7.告げられる形―2
「おじゃまします」
突然灯りの点いた部屋を億劫な気持ちで見回しながら、エルダは申し訳なさそうにそう言った。
かまわない。という小さな言葉がオラクルの口から漏れるが、エルダは上手く聞き取れず、笑顔で表情を固めたまま冷や汗を頬に伝わせながら、首を傾げたのだった。
そして、先のアギトと同様のやりとりを数回言葉を交わすだけで終わらせ、早速、と予言が始まる。
見て取れる変化はないが、オラクルがアカシックレコードにアクセスしたのだ。オラクルがなぜ預言者として位置についているか、それは、この『速さ』にある。
実は、この世界ディヴァイドにはオラクルと同じ力を持った人間が数人ながらいる。それに、そこまでの力とはいかないまでも、ソースコードにアクセスできるソーサリーの一族もいる。だが、その中でもずば抜けて能力が高いのが、オラクルなのだ。
アカシックレコードにアクセスして、情報を引き出すには膨大な時間を要してしまう。森羅万象が記述された『ディラックの海』の中から、特定の情報を引き出すのだ、当然、検索のための時間が掛かってしまう。だが、オラクルはどんな情報であれ、一瞬でそれを引き出してしまうのだ。故に、預言者の位置に付いている。
オラクルは立ち上がり、出現させた杖に体重を預けてエルダへと近寄り、アギトの時と同様に言葉を髭の隙間から漏らす。
「お前は……『戦士』だな。勇者アギトの側に仕え、最期まで使者として勇者に仕える者。……アギトに比べて、大分明るい未来が見えるのが印象的だ」
オラクルは非常に遅い口調でそう言いきって、ふむ、と鼻を鳴らす。
比較的明るい言葉にエルダは一安心するが、気になる事があり、僅かに眉を顰める。
そして、吐露する。
「私はてっきりアヤナが戦士かと」
「そうさな。そう思うのは当然。だが、彼女は違う」
ふむ、と始めてそう言ったオラクルは、エルダの全貌を眺めながら、応える。
「あの娘は、もっと過酷な運命を辿る」
静かに、機微に沈んだ声色で、オラクルは言った。
「例えばどんな、」
その先を聞こうとするが、オラクルが止める。
「ダメだ。他人の未来を第三者へと送ることは絶対に出来ない」
その答えに、エルダは思わず辟易した。それは、今まで機微にしか現れなかったオラクルの変化が、強く見えたからだ。声色が強くなった。ただそれだけだが、威厳か、雰囲気か、戦場を駆け巡ったエルダが思わず辟易してしまう程の威圧が、自然と放たれたのだ。
オラクルが第三者に情報を渡さないと、どれだけ覚悟して決めているかの現われだ。
「わ、わかったよ。聞かないから……」
エルダは困った様に胸の前で両手を振って、アハハと場を誤魔化すように小さく笑った。
が、エルダが気にする程オラクルは意識している訳ではないようで、オラクルは再び「ふむ」と鼻を鳴らして続けるのだった。
「戦士よ、お前はこれから先で、顎が重要な選択と向き合う際、それを『止める』事が出来るチャンスを得るだろう。一番に重要なのはソコだ。大分先の話しであるが、死ぬか死なぬか、選ぶ機会だといえよう」
そう一方的に言い切って、オラクルは「以上だ。次をよこせ」と吐き出す。
「まぁ。ありがとうね」
エルダは全てを聞いて普段の調子を取り戻し、そんな口調で軽い挨拶を交わして踵を返した。
「どうだったの?」
アヤナが戻ってきたエルダを受け入れて、問う。
「おっぱい揉まれた」
「なんで!?」
「はぁ!?」
二人の驚きようを見て、エルダは「アハハ」と面白そうに笑って、「冗談だよ」
「な、なんだその冗談は……」
頭を抱えながらアギトが溜息と共に吐き出した。
「アタシは揉む乳がないとか言われるのかしら」
アヤナが自虐めいた言葉をそう吐き出して、
「じゃ、行って来るわよん」と、扉の中へと進んだ。
バタリ、と背後に扉がしまる音を聞いて、アヤナは溜息を吐き出す。それと同時、一時的に消えていた部屋の明かりが点く。オラクル以外の何者かが部屋に入らなければ、部屋に灯りが灯らないのだろうか。
アヤナも緊張しているのだ。自身の未来を予言されるといわれ、知りたくも、知りたくなくもないその希望がアヤナを脅していた。だが、ここまで来た以上、引き下がる理由はなかった。
アヤナは視線を上げて、椅子に鎮座するオラクルへと視線を突きつけて、
「よろしく」
対してオラクルは相変わらずの鼻息で応えて、
「『姫』……いや、ヒロインと言った方がぴったりか」




