第七話
一通り涙を流して、落ち着きを取り戻したコテツが少し恥ずかしそうに口を開く。
「お見苦しいところをお見せしてしまいまして…」
「いいえ、お気になさらずに」
そう言って笑顔で返すのはアリシアだ。その隣に控えてはいるが、あまり事情が分からないシュウ。彼は彼の用事があってイザナギ家を訪れた。そしてそこでたまたまアリシアに会ったに過ぎない。なので彼はほとんど事情が分からないままここにいた。
「それで……」
再びコテツが口を開く。
「スグルは…この後どうなるのでしょうか?」
その顔は子を心配する親のものであった。そのことに気づき微笑みを浮かべるアリシア。
「彼の事情はその手記の内容も含めてすでに把握しておりますし、捕えた他の者たちの尋問からも、それを裏づけるような発言がいくつか出ています」
「それでは……」
「まったくお咎めなし……というわけにはいかないでしょうが、おそらく軽い処罰で済むのではないかと思います」
「そうですか……よかった……よかった」
そう言って再び涙を流すコテツ。やつれた印象はそのままだが、しかし幾分顔色が良くなった気がした。
「お父さん!」
そう言ってユウキとシュウがコテツに抱きつく。あの事件以来ようやくコテツは家を離れ、家族の待つ親戚の家へとやってきた。その後ろには同行するシュウとアリシアの姿もあった。抱き合う親子の姿に、二人の顔にも自然と笑みが浮かんだ。コテツの妻は静かに、深くシュウ達に頭を下げ、夫に抱きつく。その目には涙が光っていた。
家族たちと再会を喜んだあとコテツは再びシュウ達と向かい合っていた。シュウがコテツに話したいこと、そして聞きたいことがあったからだ。
「まずはお詫びを……せっかく貸していただいた刀、無事にお返しすることができませんでした」
シュウはそう言って頭を下げると、一つの包みを差し出す。その中に入っていたのは一本の刀。コテツはそれを受け取り静かに鞘から抜く。その刀は途中から先がなくなっていた。そしてシュウは別の包みを取り出す。
「こちらが折れた剣先です」
その包みの中から現れたのは、シュウの言った通り折れた剣先。コテツは手にしていた剣から鍔と柄を外す。そしてそれを折れた剣先とつなげた。
「ぴったり……」
思わずといった様子でアリシアが呟く。机の上に乗るのは折れている筈の刀。しかし一見しただけでは折れていることに気づけないほどぴったりと一致していた。シュウとコテツは無言。シュウも剣を扱うものとして、剣や刀の知識はある程度持っている。だからこそ分かってしまう。これは普通の折れ方ではない。本来こんな折れ方はあり得ない。
「『スランサー』とは……何なのですか?」
シュウがコテツから聞かされていたのは、それが神遺物であるということ。そして『スランサー』という名を持つという二つだけ。
「神遺物とは……どれもあんな力を持っているのですか?」
彼のこの問いには畏怖が含まれていた。その事に気づかないふりをしながらコテツは答える。
「他の神遺物のことは分かりません。けれど、『スランサー』に関してはお答えできます」
そう言うとコテツはお茶を一口、口に含んだ。シュウとアリシアの前にもお茶は用意されていたが、彼らはただ威儀を正すにとどめた。
「私が先代から決して漏らすなと厳命されたのには理由があります。あの刀は神遺物だからあの場に隠されていたわけではないのです」
「……?」
「どういう事ですか?」
首を傾げる二人。代表してアリシアが問いかける。
「あの刀はあの場所に封印されていたと伝えられているのです」
「封印?」
「はい……あの刀の能力はあまりに危険なものだった。だから生み出したテノアールの民自らが封印し、守り手たちがその地を代々守ってきた。それはその場所に町が築かれてからも変わらず続き、我が一族はその守り手達の子孫と伝えられているのです」
そう呟きながら、コテツは何処か寂しそうに、そして辛そうに、しかし何処かほっとした様子で息子たちへと視線を向けていた。コテツの心には、代々引き継いできたものを自分の代で途切れさせてしまった。次の代へと繋ぐことができなかった。しかし同時に、重責を次代に背負わせずに済んだ。そんな思いがあった。
そしてコテツは話の核心へと進む。
「あの刀の能力…それは絶対的切断能力」
「絶対的切断能力?」
「どういうことでしょうか?」
シュウ、アリシアと次々に問いかける。
「防げる物は何もなく、どんなものでも必ず切り裂き、突き通してしまう最強の刃。たとえ相手が人だろうと、炎だろうと、氷だろうと、鋼だろうとも………あの刀に貫き通せないもの、切断できないものはありません」
「そ、そんな………」
「……………」
驚くアリシア、対照的にシュウは無言。
彼にとってはある程度予想していたことだった。しかしそれでも、次は負けるわけにはいかない。そして負けるつもりもない。
彼はその為の一歩を踏み出す。
「コテツさん! どうか俺に今一度刀を譲ってはいただけないでしょうか? そして、高名な剣客のどなたかを俺に紹介して頂きたい!」
シュウはそう言うと立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
シュウの突然のその行動に、そして発言に一瞬驚きを見せるも、アリシアもまた立ち上がり頭を下げる。
「どうか彼の望む通りに。お金が必要であるならば私が用意いたしましょう。」
「先輩っ?」
驚くシュウにアリシアは、
「元々そう言う約束だったでしょ?」
と片目をつむって見せる。
それを見守っていたコテツは、やがて静かに口を開く。
「両手を……見せていただけますか?」
言われた通りに両手を差し出すシュウ。その手を握りコテツは観察を始める。時に注意深く眺め、時にまんべんなく触りながら。何かを探るように、何かを考えるようにして。
コテツはしばらくの間そうしていたが、やがてシュウの手を離し静かにうなずいた。そして……
「一日だけ待っていただけますか?」
そう話しかける。
「では!」
勢い込んでシュウが訪ねた。
「もちろんお金はいりません。あなた方には返しきれないほどの恩があります。それに私にはあなた方を巻き込んでしまった責任も、奪われてしまった責任もあります………」
とそこまで言いかけて、コテツは黙り込む。そして――
「いや、違うな。そんな責任がどうこうではなく………私の意志で、私の思いで、どうかあなたの為に……あなた方の為に、刀を用意させていただきたい!」
そう言うと力強く右腕を差し出す。
「ありがとうございます!」
シュウも右腕を差し出す。力強く、がっちりと握手を交わす二人であった。
シュウとアリシアは二人そろってコテツのもとを後にした。コテツもこの後、一度スグルのもとへ面会に行き、その後鍛冶場でシュウのための刀を拵えるそうだ。鍛冶場は使い慣れた自宅の物を使うとのことで、片づけなどの手伝いを申し出たシュウ達であったが、やんわりと断られてしまった。
「事後報告となってしまって申し訳ありませんが……」
「構わないわ。私個人としてもまだこの島を離れられないし………その代わり、しっかり強くなってきてね?」
「了解!」
「いいお返事です」
そう言って二人は笑い合う。
この時すでに当初の予定の滞在期間は大幅に過ぎていた。しかし、アリシアはまだ事件の事後処理が残っているし、怪我人もまだ退院していない。これならばいっそのこと学校が始まるぎりぎりまでこの地に滞在してはどうかということになった。
そしてその翌日。宿まで、シュウがシュウを呼びに来た…………
もちろん宿に泊まっているのが黒髪のシュウで、呼びに来たほうがコテツの息子のシュウだ。しかし、これはコテツなりの何かのユーモアなのだろうか?
フレアには大好評だったらしく、
「シュウがシュウを呼びに来た………シュウがシュウを……」
などと言って笑いまくっていた。もちろんその後シュウの手ひどい反撃をくらって、腹を押さえて悶絶しまくっていたのだが………
そんなひと悶着? の後、シュウはアリシア、フレア、アオイの三人と共に、イザナギ家の鍛冶場へと向かった。
「待っていたよ。シュウ君、他の皆さんも」
そう言って出迎えたのはコテツだった。その後ろには彼の家族と弟子たちが並ぶ。そして彼は台の上から一つの包みを手に取った。
「これをシュウ君に託したい。受け取ってもらえますか?」
そう言ってコテツは包みを外す。中から現れたのは漆黒の一振りの刀。その刀は柄から鍔、そして鞘まですべてが漆黒。しかし暗い印象は全く受けない。その黒はどこか神々しささえ感じるような艶やかな黒だった。
「きれい……」
誰ともなしに声が上がる。シュウは両手でその刀を受け取る。軽い刀だった。長さは一般の刀よりわずかに長い。しかし重さは遥かに軽い。そしてよく見ると鞘の部分にも、鍔の部分にも細かな紋様が彫ってあった。その見事な紋様はコテツが手ずから彫ったものだ。
そしてシュウは周りが見つめる中、ゆっくりと刀を鞘から引き抜く。一同からざわめきが漏れる。
「な!?」
シュウもまた驚きを隠せない。現れたのは蒼の刀身。鋼の色ではなく蒼。どこまでも澄んで、深く鮮やかな蒼色だった。そして刀を抜き終わった時、シュウはさらに驚きの声を漏らす。
「これは……」
柄は、片手で持っても、両手で持っても邪魔にならない絶妙な長さ。そして握れば、これ以上はないというほどよく手になじむ。昨日コテツが彼の手を調べていたのは、おそらくこれのためであったのだろう。
そして何より驚くのはその重心。本当にここしかないというほど絶妙な位置に刀の重心がきている。それによって軽さから来る振りにくさは全く感じない。むしろこれまで手にしたどの刀よりも振りやすさを感じる。
「その刀は、黒水晶と白銀晶、そして蒼結晶を用いて作られております。」
そう説明したのはコテツだ。そして再び皆の間に驚きが広がる。
「白銀晶………」
「黒水晶?」
「結晶で作られた刀?」
白銀晶、黒結晶共にとんでもなく希少価値の高い最高級の結晶だ。そしてその二つには劣るが蒼結晶もまた高級品であった。そして何より、彼らはいまだかつて結晶で作られた刀など、見たことも聞いたこともない。
――いや、赤い直刀…………
「もしやこれは………」
シュウが誰何の声を上げる。静かにうなずくコテツ。
「護神刀として我が家に伝わってきたものです。」
「そんな………」
「まさか!?」
「受け取れません!」
周囲が驚きをあらわにする中、シュウが声を上げる。そんな中、コテツは静かに語る。
「すでに妻や子らには話してあり、彼女たちも納得していることです……」
コテツの後ろで静かに妻がうなずいてみせる。
「その刀が神遺物だといった話は一切伝わっておりません。『スランサー』を奪っていった者たちもその刀には目もくれなかったようですし、おそらくは違うのでしょう。私の目から見てもそこまで古いものではありません。……けれど、私にはその刀が祭壇に、あの場所への入口に祀られていたことが気になるのです……」
「入口………」
この刀が祀られていた祭壇。それは『スランサー』が置かれていた場所の入口にあった。そしてあの場所は封印の場所。ならばその入り口に祀られていたこの刀は………
「本当のところは私にもわかりません。けれど、刀鍛冶としての勘……とでも申しましょうか……それはあなたが持っていたほうが良い気がするのです」
そう言うとコテツは刀を持つシュウの手にそっと自分の手を重ねる。
「受け取って、いただけますね?」
シュウはその言葉に無言でうなずく。その心は感謝の思いでいっぱいになっていた。
刀の譲渡が終わり、嘗て護神刀だった無名の名刀は今シュウの腰に吊られている。感慨深い思いでそれを見ながら、コテツはある一人の人物の名前をシュウに告げた。
「サクヤ・イチモンジ?」
「はい」
聞かされた名前に首をかしげるシュウ。しかし続く言葉に思わず威儀を正して耳を傾ける。
「剣聖とさえ呼ばれる、おそらくこの国最強の剣客です。………これを」
そう言ってコテツは一枚の封書を手渡す。
「これは私が書いた紹介状みたいなものです。しかしまぁ、非常に気難しい者なので、教えを受けられるかはどうかあなた次第……といってよいでしょう」
「……ちなみに今まで弟子は?」
「おりません」
「んな!?」
何とも難解、難関……しかしそんなことで足踏みしている暇はない。
「わかりました。どうも、ありがとうございます」
シュウはそう言って頭を下げると、書状を受け取った。
それから間もなく、一通りの荷物をそろえ、シュウは剣聖と呼ばれる剣客のもとへと向かった。
そしてそのすぐ後、アオイもフレアを連れて彼女の実家へと向かう。里帰りも込めた修行のためである。彼女の実家には師である彼女の祖父をはじめ、父、母、そして兄たちと、アリシア並みの実力を持った人物がごろごろしている。
そして入院していた三人も順次退院し、それぞれのやり方で修業を開始するのだった。
最後にアリシアはというと、出発するシュウ達を笑顔で見送り、退院したエンジュ達が修行に入るのを暖かく見守った後………
「なんで私だけ…なんで私だけ…なんで私だけ…」
そう言って盛大にぶんむくれていた。彼女はまだまだ事後処理に追われていたのだった。