7.告げられる形―3
「何を言ってるの?」
突如とした意味不明な言葉にアヤナは首を傾げた。当然、今の言葉はアギト、エルダへとして時の様に、それぞれの立場を示しているのだ。アヤナは数秒の間を置いて、それに気付く。
「でも、えっと……アタシって姫だとかヒロインだとかの柄じゃないと思うんだけど」
対してオラクルは静かに首を横に振って、
「俺は全ての未来を見る事の出来る人間だ。間違いはない」
静かにそう言って、
「間違いない。お前は珍しくも『悲劇のヒロイン』である」
恐ろしく強く、念を圧すようにしてオラクルは言い切った。その言葉、その意思、全てが本物であると実感せずにはいられず、アヤナはオラクルの言葉一つで辟易してしまったのだった。
「何を言いたいのよ?」
性格上、強くでずには居られないアヤナは、頬を伝う冷や汗も、背筋に走る寒気も全て隠したつもりの態度を装い、眉を顰めて問うた。
「まず、予言を順から」オラクルはそう「ふむ」という鼻を鳴らす音と共に始めて、言う。「お前は暫く、安泰だといっておこう。これから先、今まで以上の危機に陥る事があるが、絶対に酷い負傷もなければ、死にもしない」
そこまで言ってアヤナを一安心させるオラクル。
だが、その後に『だが』とつけて話しを切り替えるのだった。
『お前はいずれ、顎に殺されるぞ』
静かに、だが、威圧的に、真意を、語った。
アヤナの時は一瞬、だが余りに長い一瞬、止まった。今、何と言った? とアヤナの脳内でエゴが連呼される。
今、オラクルは、余りに強大な力を持った預言者は、自分に何を告げた。
「な、何言ってるの……よ?」
アヤナの表情を隠していたフードがズルリと横にずれた。嫌な汗が噴出し、すぐに咽喉と一緒に干上がるのだった。
目先深くまで被ったフードから覗く大きな瞳は淀み始めている。振るえ、終焦点が上手く定まれないでいる。対して、それを睨むはオラクルの伸びきった眉の下から確かに覗くオラクルの恐ろしい瞳。その瞳に揺るぎはない。何もない部屋で、ただ一つ、『在る』と認識できる存在がそこにはあった。
「そ、そんな、はずは、ない……」
語尾に『と、思う』と口内で付け加えた事も、預言者オラクルは把握済みである。
「聞きたくなかったか?」
「当然、でしょ……」
アヤナは決して否定はしない。アギトが信じる、絶対的な預言者と対峙している事、その立場にある事をアヤナは脳内では否定こそしても、絶対に言葉にはしない。表には出さない。いや、出せない。
眼前の預言者は決して偽者ではない、と理解しているのだ。心は否定しようが、本能がそう、叫んでいる。故に、アヤナは信じざるを得ない。
「何で、……。何でアタシがアギトに殺されるっていうのよ!?」
泣き縋るような勢いで、アヤナは大音声を上げた。何もないに等しい空間に、その声はやたらと響き、反響した。
アヤナの悲しみが浸透する。オラクルは当然、それを汲み取る。
だが、事実は事実として告げるのだった。
「お前は『その時』、危機に瀕した顎を助けるかた助けないか、という選択肢を選ばなければならなくなる。お前はそこで絶対に、『助ける選択肢を取る』。間違いない。自身もそう思うだろう?」
オラクルが僅かに表情を上げて問うと、アヤナは緊張の生唾を飲み込んで、静かに首肯した。
今までだってそうだった。アギトに外へと連れ出されたアヤナは、アギトに本心から感謝し、憧れ――特別な感情まで抱きかけている。そんな相手が危機に瀕した際に、助けないという選択肢を選ぶとはアヤナ自身、到底思えなかった。
「その選択が顎を生かすのは間違いないだろう。だが、その代わりとなって、『お前は死ぬ』。正確に言えばお前が顎と同様の危機に陥る事になる。つまり……顎の危機を受け取ってしまうのだ。そして立場は逆転し、今度は顎が『お前を救おうとする』。だが、それがマズイ。その選択が……『お前を殺す』」
オラクルは長広舌を非常にゆったりとした速度で吐き出して、〆るように、静かに頷いたのだった。
その言葉に、アヤナは絶望するしかなかった。単純に、平伏していた。
そんな絶望の渦中から、アヤナは搾り出す様にして出ない声を出す。
「……アンタが本当の、預言者だって事は、分かってる。だから、アタシは……アンタから言われたに頷くしか出来ない。……だから、だから聞きたい。何か、どうにかする、助言はない……?」
アヤナの瞳は涙が溜まり、潤んでいた。後もう一度でも気圧されれば、崩壊していしまいそうだった。そんな中で、アヤナはただ、心から縋った。そうするしか、なかったのだ。
そんなアヤナに対してオラクルはただ一つ、教えてやるのだった。
「お前の持つその『者』……アクセスキーか。それがどれだけエラーを閉じて成長しても、人を殺せないのには、理由が当然ある。それは……、」
アヤナが緊張から息を呑む。
そして、告げられる。
「仲間を、守るためだ」
それだけ言って、オラクルは完全に沈黙したのだった。
それ以上の言葉を享受出来ないと察したアヤナは、それ以上は踏み出さず、ただ、黙って今の助言を脳裏に焼きつけ、そして、
「ありがとうね」
悲しみに包まれる中そう吐き出して、踵を返すのだった。




