第二話
蒼―と書かれたプレートがかかる教室内。
そこでは、長く堅苦しかった入学式から解放された新入生たちがどこか晴れやかな顔で、知人同士、または初対面で交友を深めようとしていた。軍学校といえども、学校であることには変わりない。であるならば、いずれグループや派閥といったものができることは明白だ。ならば早いうちから動いておいたほうが良い。そう考えるものは多く、したがってこの光景は毎年行われる、いわば恒例行事でもある。
しかしながら、この蒼の教室においては若干趣が変わっていた。皆それぞれ目の前の相手と会話を交わしつつも、意識は常に教室の一角に向いている。そこにはどの集まりにも参加せず、一人机にすわっている黒髪の青年の姿が。誰も声をかけようとしない。皆どう接していいのか戸惑いを浮かべていた。
「なぁ、その髪って地毛?」
などとまったく空気を読まず、唐突に、本当に唐突に突拍子もないことを聞いた男が現れるまでは。
炎のような真っ赤な髪、しかし瞳の色は蒼。一見ちぐはぐな色合いに思えるが、しかし違和感を覚えない。むしろよく似合っているともいえる。体つきはシュウよりもやや大柄。
「あ、俺フレアドールっていうんだ。フレアドール・シデン。よろしく~」
そういって右手を差し出す。顔には人懐っこい笑顔を浮かべて。
「あ、ああ。こちらこそ。シュウ・アカツキだ」
黒髪の青年も握手を返す。唐突な出来事に戸惑いを浮かべながら。
「で、やっぱ地毛?」
そして先ほどの質問の続き。黒髪の青年の戸惑いも、周りの人間たちのあきれたような、―何言ってるんだこいつ―といった風な視線も全く気にしたそぶりを見せない。
「あ、ちなみに俺のことはフレアって呼んでくれ。ダチはみんなそう呼ぶんだ」
そして再び笑顔。
「…………」
自分で質問しておきながら、相手の話を聞く気があるのかどうなのか。
一方の黒髪の青年ことシュウ。彼は先ほどから大いに圧倒され続けていた。
まさか自分に話しかける人物がいるとは思ってもいなかった為、何の反応も示せないまま気が付くと流されるまま自己紹介を終えてしまっていたのだ。まして真正面から髪のことに触れてくるなどとは。一瞬嫌味かとも思ったがどうやらそういった様子は見られない。一体全体どういった人物なのだろうか。そんなことを考えながら、ふと周りに意識を向けてみる。するとそれまでこっそり向けられていた警戒心や、好奇心、蔑み、そういった負の視線が少なくなっている。みんなどこか呆れたような不思議なものを見るような目で見ている。思わず赤髪の青年フレアに視線を向けるシュウ。するとそこには、先ほどまでの人懐っこい笑顔ではなく、どこか知的で、温かみがあり、そして澄んだ蒼の瞳をした青年の姿があった。
なるほど。どうやら助け舟を出してくれたらしい。一つ借りができたな。などと考えながら、先ほどの質問に答えるシュウ。
「この髪は地毛だよ、フレア」
「そっか」
軽く答えるフレア。やはり髪のことなどそこまで気にしていたわけではないのだろう。
孤立するのもやむをえまいと考えていただけに、この青年との出会いはシュウにとって大いに歓迎するものであった。