7.告げられる形―4
そうして、アヤナが内心しょぼくれながら部屋を出て行こうとして、
「待て」
そんな背中に、声が掛けられた。
「なによ?」
まだ、脅すのか、とアヤナがうんざりしながら首だけで振り返ると、オラクルが髭の隙間から必要な言葉だけを落した。
「顎に伝えろ。もう一つのディヴァイドは、『いくらでもある』とな」
「? ……まぁ、わかったわよ」
オラクルの言葉をアヤナは理解できない。が、アギトに伝達すればよい、という事だけをしっかりと理解し、結局、アヤナはうな垂れたまま外へと出る事となったのだった。
「お帰り、アヤナ」
戻ったアヤナをエルダの柔らかな笑みが迎えた。身長の低いアヤナの表情を覗き込むような前傾姿勢で迎えたエルダにそのアヤナの心中がばれそうで、アヤナは思わずフードの先を引っ張った。
「ただいま」
静かに、心中が漏れない様に調子を隠してそう言って、アヤナは忘れない内に、とアギトへと伝える。
「アギト」
「何だ?」
そう言って、見上げると、何故なのか、アヤナは気圧される程の威圧感を感じた。この人が、自身を殺すのか、と思わず隠していた表情をフードの下で露にしてしまい、すぐに咳払いで調子を誤魔化すのだった。
切り替えて、アヤナは言う。
「オラクルが、『もう一つのディヴァイドはいくらでもある』ってアギトに伝えろってさ」
言われたアギトは暫く考える様な間を空けて、頷いた。
「分かった。ありがとな」
「うん」
その返事が、僅かながら落ち込んでいる素振りに見えたのは、エルダに察せられてしまったのだが、エルダはそこで敢えてどうこう聞くなんて野暮な事はしないのだった。
用事は済んだ、と三人は再び暗い道を戻る。暫く歩くと、オラクルの事前操作にて扉が開かれ、真っ暗と言っても過言ではなかった道に僅かながら外の明るさが差し込む。
三人が完全に扉から出ると、三人の背中に扉が閉められる音がぶつかった。
アヤナが振り返ると、既に扉は消滅していて、ただ、ビルの壁がそこにあるのみと最初の状態へと戻っていたのだった。
強力な力を持つが故、身を隠していないといけない立場なのだろう。
「さて、」
アギトが深呼吸を重ねて吐き出す。
「これからの事をちぃっとばかし説明するぜ」
まぁ、歩きながらでも、と指示して、三人は歩き出した。
「元老院から連絡があった。アクセスキーの情報だ。やはり、だが、フレミアはアクセスキーを結構な数の人間、それも何かしらの力のある人間に希望を託して預けてた。勿論、それが良くない結果を導いているのは事実だが。で、次に情報があったのが、ゼータだ」
「エルドラド大陸だね」
エルダは知っている様で、アギトの言葉にそう挟んだ。アヤナの表情はフードの下に隠されているため把握しかねるが、相変わらず知らないのであろうと容易く予想は出来た。
そうだ、とアギトは首肯して、
「ベータやアルファからはまた遠い場所に位置している寂れた国だ。そこに……、」アギトは僅かに言葉を詰まらせ、一呼吸置いてから言う。「なんでも、今、ユートピア最強と歌われる暴君がいるらしい」
そう言ったアギトの表情は明るくはない。何か思い当たる節でもあるのか、眉を顰めて嫌そうに視線を斜め下へと流している。
「暴君?」
アヤナがアギトを見上げ、首を傾げる。
「何か知ってるもの言いだよね、君」
エルダが追求する。
対してアギトは静かに首肯。そして、応える。
「ユートピア大陸じゃ有名な話しだ。俺も一度だけ、暴君……『ギルバ』と対峙した事があるんだが」そこで一度息を呑むアギト。緊張感が話しを聞く二人にも恐ろしい程に伝わった。「恐ろしく、強いぞ」
二人はアギトの強さを知っている。だから故に、アギトが『強い』と言う相手に、まだ対峙もしていない相手に畏怖してしまいそうだった。
「どんな相手なのかな?」
エルダが相変わらずの調子で問う。エルダもそれなりに心境を変えているのだろうが、これが彼女の調子なのだろう。そんなエルダの変わらない調子にアギトは僅かながらも癒され、緊張が綻んだ。
「……、例えば、の話しだが、俺達がエラーを閉じて周る正義だとする。だとしたら、あいつはとにかくエラーを展開して世界を滅ぼそうとする悪だ。とにかく、相手を痛めつける事だけを考え、自身をずっと戦いの中に置いてきた人間だ。とにかく戦って、殺して、拷問でも何でも、傭兵として人を殺してきた俺が言うのもなんだが、とにかくアイツは人を殺す事に特化した人間だ。それを、興趣だという。そんな奴だよ」
「へぇ」
アヤナが関心の溜息を漏らす。余り外の世界を知らないアヤナならではの反応がエルダにとっては少しだけ新鮮だったのだった。
「じゃあ、エルドラド大陸に向かうんだね?」
「そうだな」
「また戻るのかぁ。またアギトの家みたいかも」
「いやいや、そんな時間はないから」
「私も見てみたいな、君の家」
「エルダまでそんな所に気を惹かれなくていいから……」




