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2.向き合う世界―7

 すると、やたらと広い広間にアギトは出た。床はリノリウムのコーティングされた茶色の高級感漂う一枚の床。広さはどこぞのスタジアムほどあり、アギトが入ってきた入り口とは反対側に扇状に広がる客席の様なスペースがある。

 アギトもここに来るのは初めてなのか、辺りをキョロキョロと見回しながら広間の中央まで歩みを進める。その間、この広間にはただアギトが歩む足音だけが響き、反響して不気味な雰囲気を演出していた。

 アギトが広間の中央に到達し、立ち止まって遥か先に見える客席へと視線をやる。と、薄暗かった室内に僅かに光が差したような気がした。アギトの視線の先には、客席スペースに設置された三つの高級そうな椅子に腰掛ける三人の姿。両側は老人、その中心に一人の若い女性の姿。とはいっても確認できるのは顔だけだ。首から下は赤い布地に金の刺繍を施したデザインのローブを三人とも纏っており、その中までは確認できないのだ。

 老人二人はアギトが控え室で偶然遭遇したあの老人傭兵達と同様の理由で老人の格好をしているのだろう。中央に位置する女性は、現在のディヴァイドの設定最高年齢である二三程に見える。

「呼び出されたから来たんですが」

 遥か遠くの三人を見据え、アギトはとても聞こえない様な声で吐く。が、ここは電脳世界ディヴァイドだ。音量の調整や音声伝達等容易く出来る。当然の如く、アギトの声は三人の元老院に届くのだった。

『単刀直入に問おう。その腰にぶら下げている白い柄が「アクセスキー」であるか?』

 アギトから見て右に位置する、白髪白髭が目立つ元老院が問う。声は同上の理由からアギトにはっきりと届く。

「……なんだよ、アクセスキーって」

 アギトはあえてとぼける。頭の隅でなんとなくこんな事態を予測はしていたが、まさかアクセスキーの名を聞くとは思わなかったのだろう。当然だ。アクセスキーの話しはアギトとフレミアの間でしか今まで成立した事がないのだ。元老院がその話をするにはその立ち位置の説明からする必要性がある。

『とぼけるな! お前がフレミアと接触し、アクセスキーを使って各地でエラーを閉じているのはこちら側は重々承知な上であるぞ!!』

 次は左から、怒声が上がる。目をやればそこにはスキンヘッドの老人の元老院。先ほどの右に位置する元老院と違い、表情がはっきりするためか、無数に寄った皺がその年齢――そして、怒り、を表している。よく眉間に皺を寄せて、なんて表現を聞くが、左に位置するその老人は怒れば表情そのものを皺に変える。

 アギトの視線は右席うせきのスキンヘッドの元老院へと向かう。その表情は『よろしくない』。

「あ? 勝手に呼び出しといてソレかよ。金貰えんのは感謝だが、まずはそっちがフレミアとアクセスキーについて知ってる理由、情報を吐くのが筋だろ? それともなんだ、元老院って立場を利用して脅すのか? 知らねぇけど、そりゃあいけないんじゃねぇのか、民衆はついてこない」

 嘲る様に、また、脅す様に、アギトは自身の内に湧き上がった苛立ちという感情を自嘲なしにストレートに吐き出した。よって、やはり、場の雰囲気は負の方へと急加速する。特に、アギトと元老院の右席の間だ。アギトは『良いなら』斬り伏せる気でいるし、右席はその立場から妙なプライドでアギトを従わせようと思考する。

『ほざけ小僧! 貴様など我等の意思で存在を消す事など容易いのであるぞ!!』

「そうやってフレミアも消したってか? じゃあ俺はアクセスキーとやらでお前を切り殺してやる。何度蘇ろうが、ずっと、な」

『何をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 ――が、そんな二人を見かねた最高官がその場を制する。


『プライド。黙りなさい。相手を煽る理由はないです。彼の言う事は尤もなのですから』


 その静かに響く琴の音色の様な声は、一瞬にしてその場を支配した。

 当然アギトの視線は声のした方へと投げられる。そこは、右席と左席に挟まれた、二人を従える位置である中央。元老院最高官の座る場所だ。そこにはディヴァイドの設定上最高齢となる二三歳の容姿を持った美女が鎮座する。

 長く、肩の下まで伸びたウェーブの掛かった艶めかしい黒髪。切れ長で、且つ大きな目、赤い瞳。ゲームキャラで言うならヒロインであり、魔王であり、そんなとにかく全てを詰め込みました、とでも言えそうな出来すぎた人間がそこにいた。

『しかし……ッ!!』

『黙りなさい、プライド。自己紹介すら済ませていない状況で行き成り食って掛かったクライムにも非はあります。単純に考えて二対一で私達の非は大きいです。大人しく失礼を侘びるのが大人ですよ』

 最高官の言葉からアギトは右席の名をプライド、左席の名をクライムと察する。

 そして、最高官を見据えて言葉を待つ。場を取り繕ってくれたのは最高官だ。ここは最高官に任せた方が良いだろう、と判断したのだ。

 最高官はペコリとその妖艶さの隙間から垣間見える可愛らしさを交えた仕草で頭を下げ、アギトと向き合う。

『失礼しました。私達は元老院最高の座に位置する最高議員です。私はヴェラ。このこの最高議員を纏める最高官です。そして私の右の位置する右席がプライド。先程の失礼は許してやってください。そして左に位置する左席はクライム。一応説明しておくと、右席、左席、そして私最高官と権限が強まります』

 言って、聞き終えたアギトは答える。アギトが喋りやすい間を自然に開ける辺り、ヴェラは経験が豊富なのだろう。凛とした態度はアギトの興味を惹き付けた。

「私はエルドラド大陸を拠点に傭兵業を営んでおります、アギトと申します」

 膝を付いての挨拶。その先程とは違う態度のプライドは密かに苛立っていたが、ヴェラの見張りが在るからか、ただワナワナと拳を震わせて耐えている。

『さて、互いの自己紹介も済みましたし……。とりあえずは、私達元老院が何故、フレミア、及びアクセスキーの事を知っているのか、そこから話しましょう』

 と、ヴェラは言って、左席、クライムへと視線を投げた。説明しなさい、そんな命令の込められた視線だろう。

 クライムは応えるように首肯し、ボソボソと髭と目下まで伸びた白髪の隙間から声を発する。

『まずフレミアの死についてですが……。正直な所理由は判明してない。恐らくアギト君、君はフレミアと接触して、そのアクセスキーを手に入れたと思うのだが……?』

 クライムの言葉は不意に疑問系へと変わって、止まった。一瞬の沈黙が流れるが、とりあえず、とアギトは首肯する。

「そうです。それこそ理由は分かりませんが、フレミアが突然目の前に現れて、俺にこれ」アクセスキーを右手に掲げ、「を托して、『エラーを閉じてくれ』と頼まれました」

『やはりか……』クライムは静かに呟いて、『実のところを話すと、我々も死後のフレミアと接触しているのだよ』

 

 

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