7.告げられる形―8
アギトはそのままアヤナを抱き寄せるように引き寄せ、動かないように背中に左手を回す。そのまま首だけで振り返って、鋭い視線をニタニタと笑んでいるギルバへと突きつけて、問う。
「『白いの』、お前……アヤナの何だってんだ?」
そう吐き出したアギトの横にエルダが追いついた。アギトはそれを確認するとアヤナの矮躯を放り投げるようにしてエルダへと引き渡す。そして、離れておけ、と指示を出す。
胸元に収まったアヤナが今にも暴れだしそうなことを察知したエルダはただ静かに頷き、力任せにアヤナの身を抱き寄せ、クレーターの中から出て行くのだった。
そうして、二人きりになったアギトと、ギルバ。
アギトの辛辣な表情に対して、ギルバはニタニタと不気味な笑みを表情に貼り付けている。
「知りたいかァ? アァ? そんなにあのチビが大切かァ?」
「色つけたような事を言うんじゃねぇ。俺ァただ、仲間があんだけ荒ぶる理由を知りたいってんだ。アイツの保護者みてぇなモンだしな」
「ハハハ、保護者、ねぇ」
「いいから吐き出せよ」
「そうあせんなよ」
そう言う、ギルバの右腕にあるモノに、アギトは気付いた。純白に輝くガントレットだ。見た目こそ武器の形を取っていない(ガントレットは防具の類である)が、それがアクセスキーである、という事は明白だった。
(?)
だが、そこにアギトは違和感を覚える。武器という明確な形を取っていない事を、ではなく、そのアクセスキーが『何かおかしい』という事をだ。自身の持っているソレ、アヤナのソレ、エルダのソレ、そして今まで見てきたソレと何かがおかしい、とアギトは気付いた。
その正体は、ギルバが改造した、という事。
「ギハハハハハハハ!! 聞きたい事がアリャァ……、俺に勝ってみろ、だ。分かるだろ? お前なら尚更なァ!!」
そう叫び、ギルバは右手を天高く上げた。その瞬間、ギルバの遥か上空が歪む――が、
「隙だらけだ。白いの」
アギトの右手に握られる刀状のアクセスキーの刃が、ギルバの首元に添えられていた。刃は僅かながらギルバの首をかすめ、白い肌に鮮血を滲ませていた。
だが、それでも尚、ギルバは興趣の笑みを浮かべていて、アギトはそれを潰すようにして鋭利な視線を突きつけたままでいる。
「……まぁ待てよ。今からお前を相手するに相応しい武器を出すところだからよォ」
ギルバがそう吐き出したと同時、ギルバの上空に完全に『穴』が開き、そしてそこから――巨大な骸骨が覗いた。
「ッ!?」
アギトも流石にその光景には気を取られ、ギルバから目を離してしまうと判断したアギトはギルバから刃を離し、バックステップですぐに距離を取った。
「何だこのバケモンは!?」
「隙だらけだぜェ?」
そして、アギトの気が巨大骸骨に取られている隙に、ギルバが返す。
得意げに両手をフリーにしたまま、一瞬でギルバは距離を詰めていた。アギトがそれに気付いたのは当然、胸元にいたギルバが足を振り上げたその瞬間である。
そんなほぼ零距離からの攻撃、アギトでも対処は間に合わない。
そのまま突き飛ばすような蹴りがアギトの水月を抉った。
「グッ、」
アギトは後方に大きく吹き飛んだ。ギルバの馬鹿力がアギトをそこまで飛ばしたのだ。
アギトが地に着地し、どうにか態勢を立て直そうとしたその時だ。頭上の空間が湾曲して出来た穴から上半身を乗り出した巨大な骸骨は右手を既に伸ばしていたのだ。
「くっそォおおおおおおおおおおおおおおお!!」
アギトは即座にアクセスキーを『盾』へと変える。だが、間に合うか――。
地を衝撃が駆け抜けた。巨大骸骨の右手が地を叩いた。その下にはアギトがいる。右手を中心にして亀裂が駆ける。それはクレーターの端まで伸びてやっと、止まる。
数秒の間地響きが止まなかった。砂埃が舞い上がり、景色は歪む。そんな中でもまだ、ギルバの細い姿は揺れていると見えた。
「ギャハハハハハハハハッ!! なぁ黒いの。そりゃァお前にピッタリの相手だろォ? こんだけの力だ。お前と相対するにゃピッタシだってのォ!!」
骸骨の右手が持ち上がると、そこには更にクレーターが出来ていた。骸骨の右手が振り下ろされた勢いを示すかの如く、それはクレーターの中心に更にクレーターを浮かばせている。
そして砂煙が落ち着いて、そこの全貌が露になる。だが、そこに、アギトの姿はなかった。
「アン?」
それに気付いて、ギルバは訝る。
どこいった、そう吐き出そうとした時だった。
背後に、影。
巨大な斧を振りかざした、アギトが跳躍していた。
「どうやってアレを交わしたってんだよォ、全く」
だが、ギルバは急ぎはしない。むしろこの急展開に気分を高揚させていた。呆れる様な、だが逆に関心するような声色でそう吐き出したギルバは、非常にゆっくりとした動作で振り返る。その瞬間には既にアギトはギルバの眼前に着地していて、両手で握った斧を振り下ろしていた。だが、ギルバはそれをほんの一瞬の時間とも呼べない時間で見切り、僅かに身体を逸らすのみで避けてみせたのだった。
衝撃が地を穿つ。ギルバの靴の数センチ先に巨大な斧の刃が突き刺さり、地を穿ち、クレーターの砂を跳ね上げ、巻き上げた。
「イイネェ」
アギトのすぐ横でギルバの感銘の溜息が響く。
そして――開戦。
「吼えろ!」
ギルバの手中で斧は光輝く粒子へと変換され、一瞬でその姿を刀へと変えた。その瞬間、アギトはすでに振り切っている。刀の刃は右下からギルバの頭上を通って左上へと出る軌道を描く。だが、ギルバは上体を後方へと僅かに逸らし、刃の軌道スレスレでそれを避けて見せた。
そして、ギルバの反撃。どこから伸びてくるのか、と思う程、軌道が読めない細い右拳がアギトの頬狙って弾丸の様に放たれた。だが、アギトも負けない。その軌道上に刃を添える。
それを見たギルバは――笑んだ。
ギルバの右拳は開かれ、その掌は軌道上に置かれた障害物を掴み取った。当然掌は切れ、掴んだことによって出来上がった拳からは鮮血が滲み出る。だが、だがしかし、ギルバはそこで止まりはしない。
その拳に恐ろしいまでの力が込められる。
そして、ギルバはそれを『投げる』。




