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7.告げられる形―7


 信じられない様な話しだが、アギトは内心、不安に支配されていた。

 過去に一度対峙した相手――その結果は引き分け。邪魔が入り、仕方なしに勝敗を決められず、戦いを終了せざるを得なかった結果だ。だが、その時、アギトは気付いていた。持久戦になっていたら、間違いなく負けていた、と。

 その時の戦いは、それぞれ武器が、実力が、経験が違った。だが、今や二人ともアクセスキーを所有している。それぞれで戦いという経験を積み、実力を向上させて来た。そして今も昔も変わりなく、イーブンであり、未知数だ。もしかしたらアギトの実力がギルバを上回っているかもしれない。だが、逆もまた然り。

(……、エルダとアヤナには他を当たってもらう事になるかもな)

 アギトは既に、ギルバと一対一で『決着をつける』という選択を選んでいたのだった。




   17




 元老院左席クライムは最高官ヴェラの命により、反逆者プライドを捕縛――若しくは殺害――のために軍隊を率いて、旅に出ていたのだった。中央塔を出て、まずはアルカディア大陸へと向かったクライム一同。

 まだ、プライドの反逆も発覚したばかりで、足取りも定かではない。だから故、短く、小さすぎる些細な情報から出した予想に従い、アルカディア大陸へと向かったのだった。突然の軍隊訪問に大陸の人間は驚愕するが、元老院の立場あってか、すぐに迎え入れられたのだった。

 そこでアルカディア大陸の管理者と連携を取る話をし、プライドの『指名手配』を完了した。

 そうして、プライドの顔、素状がアルカディア大陸全土へと渡ったのだった。

 プライドを、裏切り者を追い詰める。その手の事に関して、クライムはプロだといってもよい。ヴェラという上司を守り、その武器となり盾となる。そして、犬とでもなろう。

 それに、クライムはプライドとは間逆、正義感の強い男だ。プライドの反逆は、クライムにとって異端でしかない。怒りの沸点となり、彼を駆り立てる。

 必ず、捕まえてやるぞ、とクライムの心の中で何かが荒れ狂う。




   18




「すげぇな」

 アギトは思わず呟いた。数日かけてエルドラド大陸へと戻った三人。アルファで休憩を取り、そのまま北上してゼータへと向かったのだ。

 そして、そこで見た光景が――アギト達を思わず絶句させたのだった。

 まるで、そこに隕石でも落ちたかの如く、直径にして一キロ、深さ三○メートル程を誇るクレーターが出来ていた。そこには何もない。本当に隕石が落ちてきて破壊されたのではないかと疑ってしまう程に、何もない。

 そのクレーターの外から中を俯瞰していたアギト達。三人の視界のど真ん中に――クレーターの中心に、ただ一つ、『いる』。

 真っ白な、何者かが、いる。

 アギトはその姿に見覚えがあった。そして、エルダ、アヤナもその放たれる威圧感に気付くのだった。

「あれが、ギルバだね」

 静かに、息を飲み、吐き出してエルダが呟く。その隣で、アギトは首肯。

 そして、その隣で、アヤナが吐き出す。

「……『アイツがギルバ?』」

 アギトがチラリとアヤナへと視線を下ろす。そこには、フードを下ろしたその瞬間のアヤナ。表情が露になり、その『ギルバに良く似た』白い姿が見えた。

「……アヤナ?」

 アヤナの様子が妙な事に気付いたアギトは訝しげに眉を顰めてアヤナの名を呼んだ。だが、アヤナは応えない。表情を、鋭利な物へと変えて、糸切り歯を剥き出しにして、そして――。


「何がギルバだ。この、クソッタレ!!」


 アヤナは、怒号を発した。

 突然のアヤナの豹変にエルダは当然、アギトも驚愕を隠せなかった。

「どうしたの? アヤナ?」

「オ、オイ……アヤナ? 落ち着けよ……」

 二人は諭す。だが、無駄だ。何がここまでアヤナを怒らせるか、定かではないが、アヤナの様子は素晴らしい程に『悪い』。今にもギルバに向かって走り出してしまいそうな勢いをギリギリで身の内に圧し止め、殺すといわんばかりの憎悪を胸の内に秘めているのが見て分かる。

 今のアヤナの声に気付いたか、クレーターの中心にいたギルバがクルリと振り返ってアギト達を見上げる。

 如何にも暴君バーサーカーな、興趣の笑みを表情に貼り付けたギルバは演技めいた大音声を上げる。

「オヤオヤオヤァ……。見た顔が『二つ』もあるじゃねぇか……。一つは待ち望んでたァ『黒いの』。そしてそっちは」アヤナへとその恐ろしい視線を投げて、「……懐かしい顔じゃねぇかァ」

 そして、完全にアヤナを注視して、

「いつブリだ? なァ、『妹』さんよォ?」

 そして、フッと演技めいた表情が広がるギルバ。

「妹!?」

 素直にエルダが驚いて、視線でアヤナに説明を求めるが、答えが帰ってくる様子はない。

 そのすぐ側で、アギトが忌々しげに舌打ちし、唾を吐き出したのだが、アヤナの意識にそれは留まらない。

(面倒な事になったな……)

 アギトは苛立つ。ギルバの下から二人を離し、生き残りの救助にでも回して一対一での勝負を挑むつもりでいたのだが、そうにもそう簡単にいきそうにない。

 そう、思ったその瞬間、アヤナがクレーターの中に飛び込んだ。見れば、右手に巨大なアクセスキーが装備されている。

「アヤナ!?」

「オイ! アヤナァ!!」

 アヤナは止まりそうにない。ギルバと、何があったのか、それを知らない二人にはアヤナがどうして暴走してしまっているのか理解できない。だが、止める理由は大いにあった。

 誰もが、ギルバさえも、もしかしたらアヤナさえもが、ギルバとの衝突を死と感じている。

「くっそ!」

 エルダがすでに駆け出してはいるが、身の軽いアヤナには追いつけそうになかった。その背後で、アギトが吐き捨て、アクセスキーを節剣へと変化させた。

 そしてそのまま振り切る。

 クレーターの淵に立つアギトの手から伸びた節剣の刀身はそこからどうしてか無限に展開し、恐ろしい数の間接を生み出して高速で、弧を描きながら右から、左へと流れる。エルダを追い越し、アヤナの走るすぐ前の地面にその先を突き刺した節剣。アギトは刀身を調整して地面にしっかりと刀身が固定されたことを一秒にも満たない時間で確認し、そのまま、地を蹴った。そして同時、節剣の伸びた刀身を収縮させ、元に戻す。すると、アギトの肢体は引っ張られるようにして前へとあっという間に進み、アヤナとギルバの距離の丁度中間地点に、アギトは降り立った。

 ギルバの事は一度置いておいて、と、アギトはそのまま疾駆していたアヤナを、受止める。ボフリ、とアギトの胸元に突っ込んだアヤナ。すぐにアギトからは離れ、その苛立ちを隠せない表情を露にし、アギトを見上げてアヤナは吼える。

「何よ!?」

「こっちの台詞だ、ボケ」

 

 

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