第二話
透明度の高いガラスが日の光を建物内へと導き、玉座の間を明るく照らしだしていた。足元には沈み込むような毛足の長い絨毯。
壁にかかった装飾品はそのほとんどが超文明期の芸術品であり、中には光り輝く盾や鎧、怪しく光る赤の直刀などもあった。荘厳な空気を持つその部屋は、立ち入る者に長き歴史の重みを感じさせる。
現在玉座に座る者はいない。そして空の玉座の前には、日の光を背にして立つ七人の男女がいた。そのどの者も部屋に負けないぐらいの豪華さと重厚さをその身にまとっていた………
「フラン・デュミエール……ここへ」
しわがれた低い声が響き渡る。声を発したのは六人のうち、最も高齢な男。顔には深い皺を刻み、杖を突いたその老人は、しかしその眼光だけは若く鋭い。
「はい……」
強張った声で返事を返し、一人の女性が進み出る。緑色の髪をなびかせた美しい女性であった。しかし全体的にどこかやつれた印象を受ける。
「どうであった? 特別房の住み心地は?」
途端に女性が肩を抱いて震えだす。その様子を男たちはどこか下卑た、いやらしい目付きで撫で回すように眺める。そしてその場にいた女たちはどこか蔑むような、それでいて憐れみを含んだ視線を向けていた。
その老人はわざと間を置き、女性の心に恐怖を植え付けた後、再び口を開いた。
「本日付で特別房から出ることを許す。次の任務だ」
女性は未だ口を開けず、震え続けている。周りの彼女を見る目も変わらない。それを気にすることなく老人は続けた。
「任務を無事達成できたならば褒美をよこそう……だがもし、今回もしくじったならば……」
そこで女性が顔をあげ、すがるような目を老人へと向けた。それを見た老人が嬉しそうに頬をつり上げ、そして………
「特別房へと逆戻りだ」
無慈悲にそう告げるのだった………
肩を落とし部屋を退出して行く女性を見送った後、老人は他の六人へと目を向けた。
「監視者の選別は?」
「すでに済んでおります」
老人の問いかけに五人の中で一番若い男性が答えた。老人はそれにひとつうなずきを返すと、この会合の終了を宣言する……
「ならばあとはその者らに任せるとしよう………聖なる神聖帝国のために…」
「帝国のために…」
「我らのために…」
他の者達も次々と言葉を返し、部屋を後にしていった………
「シュウ君そこ違う! やり直し!!」
「はい!」
「アオイさんもおんなじとこ間違えてるよ!!」
「はい!」
「こら!! フレア君寝ない!!!!」
「はひ?」
アリシアの怒声が響き渡る。ついでにアリシアの前に置かれた山盛りのお菓子の一つがフレアめがけて飛んで行った。
王立ノーテルダム軍学校は、もう間もなく期末試験を迎える。学年別小隊対抗戦終了後から、学校は徐々に試験に向けての雰囲気に切り替わっていた。皆がそれぞれ試験対策に励みこの試験に備えているはずなのだが……
「シュウ君、アオイさん、フレア君……ちょっとそこに座りなさい!!」
なんと三人は全く勉強していなかったのである……
そしてそれがアリシアに知られることとなり、その結果小隊室での勉強会が開催されることとなった。
ちなみに今この部屋には他に、エンジュやカグラもいて、二人仲良く静かに試験勉強をしていたりもする……
アリシアに命じられ、彼女の前に腰を下ろす三人。二人は正座で…一人はあぐらで……
「ぐほっ!」
フレアが吹き飛んだ。
「ふ~れ~あ~君?」
アリシアがにっこりとほほ笑んだ。そして………
「こういう場合は普通正座でじょ―」
「あ、噛んだ」
「噛んだ……」
……言った瞬間アリシアがものすごい顔で睨む。そして……
「な~にか言ったかしら? シュウ君、アオイさん?」
再びの笑顔。だが心なしか口元が引きつっているような……
「シュウ君?」
(…………心よまれた?)
知らず知らずのうちに背筋に冷や汗が流れるシュウ。アオイは横で固まっており、フレアは吹き飛んだまま未だ起き上がらない。
「とにかく、私の小隊から追試組など出すわけにはいきません。死ぬ気でやりなさい」
「はい!!」
シュウとアオイが同時に返事をする……そして……
「フレア君いつまで寝てんの!!」
再びお菓子が飛んだ……
第二小隊は、そして軍学校は比較的平和であった……
この時期の軍学校の日常は、慌ただしく過ぎ去ってしまう。なぜなら行事が立て続けに続くからだ。武術大会個人戦予選を兼ねた学年別小隊対抗戦、期末試験、武術大会の準備、そして本番。それが終われば卒業式となる。
アリシア達四年生にとっては残りわずかな学校生活ということであり、下級生たちにとっては彼女達と過ごす最後の学校生活ということであった。
それから数日後……
目を真っ赤に充血させたシュウ達三人が、ふらつきながら小隊室へと入る。彼らはアリシアのおかげでなんとか無事試験を終えることができたのだった。
ちなみにシュウは大体平均点で。アオイは比較的好成績で。そしてフレアは全科目ぎりぎりで……
そして今三人は……
「眠い……」
「もうだめ……」
「……………」
連日に及ぶ徹夜で心身共に疲れ切っていた。今はゆっくり休みたい。それが彼らの率直な願い…………
だったのだが……
「みんな試験お疲れ様~ それじゃぁ今日からはまた武術大会に向けてみっちりばっちり鍛えるからね? みんな頑張ろうーーーー」
などと一人盛り上がるアリシア…
当然シュウ達三人にそんな元気は残っていない……三人は無言でアリシアの横を通り過ぎ、椅子に座るなり机に突っ伏す。
当然次の瞬間にはアリシアの超絶笑顔付き突込みが入る…………
と、思いきや……………
「……えぐ…ひっく……い、いいもん…わたし……ぐすん…ひ、ひとりで……がんばるもん…」
何とアリシアが膝を抱えて泣き出してしまった。しかも指で地面に何か書いている……
これにはシュウ達三人はもとより、部屋にいたアリサやカグラも慌てた。
「ア、アリシア…何も泣かなくても…」
「そ、そうだよ。一年生だって疲れてるだけだから、明日からちゃんとがんばるって……ね?」
アリサやカグラが慌ててなだめに入る。シュウ達三人もあわてて飛び起きてアリシアのもとへと駆け寄った。
「い、いえ大丈夫です。俺たち元気です!」
「そ、そうですよ。僕もちゃんと今日から頑張ります!」
「お、俺もちゃんと頑張りまっす!!」
シュウ、アオイ、フレアと代わる代わるアリシアを元気づけようとする。
そんな彼らの様子を特に慌てた風な様子もなく、苦笑しながら見つめるエンジュとエリシアの二人。
「……ほ、ほんとに…ぐすん……今日から……頑張る?」
涙をいっぱいに溜めた瞳で上目づかいに見上げるアリシア。
「頑張ります!!」
その、何が何でも守ってあげたくなるようなアリシアの姿と声に、思わず意気込んで一斉に返事をしてしまった一年生三人組。
「アリサちゃんと、カグラちゃんも?」
「もちろん!」
「頑張る!!」
同じく答えるアリサとカグラ……
「お菓子…買ってくれる?」
「買います! ………………え?」
「では張り切って頑張りましょう~ あ、ついでにお菓子もよろしくね?」
元気よく起き上がり、笑顔で片目をつむって見せるアリシア……
「ア…アリシア先輩?」
「……?」
訳の分からないといった表情を見せるシュウとフレア。一方女性陣はやられた……といった表情を見せていた。
「いや~いつも同じだとつまらないと思って、今度は泣いてみました……てへ」
そう言ってかわいらしく舌を出して見せる。そして…
「それじゃぁ、張り切って行ってみよう!」
元気よく訓練場へと向かうのであった。
…………………が、アリシアは直ぐに後悔することとなった。
「これはこれは……アリシア・ルイス先輩。お久しぶりです」
「弟がいろいろとお世話になったようで……」
訓練場へと赴いたアリシア達の前に二人の青年が現れる。二人とも血のような赤黒い髪色。そして細く鋭い目つき……その瞳もまた血のような赤黒い色をしている。
二人とも顔も背格好もそっくりで、そして誰かに似ていた。
「ジェフリー・アフレイア……それに……」
「クラウス・アフレイア……」
アリシアが、そして続いてエンジュが呟きを漏らした。その呟きには嫌悪が込められていた。
二人とも何の心構えもできていなかった為、表情と声音が感情をそのまま表してしまったのだ。
「覚えていてくださいましたか……。てっきり僕たちの名前など覚えていないかと思っていましたが、さすがはアリシア先輩……」
ジェフリーと呼ばれた方が、アリシアの声に込められた嫌悪などの感情を、全く気にした風もなく言葉を述べた。
「いろいろと動き回っているみたいですね」
クラウスがエンジュへと視線を向ける。正確にはエンジュの背後にいるエリシアへと向けたのだろう。おそらくはアフレイア家からの牽制……クラウスはそのまましばらく視線を向け続けた後、自ら話題を変える。
「……それはそうと、さすがはこの学校最強小隊。全員が個人戦出場とは……」
「あなた達も個人戦には出場するのでしょう?」
すかさずアリシアが答える。
「ええ、おかげさまでね……」
「本戦が楽しみね……」
クラウスとジェフリー、アリシアとエンジュ。互いに牽制し合うように互いから目を離さない………
「アフレイア?」
アリシア達がクラウスらと言葉を交わす後ろで、一年三人がカグラとアリサに問いかけていた。
「アフレイアって…あのアフレイア家?」
「ええ、そうよ」
シュウの質問に答えるアリサ。アオイ、フレアの二人も耳を傾けている。
「いや…でも……レオナルドは緑だよね?」
アリサの答えを受けて、アオイがすかさず疑問を呈した。それに今度はカグラが答える。
「アフレイア家は赤の家系だよ。レオナルドの緑は、たしか母親の家系だったはずだ…」
「そうだったんだ……」
「知らなかった」
アオイ、シュウが口々に驚きを表す。しかしフレア一人だけが特に驚いた様子を見せない。
「フレア知ってたの?」
「まぁ一応は…な」
アオイの問いかけに曖昧な表情で答えるフレア。
「アフレイア家は軍の有力者だし、元帥の一人だったからな。一応現当主の顔ぐらいは知ってたってだけさ…」
フレアが知っていたのはアフレイア家当主が赤だということだけ。けれど当主が赤なれば、一族も赤だろう。そう考えて、そしてその考えは正しかった。ただそれだけのことである。
「一族の中で違う色を持つ……か…」
フレアはそう言いつつ自分の眼もとへと手をやる…そこにあるのは青の瞳。
「ま、同情も共感もしないがな……」
そしてそうひとり呟くのだった……
「いやな奴に会ってしまったわね…」
「まったくだ」
訓練を終えて小隊室へと戻ってきた途端、アリシアがエンジュへと話しかけた。アリシアが誰かを悪く言うのを初めて聞いたシュウ達一年生組はそのことに多少驚いたのだったが、それも仕方ないかとすぐに納得する。
「ずっと見てたもんね…」
「正直あんましいい気分じゃなかったよ…」
シュウ、アオイと口を開き、エンジュも横でうなずいている。クラウスら二人はシュウ達が訓練を始めるとすぐに、自分たちの訓練を切り上げて、ずっと見ていたのだ。まるで監視するように……
「先輩たち知り合いみたいだけど……」
「どんな関係なんだろうね…」
そう言ってアリシア達のほうへと視線を向けるシュウ達三人組。すると……
「知りたい?」
突然真後ろから声が掛けられた。
「な!?」
「え?」
「うひょ!?」
驚く三人組。見るとそこには片目をつむって見せるエリシアの姿が……
「エ、エリシア先輩…」
「驚かさないで下さいよ~」
「そうですよ、そんなアリシア先輩みたいな真似……」
そんな三人の言葉を笑顔のままで受け取るエリシア。
「いや~ごめんごめん……つい」
笑いながら彼女は謝罪する。そして…
「で、あの二人のこと知りたい?」
急に真面目な顔をしてシュウたちに問いかけるのだった……




