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7.告げられる形―1

 アギトがその空間に入り、背後の扉が完全に閉まりきると、照明が点いた。視界の右上、左上とアルカディアでは余り見る事のないLEDライトが規則的に並んでいる。

 辺りにはライト以外のモノは見当たらない。完全に白一色で統一された一二畳程の部屋で、白が支配するせいか、天井と壁の境目も見分けを付けるのに一苦労していしまいそうだ。

 部屋の中央に、王族が使いそうな赤と金の装飾がされた椅子が一つ。そして、そこに鎮座するは一人の老人。腰まで無造作に伸ばされた白髪に白髭。手入れされていない眉は目を覆い隠すまでに伸び、瞳は微かに覗く程度にしか見えていない。

「……『アギト』か」

 老人――オラクルは椅子に鎮座したまま、動き一つ見せないでそう呟く。長い白髭が微かに動くまでで、それを覗けば死んでいるかの様に見えた。

 老人は見えない動きで視線をアギトへと向ける。ゆっくりとしたその動きは普段のアギトを怒らせてしまう程に鈍い。

 そして、続ける。

「予言を?」

「あぁ」

 アギトは首肯し、短い言葉で応える。その間にアギトは両手をポケットに突っ込み、ただ棒立ちでいる。

「ふむ」オラクルはそう溜息の様に吐き出して、両手で椅子を掴み、体重を無理に動かして立ち上がる。白いローブがゆらりと揺れて、この動きのないに等しい空間に歪みが生じる。

 オラクルが手を適当な位置に置くと、そこに木製の杖が瞬時に出現し、オラクルの右手中にて体重を支え始めた。

 そのままオラクルは二、三歩前進。そしてアギトの前まで来て溜息。ふむ、と鼻を鳴らしてアギトをマジマジと眺めて、

「成る程、」覚束無い、弱々しい口調で、「『顎』は『勇者』の位置についたか」

 アギトはオラクルの視線を自身で追従しながら、言葉の意味を理解して応える。

「まぁそうなんだろうな。一応、世界を守るために旅してる身だからよ」

「その通り」

 オラクルの言葉にアギトは首を何度か横に振って、

「違う。俺が聞きたいのはそんな称号めいた事じゃなくて、これからの事だ。これからどうなるか、何があるのか、それを問いたい」

 アギトは強く、念を圧すように言い切る。

 対してオラクルはその言葉に「ふむ」と分かっているのか、分かっていないのか微妙で曖昧な反応を見せる。そして、「分かった」と、数秒の間を空けて一言落した。

「で、どうなんだ?」

 急かすようで悪い、と思いつつも、アギトは話を進行させるために問う。

 対してオラクルはゆっくりとした口調で、自身が見た未来を吐露する。

「顎よ、お前は……心配するな。これから先、世界を周って様々な事情と正面から相対する事になる。だが、『お前の心配は』必要ない。お前は、最期までしっかりと歩みを続けるだろう。ただ、」

 オラクルの表情が機微な変化を見せて、沈んだ。

「これからの道程、お前の精神面を追い込む程の狂気が襲うだろう。それは、何度も、何度もだ」

 言い終えたオラクルは一歩だけ下がり、アギトと距離を取って、言う。

「以上だ。詳しくは話さない。お前の運命は少しばかり酷すぎる」

 振り返り、椅子へとよたよたとした足取りで引き返しながら、

「外に、仲間が待っているのだろう? 順番に、入るように指示しておけ……おっと失礼、既にそうしてあるのか」

 オラクルはまた、椅子へと戻る。その手中から杖の存在が消滅したのをアギトは確認して――、

「分かった。また、顔見に来るから死ぬなよ」

 そうとだけ言って、アギトは――その手にアクセスキーを出現させた。そして、放り投げる。アギトの手を離れたアクセスキーは弧をふわりと描き、座り込んだオラクルの膝の上に落ちる。

 オラクルは膝上に落ちたアクセスキーを一度見て、アギトへと視線を戻して問う。

「何だ?」

 対してアギトは気だるそうにアクセスキーを指差して、

「俺の次は、それだ」

 言い切った。まるで、全てを見透かしているかの様な瞳に、オラクルは思わず感銘の溜息を漏らしてしまう。そして、漏らされる言葉。

 ――気付いていたのか。

 オラクルは暫しの時間、再びアクセスキーへと視線を落として、暫くの時間、集中してアギトへと視線を戻す。

「……どうして、分かったのだ?」

「使ってる身だぜ。感覚で理解するってんだ」

「成る程な……」

 オラクルは関心し、嘆息。そして、告げる。

「この『者』は、お前が気付いた通り、複数の『人間によって製造された』一つの『者』だ。何故か完全には『見えない』が、恐らく、フレミアがもう『もう一つのディヴァイド』へと送られた際に副作用として得た力で、作り出したのだろう。武器となる信念を持った人間『アームド』と言う種族だ。フレミアがどうにかして、協力を得たのだろう。そして未来、これから先、この者――アクセスキーだったか。アクセスキーはこの先ずっと、お前の力となるだろうよ」

 オラクルの言葉に、アギトはフンと笑んで、

「分かった。ありがとな」

 オラクルの元まで歩み寄り、膝上に放置されたアクセスキーを拾い上げ、腰のベルトへと戻して踵を返した。カツカツとブーツの底が見えないといっても過言ではない床に打ち付けられる音がやたらと響いた。




「次行け。どっちでも良い」

 扉から出てきたアギトはぶっきらぼうに待っていたエルダとアヤナに言い放った。声色と態度こそ普段通りの素っ気無い物であるが、表情が満足気に歪んでいる機微な変化を感じ取ったアヤナは特別突っかかりはしなかった。

「どっちが行く?」

 エルダが隣のアヤナを見下ろす。

「どっちでも良いわよ?」

 アヤナがエルダを見上げる。

 暫く沈黙が続いて、エルダが言う。

「じゃあ、私が行って来るね?」

「分かった。いってらっしゃい」

「行って来い」

 アギト、アヤナに見送られ、次はエルダがオラクルと面談する事となった。

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