7.告げられる形―10
「はぁ?」
アギトはギルバの言葉に眉を顰めて反撃した。
「いくらお前が強かろうが、頭上のバケモンがデカかろうが、部位欠損した人間が勝てる程甘くねぇよ。それに、お前と俺の力の差は『大してない』」
アギトは刀を構えなおして、確かにそう言いきった。ギルバが相手だろうが、バケモノが相手だろうが、その両方が襲い掛かってこようが、負けない、そう宣言したのだ。
それに対してギルバは相変わらずの笑みを崩さず、笑んだ。そして、高笑いを上げた。
「ギャハハハハハハハハハッ!!」
下品で、迫力のある、思わず眉を顰めて二、三歩身を引きたくもなるような圧倒があった。
ギルバは、この状況を楽しんでいる。いくら自身が不利な立場、逆境にあろうとも、それを刺激として楽しめる男、それがギルバなのだ。心中で、戦え、殺せ、と何かが吼え、ギルバを奮い立たせる。
そして、笑いが止まった。
ニヤリ、と不気味に口角を吊り上げたギルバはアギトを舐める様に見据え、
「じゃあ、これなら文句ァねぇよなァ?」
そう言って肘から先を失った右腕を天に掲げるように上げた。すると、だ。頭上に控えていた穴から上半身だけを乗り出してうな垂れるようにしていた巨大な四つの眼孔を持つ骸骨が――ギルバの右腕を作るように、収束したのだ。
骸骨は自身の身体を作る骨をバラバラと崩し始め、落ちるようにしてギルバの右腕に収束し、右腕の形を取ったのだ。
ギルバはそんな異質な、骨で出来た右手を何度か開閉し、その感触を確かめる様にしてから、
「ついでだ」
その右手首にガントレットを改めて装着し、骨が擦れる音と共に、右手を上空へと掲げた。
すると、骸骨の巨躯がなくなって閉じ始めていた穴から、一つの何かが、ギルバの手元へと落ちてきたのだった。
それは、純白に輝く――。
19
「離してよ!」
「ダメだよん」
エルダの腕の中でアヤナがじたばたと暴れる。
エルダが無理矢理アヤナを引きずったがため、アギト達がいたクレーターから数キロ離れた森林地帯にまで来ていたのだった。周りは木々が無造作に並べられたかの如く生えていて、先の景色は余り確認できない場所だった。辺りは既に日が沈み、暗くなっている事もあり、梢の影が見えなかった。
結構遠くまで来たかな、と思ったエルダはそこでやっと足を止める。結構な距離を走ったというのに、呼吸一つ荒げていないのはエルダに隠された体力があったからだろう。
「もう!」
そこでやっと、アヤナはエルダから解放され、飛びのくように数歩下がった。
そして、――アギトがいる方へと戻ろうと――走り出す。が、エルダがそんなアヤナの手を引いて制したのだった。
「なんで止めるのよ!?」
アヤナは糸切り歯をむき出しにして、エルダに食って掛かる。その様はどうしても餌を取上げられた小動物のようで、迫力はない。
そんなアヤナを捕まえたまま、エルダは柔らかい笑みを浮かべて言う。
「その前にお話しようか?」
「話しって何よ!!」
「当然、ギルバとアヤナの関係について、だよ」
「……ッ!!」
エルダの提案にアヤナは思わず怯んだ。だが、エルダは笑みとは裏腹に追い詰めるように続けた。
「妹、とか言ってたよね? 確かに、容姿を見れば、その真っ白な感じがすごい似てるよね」
「う、うるさい……」
アヤナは抵抗を表情に浮かべる。だが、エルダはそれを分かった上で続ける。
「でも、そうじゃない気がするんだよね? なんとなくだけど、もしかしたら生き方で変わったのかもしれないけど、そうじゃなくて、何か根本的なところからギルバとアヤナは違うと思ったんだ。だから、本当の事を聞きたいなってね」
「ッ……、」
エルダの告白に、アヤナは唇を噛み締めた。まさか、そんな、と言った具合にアヤナは今度こそ本当に怯んでしまったのだ。
そして、観念するしかなくった、と気付く。
アヤナはフードを被りなおして、その隙間からエルダを見上げる。すると見えてくるエルダの柔かな、包み込むような包容力のある笑み。そんな姿を何度も見てきたアヤナは、この人には敵わないんだ、と毎度毎度思うのだった。
一つの嘆息。そして、小さな口を開く。
「アイツが勝手に妹って言ってるだけよ。繋がりでいったらアタシとアイツはただの他人」そして深呼吸。緊張の糸を無理矢理に解こうとしているようだ。「昔、アイツとアタシは、一緒に拉致された事があったの」
「……拉致? それにアイツと一緒に、って……」
アヤナの突然の飛びすぎた話にエルダは思わず笑みを崩し、眉を顰めた。
エルダの表情を見て、分からなくて当然よ、と口内で言葉を溶かしたアヤナは、改めて続ける。
「本当に、昔の話しだけどね。……そうね、アタシがまだ、最高設定年齢に達してなかった……はず。そんな小さな頃にね、アタシ含めた十数人が『セオドア・クラーク』っていう馬鹿げた研究者に拉致されたのよ」
そこまで言ったアヤナはその矮躯を両手で抱きしめ、視線を斜め下に落とした。思い出したくない過去を、振り返るが故の恐怖が、今のアヤナの背中に張り付いていたのだった。
そして、その眼前で話しを聞いていたエルダは――驚愕していた。今にもアヤナに掴みかかりそうな勢いで、エルダは声を荒げる。
「セオドア・クラークって! まさか!」
エルダへと視線を戻したアヤナは、確かに頷く。
「そうよ。アタシは、『アカシック・チャイルド』の候補にされたの」
「ッ!!」
今度はエルダが圧倒され、怯む番だった。
ドクターセオドアによるアカシック・チャイルドの実験。いや、事件。通称『人体実験』。その昔、ディヴァイド中を震撼させた、恐怖の事件だ。
公に公開された情報はこうだ。ドクターセオドアはこの1と0で構成されたデータの世界には、ソースコードをどうにかできる存在(現在はソーサリーとして存在を認められている)がいる、と考えた。そして、その中に(オラクルの様な)特別な力を得た、つまりはソーサリーから進化した人間『アカシック・チャイルド』がいる、若しくは生み出せる、と考えた。その考えから人体実験を開始、世界各地から子どもから老人まで、無差別に人間を拉致し、自身の実験台とした。そして、実験は激化。ソーサリーでも何でもない人間を薬漬けにし、意味のない拷問を重ね、無理矢理に能力を開花させようとした。だが、当然そうなるはずもなく、死体の山が出来上がるだけであった。そんな非人道的な事件に決着が付いたのは実験が始まってから三年が経過してからだった。不慮の事故により、セオドアの根城、そして隠れ家、研究所であったクラーク研究所が爆発したのだ。その爆発はクラークの身を焼き、クラークを殺した。その爆発で事実がやっと公となり、世界に報道されたのだ。
「そんな……」
エルダは想像し、アヤナを心からかわいそうだ、と哀れんだ。
「アレね、テレビとかでは研究所の爆発で終わったように言ってたけど……違うの」
アヤナはエルダに「昔のことだからそんな気にしないで」と強がって、安心させた。そして、世界を震撼させた事件の真実を告げる。




