしてフレアも同じ感想を抱いた。そして三人は威儀を正す。



 これからエリシアが話すのはこの隊の過去。隊員である以上シュウ達にとって無関係の話ではない。何よりレオナルドの件がある以上、アフレイア家との関係は無関係ではいられない……











 話は昨年の班編成の時までさかのぼる。



 昨年の班編成においても、紅の少女王アリシア・ルイス率いる第二小隊は人気の小隊であった。何人もの新入生が入隊希望届けを提出し、その中には有力な生徒が何人もいた。



「でも、アリシア先輩の目にかなう人はいなかったって……確か以前に……」



 あらかじめ聞いていた話との違いに戸惑いの声を上げるシュウ。



「ええ。彼女の目に……というより当時の班メンバー全員の目から見ても、めぼしい人物は一人もいなかった………………最終的にはね」



「……どういうことです?」


 

 さらなる話の矛盾に戸惑うシュウ。エリシアは先ほど希望者が多く、中にはめぼしい人物もいたと話していた。それが今は全く逆のことを言っている……



「――最終的には?」



 フレアが何かを確認するように問いかける。



「ええ。最終的には」



 その遣り取りだけでフレアの顔には理解の色が広がった。そしてシュウも、アオイにもなんとなくだが話の流れが見えてきた。見えてきたのだが………



「いや、でも…まさか………」



 自分でたどり着いた答えが信じられない様子のシュウ。



「たぶん、そのまさかで合ってると思うわよ」



 エリシアはそう告げると続きを話し始める。聞いてしまえば簡単な話だった。










 入隊者の選考期間は意外と長い。新入生も何度か希望調査を受けるし、上級生も授業の見学や、模擬戦闘、その他のパフォーマンスに注目してある程度の時間をかけて入隊者の選抜を行う。



 その間積極的に自分を希望の小隊へと売り込む新入生や、早々と交渉へと移りめぼしい隊員を確保する小隊もある。



 アリシアの小隊の場合は、売り込んでくる積極的な新入生も多かったし、元々の希望者も多かったこともあって、じっくり時間をかけて選ぶことができた。



 しかし、ある時期から希望を取り消し、他の小隊へと移す者たちが出始めた。それも決まってめぼしいと思われる優秀な新入生ばかり。



 最初は他の小隊からの勧誘で、他へと流れたのだと思ったアリシア達だったが、その後も辞退者が増え続けるのを受けて、ようやくおかしい事に気づいた。



「私たちものんびりと構えすぎてたんだけど、気が付いたときには、本当にめぼしい人たちはほとんど残っていなかったのよ。ただ二人を除いてね……」



「その二人が……ジェフリー・アフレイア。そしてクラウス・アフレイア……」



「そういう事」



 噛み締めるようにその名を呟くフレア。そしてアオイが疑問を投げかける。



「問題とかにはならなかったんですか?何かおかしいって……」



「残念ながら何一つ証拠が出なかったのよ。本当にうまく立ち回ったみたい。そして学校側は証拠がなければ動かない。」



 そう答えるエリシアの声はどこか悔しさがにじんでいた。



 当時、アリシア、エリシア、エンジュはもちろん、アリサ、カグラの二人も動いてなお何一つつかめなかった。



「どんな脅し方をしたのか、何か交渉したのか、それとも何か他の手を使ったのか……移った人たちは一貫して自分の意志だと答えた……」



 エリシアは当時の様子を思い浮かべる。あるいは薬物などで洗脳していたのかもしれない。アフレイア家は先にもレオナルドが洗脳という手を使っている。



「後は、あの二人の距離感のつかみ方……かしら」



「距離感?」



 それがどう繋がるか分からず、聞き返すシュウ。



「彼らは積極的にはアピールしなかった。でも決して集団の中には埋もれなかった」



 希望を取り消したのは本当にめぼしい人たちだけ。それ以外の人たちは未だに残ってアピールし続けていた。



「でも、残ったのは形だけ整えて中身の伴わない者達ばかり」



 そういった者達をわざと彼らは残したのだろう。そして自分たちは彼らの一歩後ろにいながら、存在感だけを放ち続けていた。



「結果的に、めぼしい人物を探せば彼ら二人しかいない状況。おかしいと叫んでも、疑われるのは常にアピールしていたどうしても小隊に入りたい人たち。彼ら二人は傍目には私たちの小隊に入りたいという素振りはあまり見せなかったしね」



 エリシアが話終えると、三人はそれぞれ三者三様の感想を述べる。



「何とも狡猾というか……」



「ずるいというか……」



「でも、巧い手だ…」



 最初がシュウ、続いてアオイが共に半ば呆れたように告げた。そしてその後に、フレアが真面目な声音で考え込むように告げる。



「私もそう思う」



 エリシアがフレアに同意した。アリシアが何とか突っぱねなければ今頃あの二人はエリシアの後輩に、そしてフレアたちの先輩となっていたことだろう。実際にかなりのやり取りがアリシアと教官側とでなされたという……



「それで、今年のレオナルドの事件につながるわけか。アフレイア家は何とか家の者をこの小隊に入れたかった?」



 フレアの独り言にドキリとさせられるエリシア。



 ――さすがに鋭い……






 





 エリシアは内心舌を巻く。すぐにレオナルドの件と関連付けて考え、アフレイア家の思惑に気づいて見せたフレアの観察力と、思考能力。いずれ誰かは気づくだろうと思っていたが、まさか聞いた直後に気づくとは……



 ――まだまだフレア君の事、過小評価していたのかもね……



 心の中でフレアに誤りつつ、フレアへの評価を少し修正する。そしてエリシアはフレアの疑問に答えた。



「知ってるかどうかわからないけど……私やアリシアの家と、軍閥のアフレイア家は対立しているのよ。おそらくそれで、アリシアの近くに息子を置いておきたかったんだと思う」



「軍閥と対立というと…王族派ですか? それとも開戦派?」



「…………王族派よ」



 今度はアオイの口から発せられた言葉に、エリシアはまたもや言葉を失う。



 まさか同盟国、そして友好国とはいえ他国からの留学生であるアオイが知っているとは思ってもみなかった。



「王族派?」


 案の定シュウは何のことか分かっていない。しかし、どちらかというとこれが当たり前の反応なのである。エリシア個人的にはシュウにはもっといろいろ知っておいてほしいのだが……



「国の中でも、主義主張の違いがあっていろいろと対立しているものよ。どこの国でもね」



 その言葉を聞いてエリシアは思い出す。アオイもまた国を背負う者だということを。



 諸島連合五大家が一つ蒼のコジョウ家。その時期当主……本人が望もうと望むまいと、否定しようが、距離を置こうがいずれついて回る問題だ。



 コジョウ家の人間ならば当然王国内にもそれなりの情報元を持っているのだろう。



「王族派というのは、その名の通り王族を支持する一派の事よ」



 フレアとアオイは分かっていることのようなので、主にシュウに対して説明を始めるエリシア。自分やアリシアが王家に近い側の貴族だというのは依然なんとなくだが口にしたことがあったような気がする。



しかし、ちゃんとした説明はしたことがなかった。



 ――いい機会かもしれない……



 シュウ達三人はレオナルドとの確執がある。しかしそれも元を質せばエリシア達の家の問題に巻き込んでしまったのだ。ならばせめて彼らには事情を説明しておきたい。全部は無理でも、せめて今話せることはすべて………



 彼女なりの精一杯の誠意であった。



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