終話
部屋に暖炉の火が爆ぜる音が響く。しかし彼の耳はそんな音など捉えない。耳だけではない。目も、鼻も、その他のすべての感覚も、今は目の前の一人の男に向けられていた。目をそらしてはならない、聞き逃してはならない。彼は毛の長い絨毯に膝をつき、自分にそう言い聞かせていた。彼の心を占めるのは恐怖、そして―。
どれだけそうしていただろうか、ついに沈黙を破り男が口を開く。
「今回はわしの落ち度じゃ。命令などでなく、明確な脅しをかけるべきじゃった」
「いえ、そんなおじいさ――」
彼は慌てて否定しようとし、しかし男の、祖父の顔を見た瞬間言葉を失う。口元から頬にかけて傷跡が走り、それが祖父の顔に精悍さを与えている。最近顔や手足には皺が目立つようになった。髪の色は血のような鮮血色。その体は変わらず引き締まり同じく鮮血色の眼光は鋭い。その瞳に宿るのは反省でも、悔恨でも、ましてや後悔でもなく叱責。
「小娘相手と油断もあった。じゃがしかし、お前はその小娘相手にいいように踊らされ、決定的な言質を取られた」
「いえ…それは……」
「何か言い訳でもあるかの、レオよ」
思いのほか静かな、穏やかな口調で問われ、レオナルドは言葉に詰まる。その静かな口調が彼の恐怖心をあおる。
「あり……ません」
レオナルドは何とかそれだけを口にする。
「所詮は下賤なものの血か。お前はやはり兄たちとは違うようじゃ」
「っ―」
恐怖に固まり、身動き一つとれず、言葉も発せなくなるレオナルド。そして祖父は彼のもっとも恐れる言葉を口にする。
「レオよ、母の元に帰りたいか?」
「いえ、おじい様!それだけは……」
「なればすべきことをせよ! 負け犬、役立たずにアフレイア家の名を名乗る資格はない!」
祖父はそう言い残すと、その後彼を一瞥することもなく部屋を出ていく。
「義父上……」
遠ざかる祖父の背に届くことのない言葉をつぶやくレオナルド。彼は祖父をそう呼ぶことは許されていない。そのことに悔しさと、みじめさを感じながら、そして―
「アリシア・ルイス、フレア・シデン、シュウ・アカツキ…………」
その緑色の瞳に憎悪の色を込めてレオナルドは自分を貶めた者たちの名をつぶやく。彼らさえいなければ…そう、悪いのはみんな―
「あいつらだ………」
暗く、狂ったような笑みを口元に浮かべ彼はそうつぶやいた。
「堕ちたな」
「ええ、堕ちたわね」
「ふふ、楽しくなりそう…」
そう言ったのは皆一様に鮮血色の髪を持った者たちだった。彼らは遠くからレオナルドの様子を見ていたが、やがて一人、また一人と姿を消していった。最後に残ったのは二人。
「まったく、義父上も酷なことをなさる」
「あれの性格、特性、思考すべて把握した上での言動だからな、ほんと恐れ入る」
「義父上の二階級降格……存外安い買い物になるかもしれん…」
「すべてはあれ次第……」
そう呟く二人もまた鮮血色の髪に同じく鮮血色の瞳をしていた。そして、二人ともレオナルドとよく似た顔だちをしていた……




