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黒の騎士・白銀の王  作者: hiko
第三章 小隊対抗戦
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第一話

「――ここまではいいかしら?」


 明日から始まる学年別の小隊対抗試合へ向けてアリシアがフレア、アオイの二人に細かな内容などを説明していたところだった。


「はい」


「大丈夫です」


「ん…よろしい」


 二人の返事に対して横柄にうなずくアリシア。


「この学年別小隊対抗戦は、同時に武術大会の個人戦予選も兼ねています……つまり今回の戦いを勝ち進むと武術大会での個人戦出場となります」


「なるほど~」


 アリシアはここでいったん話を切って、フレアと、アオイの顔を順番に見つめる。そして―


「もちろん二人には……いえ、シュウ君も入れて三人には、その個人戦に出場してもらいます」


「……ってことは?」


「つまり………」


 顔を見合わせる二人。


「明日からの学年別小隊対抗戦…………負けることは許しません」


 いつものアリシアの性格なら微笑んで言う言葉。しかしこの時に限ってはアリシアの顔に笑みはない。その顔は、その瞳はただただ真剣な光を帯びていた。


「わ…わかりました」


「全力を尽くします」


 思わず佇まいを直し返事を返すフレア。続くアオイ。ここでアリシアはようやく笑みを浮かべる。いつもの美しすぎる笑みではなく、温かみのこもった優しい笑顔を。


「がんばってね? 二人とも」


「は、はい」


「了解」


「いいお返事です」


 アリシアはそう微笑み、二人の前に一つずつ箱を置いた。


「これは?」


「ふふ…あけてみて」


 アリシアに促されて二人は箱を手に取る。その箱は木箱で、使われている木も上等、そしてきれいな彫り物が入っている一級品だった。箱の上を紐で結ばれているだけの状態。二人はほぼ同時に紐をとき、ふたを外す………


「あ、これ!!」


 最初に声を上げたのはアオイだった。フレアも呟きを漏らす。


「あの時の……」


「私たちからの贈り物です」


 そこに入っていたのは、蒼い宝石がはまった指輪と、紅いブレスレットだった。どちらも使われている宝石、結晶、鉱物どれも一級品で、手がけた細工人の腕も一流という、まさに一流の一品。ツムラ島でアオイとフレアが選んだものだ。


 アリシアは、帰国が間近に迫ったある日、シュウを除く全員を連れて町へ出た。かつての約束通り、シュウ、アオイ、フレア三人のお祝いを選ぶためだ。全員であれでもない、これでもないと騒ぎながら、細工物を選んでいくのは非常に楽しかった。アオイの指輪も、フレアのブレスレットも、そうやって選んだものだ。


「つい先ほどちょうど届いたところよ。残念ながら、シュウの物はもうしばらくかかるそうだけど………。大事に、そして有効に使ってね?」


「はい」


「ありがとうございます」


 二人はそう言って頭を下げる。そして次に頭を上げた時、彼らは見てしまった。アリシアが笑うのを……あの無邪気さを装った怪しいまでの笑顔で………


 途端に嫌な予感、そして背筋に寒気が走る二人………そして――


「二人のためにも……ね?」


「ど、………どういうことでしょうか?」


 聞きたくない、けれど聞かないわけにはいかない。そんな気持ちと葛藤しつつ、フレアがアリシアに尋ねた。


「ん? 実はね、言い忘れてたんだけど………そのお祝い、ある条件でスポンサーにお金出してもらったの……」


「あ、ある条件……」


「ど、どんな?」


 ここでアリシアがにっこりと笑う。恐怖で震え上がる二人。


「学年別小隊対抗戦で優勝しますって」


「えええええ?」


「はぁうあ?」


 方や悲鳴を上げ絶句するアオイ、方や言葉になっていない呟きと共に固まるフレア。そしてアリシアの追撃……


「あと、もし優勝できなかったら………全額二人が支払いますって」


「…………」


「…………」


 もはや無言で口を開けたり閉じたり………


 そんなことしかできない二人であった。よく見るとフレアはがくがくと震えだしていた。その姿は冗談のようには見えない。そのことを少し気にしつつアリシアは告げた。


「ちなみに二人の細工物の値段なんだけど……………」









 隊員二人が悄然と肩を落とし、扉の先へと消えていくのを笑顔で見送るこの小隊の隊長。 するとそこに、緑色の髪を翻らせて、音も立てずに一人の女性が現れた。


「アリシア……今のはあんまりだと思うのだけれど……」


 その声には非難の色が混ざっていた。


「いつ私がそんな条件を出したのかしら?」


「ふふ…まぁいいじゃない。これであの二人も死に物狂いで頑張ることでしょうし」


 アリシアがそうつぶやくと、その女性は苦笑でもってそれを迎えた。そしてすぐに表情を引き締める。


「そんなことより、彼のこと……気づいているわよね?」


 そう言う女性の視線の先は先ごろフレアたちが出て行った扉へと向けられていた。


「ええ。……まったくあの一族も厄介な事をしてくれるものね……」


「ほんとあの人達らしいといえば………まぁ、そうなのだけれど……」


 アリシアは、フレアがコジョウ家から戻ってきたとき、一目見るなり彼をアオイと共に行かせたことを後悔した。一目でわかるほど、彼の変調は明らかだったのだ。


「はぁ……これが吉とでるか凶と出るか……」


「なぁに? それ」


 アリシアの呟きには、女性にとって、聞きなれない言葉の響きが含まれていた。


「諸島連合の古い言葉とかで、良い結果になるか、それとも悪い結果になるかは後になったらわかる? 的な感じの言葉だったような?」


 あいまいな記憶ながら、諸島連合で聞いた言葉を思い出すアリシア。


「へぇ~」


 興味深そうに聞いている女性。彼女は言葉とか名前とかに強い興味を持っている。話し出したら長いことを知っているアリシアは慌てて話題を終わらせる。


「とにかく、フレアのことはしばらく様子を見ることしかできないでしょう。多少の手助けはできるけど……」


「結局は彼次第ってことね………でも最悪の場合、彼この先使い物にならなくなるかもよ?」


「…………」


 女性のその呟きに……アリシアは答えることができなかった。









「ど、どうしよう……」


「どうするったって、頑張って勝つしかないだろう?」


「そ…そうだよね」


 学校から寮への帰り道。足早に…というよりも、ほとんど走るようにしながら、アオイとフレアは先ほどのことについて話し合っていた。


 アリシアから聞かされた金額。それはとても二人に支払えるような額ではなかった。


 二人は細工物を選ぶとき、金額は気にしなくていいから、とにかく気に入ったデザインを選んでとアリシアに言われた。そして二人は言われたようにした。そのことについて、今さら後悔が湧き上がってくる。


「ちゃ、ちゃんと金額確認しとくんだった…」


 アオイのその呟きに、しかしフレアが異議を唱える。


「俺は金額確認したんだけどさ、あんなに高くはなかった……」


「え? じゃ、じゃぁアリシア先輩が嘘ついたってこと?」


「いや、おそらくそういうことじゃないと思う」


 そう言ってフレアは左手にはまったブレスレットに目をやる。


「あの場で俺たちが選んだのは、あくまでデザインだけってことだ」


「? どゆこと?」


 アオイが首をかしげる。二人はいつの間にか立ち止まって真剣に議論を始めていた。


「このブレスレット、よく見ないと気付かない程度に細部が違ってるんだ。おそらく俺たちが選んだあとに、アリシア先輩の指示でさらに加工されたんだろう。たぶん付加術式も組み込まれてる」


「そ、それじゃ……」


「おそらく、アリシア先輩が言った金額は嘘だろう。ただし多めに言ったわけじゃない」


「本当はもっと高かった?」


「そう言うこと」


 もともとフレアとアオイが選んだ細工物は神霊術に反応する宝石でできていた。それだけでも神霊術の威力、規模の拡大を図れるし、神霊術師なら大概の者が身に着けている。フレアも学校内では身に着けていないだけで、二つほど所持していた。


 しかしそこにアリシアは別の結晶や、宝石を加え能力を底上げした状態で、さらに神霊術による付加術式を組み込ませた。付加術式は特異な能力が必要な神霊術なので、扱える者が非常に少ない。その希少性を考えると、アリシアの示した金額は安すぎる。


 こうした細工物のことを、一般の細工物と区別して『アウスレイア型細工物』もしくは、単に『アウスレイア型』と呼んでいる。このアウスレイアとは神霊術の付加術式を開発した人物であり、同時に超一流の付加術者であったとされる過去の偉人である。


「もしかしたらアリシア先輩は、俺たちが負けた場合自分も金額を負担するつもりかもしれない………それも俺たちよりはるかに多い額を」


「そうだね……考えてみれば、こんな金銭が絡むようなやり方先輩らしくない気がする。先輩僕たちの為にスポンサーに無理言って頼んだのかも……」


「だとしたら、絶対に負けられないな……」


「うん…ぜったい勝たなきゃ…だね」


 そう言ってお互い頷きあい、心に誓い合うのであった。

 

 こうして二人はほぼアリシアの思惑通り行動したのであった…… 

 

 その心に一つ、ある不安事を抱えながら………


「フレア………」


「言うな……大丈夫だ……大丈夫」


「うん」


 フレアの呟き……それは自身に言い聞かせているようであった。

 








 ちなみに二人の勘違いについてだが、別にアリシアは頼み込んでなどいなかった。ただある女性に、


「後輩たちにアウスレイア型持たせたいんだけど」


 と言ったところ、


「ああ、いいよ」


 とあっさり了承された。


 他にも金額については実際かかった費用を言っていただけである。安く済んだのは、諸島連合政府から受け取った謝礼金と、アリシア達の活躍ぶりを知った諸島連合の有力者たちが持参した金品を全部売り払ってできた金銭を使ったからであった。









 気合の入りまくっていたフレアとアオイの二人は翌日行われた第一戦目の戦いにおいて圧倒的な勝利を収めた。そして続く二戦目でも。


 しかしこの二回の戦いで一部の者たちは気づいてしまった。常にフレアがアオイの後方にいることに、敵が動いてもその位置取りは変わらず、アオイがどこかかばうように常にフレアの前にいることに。


 果たしてこれは作戦上のことなのか、それともフレアが何か問題を抱えているのか………


 それがはっきりしたのは第三戦目だった。 アオイが前衛として敵の術を撃ち落とし、防ぎ、反撃する。その後ろでフレアが、大火力でもって敵を薙ぎ払う。前の二戦では通用した戦法。しかし三戦目の相手には通用しなかった。なぜなら相手の側にフレアよりも大火力を持った炎の神霊術師がいたからだ。


 そもそもフレアは元来火力タイプではない。彼の戦闘スタイルは、器用さを生かし、その変幻自在な炎でもって相手を翻弄し、相手の隙を確実に仕留める。いわゆる接近戦寄りの中―近距離戦闘型だ。遠距離大火力型である

アオイとは本来役割が逆である。そしてそんな状況で勝ち続けられるほどこの学校は甘くない。


「フレア!!」


 アオイの叫びが空しく響く。そしてゆっくりとフレアが崩れ落ちた。


「そこまで!!」


 戦闘終了の合図が響き渡り、この戦闘はアオイたち第二班の敗北で幕を閉じた。










「フレアがマーカーだったのか」


 カグラが詰めていた息を吐き出す。


 マーカーとは模擬戦闘におけるリーダー役のことだ。相手側のリーダーを倒すか、もしくは相手側を全滅させることが勝利条件である。


「そして相手のマーカーはフレアを倒した最後の一人だったと……」


 カグラと会話を交わしているのは親友で幼馴染のアリサ。二人は客席で後輩二人の戦闘を見守っていた。


 先ほどの戦闘では、こちらもアオイが相手側を二人倒した。しかしその二人はマーカーではなかった。そして結果的にマーカー対マーカーとなりフレアは敗れた。


「おそらく相手側の作戦通りだったんろうね……」


 そう言って話に加わったのは、カグラの隣に座っているエンジュ。ちなみにその反対側がアリサだ。


「先ほどの戦い……おそらくマーカーでない二人をアオイにぶつけ、その間にマーカーをフレアにぶつける。フレアも優秀だけど、アオイに比べればまだ倒せる可能性がある…………そういったところだろうね………」

 

 エンジュはそう相手の意図を推測する。そしてそれはおそらく正しい……


 そしてエンジュはさらに続ける、少し重苦しい口調で…………


「でも、フレアの実力だったら一対一ではまず負ける相手ではなかった………」


「けれどその負ける筈のない相手に、いとも容易く倒された………重症ね……」


 そしてもう一人、緑色の髪の女性が話に加わる。彼女もまた第二小隊の隊員だった。


「そうだね……」


 エンジュがその女性の発言にうなずき、他の者たちも神妙な顔を崩せない。そして最後にアリシアが口を開く…


「相手にとっては偶然の勝利でしょう。マーカーはくじで決まる。今回はたまたまフレアだっただけで、これがアオイさんだったならば間違いなくこちら側の勝利だった………しかし問題なのは…………」


「フレアの不調を気づかれた可能性………」


 アリシアの後をエンジュが引き継ぐ。そうなれば、今後はフレアが集中的に狙われることとなるだろう……状況はますますひどくなる。アオイ一人でフレアをかばい、相手も倒さなければならない………それはいくら彼女でも無理な話だ。


「幸い次の第4戦まではまだ時間があるわ。シュウもそれまでには帰国するでしょうし……」


「連絡が?」


「今朝ね…コテツさんから」


 そう言ってアリシアは思い出したように笑いだす。


「――?」


 訝しむ面々にアリシアは笑いながら答える。


「いえ、手紙が届いたんだけど………それが鳥が運んできて……」


「鳥が?」


 途端に一斉に驚いたような、それでいてどこか疑わしげなまなざしを送ってくる。


「私も驚いたんだけど……足に手紙がくくりつけられていて……どうやら私のにおいをたどってきたらしいの」


「まさか?」


「ええ、おそらく霊種でしょうね」


「霊種………」


 一同またもや驚いた様子であったが、今度は納得したような顔を見せるのも何人かいた。


 霊種とは、姿形は普通の動物そのものだが、寿命も、強さもそれらより遥かに強く、高い知能を持った生き物たちのことだ。見ただけでは区別がつかないのと、数自体が多くないこともあって、あまり見かけない生き物なのだが……


 そこで納得顔をしていたエンジュが口を開く。


「そういえば諸島連合には霊種を操るすべがあると…以前に聞いた覚えが……」


 そこから霊種の話題へと進みそうになるのを、アリシアが引きとどめる。


「今は、霊種のことよりもフレアのことよ………シュウが加われば、あるいは戦闘面では何とかなるかもしれない。けれど……」


「根本的な解決にはなっていないな……それでは」


「ええ……」


 エンジュの言葉にアリシアが同意を示し、他の者たちも考え込む仕草を見せる。


「何か手があるなら打っているはずよね? あなたなら…………何もしないってことは、今のところ打てる手がないってこと?」


「……………」


 アリシアは答えない。答えられない。それこそが雄弁な彼女の答えだった。


「結局は様子見かな?」


「そう……なるね…」


 カグラの言葉にエンジュが答える。彼ら二人も、そして他の者達も見ていることしかできない……そんなもどかしさを感じていた。


「ふう…………」


 仲間たちのそういった内面を読み取り、アリシアは思わずため息を漏らす。彼女とてわかっている。これは周りがどうこうできる問題ではない。彼自身が気づき克服するしかない問題なのだ………


 それでも彼女は思ってしまう。


 ――もどかしい………


 何もできない自分が……


 見ていることしかできない自分が………



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