7.告げられる形―9
アギトは当然、そこでアクセスキーを手放すという選択を取れない。アクセスキーをギルバへと渡してみれば、それは敗北の決定である。
「ッ!!」
だからアギトは宙を舞う。そしてギルバの手も離れはせず、アギトはギルバの頭上を越えて反対側の地面に背中から叩きつけられる。
だが、それでギルバは止まりはしない。アギトが地面と衝突した反動で僅かに身を浮かしたその瞬間、ジャストタイミングでギルバは刃を握り締めたがまま一八○度上半身を回転させるように振り返った。そして――解放。
アギトの身体は容易く吹き飛び、クレーターの側面に衝突してやっと止まる。
「ッアァアア!!」
アギトの短い悲鳴と同時、アギトの肢体はクレーターの側面に陥没するように消滅。衝撃で舞い上がった砂煙がその姿、全貌を隠してしまうのだった。衝突した時にそこからパラボリックに発生したとてつもない衝撃音はクレーターの円を描く側面に乱反射して天へと昇華するように舞い上がる。
「くそが」
砂煙、砂塵が舞い上がるそこから、血に塗れたアギトが鋭い表情を覗かせる。
そして、右手には節剣。
アギトが空間をこじ開けるように節剣を真っ直ぐと突き出すと、刀身はバラバラと分解され、その間接を無限に増やして真っ直ぐと、猛スピードでニヤニヤと笑むギルバの表情へと向かった。だが、どうしても、ギルバの笑みは崩れない。
ギルバが動かしたのは右手のみ。それはどうやって計測したのかも分からないタイミングであり、アギトも理解できない動きだった。
ギルバへと向かった節剣の伸びた刃はギルバの右手首に装備された小さなガントレットに弾かれて宙を舞ったのだった。
(!?)
意とも容易く弾かれた節剣の刃は上空へと跳ね上がり――ギルバの遥か頭上へと居座る巨大骸骨の左腕に、掴まれた。そしてそのまま引き上げられる。当然の様にアギトの身は逆バンジージャンプをしたかの如く浮かび上がり、無抵抗の姿勢を強制的のとらされてしまう。
そしてそこに、巨大骸骨の右掌が横からアギトを叩くように迫った。
「ッ!!」
巨大骸骨の右手が近づいて来ている事はみずとも、巨大な掌が風を仰ぐ音で分かった。
アギトの保々真下では、ニタニタと不気味に笑んだギルバがその様子を楽しげに見上げている。落ちてきてみろ、とでも言わんばかりに、だ。
アギトと骸骨の右掌はすでにアギトをつぶしに掛かろうと迫っている。即座にアクセスキーを変化させる。そして節剣から柄状へと戻り、骸骨に握られていた刃は消滅。アギトの身体も解放された。だが、何せこの場には足場がない。そしてすぐ眼前には骸骨の灰色に染まった掌が迫っている。
アギトは咄嗟にアクセスキーを振り、盾へと変えて構える。だが、同時、骸骨の右掌が振り切られ、衝突。空間を揺るがす程の衝撃はと音が張り裂けるように空間に響き渡った。クレーターの外までそれは響き、逃走中であるエルダ達にまで届いていたのだった。
骸骨はアギトと衝突した掌をそのままひきずる様に真下へと落す。アギトの防御はその破壊力と予想できていなかった軌道にやられ、真下へと叩き落される。真下とはギルバのすぐ眼前。アギトの身体はギルバのすぐ前へと落ち、砂塵を舞い上げてその中に姿を鎮めたのだった。
「オイオイオイ。面倒じゃねぇか」
ギルバは足元から舞い上がる砂塵を鬱陶しそうに払いながら、そう気だるそうに吐き出す。砂塵でアギトの姿見えないなかで転がったボールを蹴り飛ばすかの如く蹴りを放ち、アギトの身体を転がした。
「ッ、」
ギルバに蹴り飛ばされた事で舞い上がる砂塵から外れる事の出来たアギト。即座に立ち上がり、アクセスキーを刀へと戻して構えなおす。
アギトとギルバの間には未だ薄くなりすらしない砂塵の壁。
そこを突っ切ってギルバがアギトの眼前に出現するのは数秒も要さなかった。
「ギヒ」
「くそ……」
アギトはすぐに反撃に出ようと刀を振りかざすが、ギルバの振り上げた腕に右手を叩かれ、アクセスキーはアギトの手から離れて打ちあがってしまった。
「ッ!!」
だが、アギトも負ける訳にはいかない。アクセスキー所有者同士の戦いで、アクセスキーを手放す事は敗北を意味する。
瞬間、アギトは眼前のギルバへと強烈な頭突きをくらわす。
「らぁっ!!」
「ブ、」
その瞬間、ギルバの表情が始めて歪んだ。そして、隙が導き出される。
その僅かな間にアギトは右手を伸ばし、宙を舞って遠くへと逃げ出してしまいそうだったアクセスキーを掴み取る。そしてそのまま――アクセスキーを振り切った。
ザスリ、とアクセスキーの刃は確かに、一瞬の隙を生んだギルバの右肘から先を落とした。
ギルバの右腕は面白く吹き飛び、クルクルと周りながら宙を舞ってギルバの後方へと落ちた。
「どうだ? アクセスキーはねぇぞ?」
剣を振り切ったアギトはそのまま、そこで待機する。
「ッ、やりやがってよォ……」
右腕を切り落とされ、右腕があった肘から鮮血を噴出させたままのギルバは二、三歩下がって、忌々しげにそう吐き出す。
「俺達みたいな連中の戦いはどれだけ大きな攻撃を放とうが、隙を生んだ方が負けだろうよ。分かってンだろ?」
アギトは勝敗決したと、アクセスキーの刃をギルバへと向けてそう吐き出す。
だが、ギルバは未だ笑んでいる。負けじと、などではなく、ただ、まだ終わっていない、と笑んでいたのだった。
「だが、バランスの崩壊した今のディヴァイドじゃァ、そりゃ言いきれねェ話だよなァ」
ギルバはそう言って、アギトに不気味な笑みを向ける。失った右腕を気にする様子もなく、ただ鮮血を垂れ流したまま放置するその様は恐ろしい悪魔のようだった。
「まぁ、見てろよ」
ギルバは左掌をアギトへと向けて、待て、と指示。
アギトはそんなギルバに疑いの視線を向けるが、今更何をしても無駄、と決め込んで刃は下ろさず、ただ待った。
そんなアギトの視線ある中でギルバは堂々と背中を向け、数歩進んだ。そして、足元にある自身のモノだった右腕を左手で拾い上げて――捨てた。真下に、ただ、必要ない、と落とした。
「はぁ?」
アギトはその行動に理解が及ばず、何をしているのだ、と訝った。だが、そんなアギトを他所にギルバは一人続ける。
と、今度は捨てた自身の右腕を――踏み付け始めた。何度も、何度もだ。
「ギヒッ、ヒ、ハハハハハハハハハハハッ!!」
そんな事をしながら、ギルバは興趣の笑いを上げる。それは無駄にもクレーターに反射して響き、巻き上がった。
「何をしてんだよ?」
アギトが問うが、返事はない。ギルバはずっと、何度も何度も飽きずに自身の右腕だったものを踏みつけて、それが光の粒子となって消滅するまで、そうしたのだった。
そして右腕が消滅して、やっと、ギルバは止まった。足元に残された『ガントレット』を左手で拾い上げ、やっと、やっと、アギトへと振り返る。
「なァ? 右手がなかったら何がハンデになるってんだ? 見てみろよォ? 俺の頭上にはまだ、バケモノはいるぜェ? お前の手に収まるソレと、俺の思い通りに動くバケモノ。対等だと信じるか?」




