6.女尊男卑の国―20
手には確かに人間を殺した、という感触。例え眼下のホープがエラーの力で漆黒の影に沈もうとも、それは例外ではなく人間なのだ。例え、データの塊の存在だとしても、である。
「あが、……っ、あぁ……」
アギトの眼下から、浮かび上がるようにしてホープの身を包んでいた漆黒の影は剥がれ始める。ホープはそれが剥がれ切るまで呻き声に似た何かを小さく開いた口から漏らすが、それも一瞬の出来事だったと言える。
漆黒の影が剥がれ切り、ホープの絶命が確認され、そして、ホープの肉体は紫色の粒子へと還元され、あっという間に空気中に溶ける様にして消滅したのだった。
「そ、そんな……」
エルダとの戦いの手を止めたエルモアが絶望したように心中を吐露する。
「あの力が容易く破られた……」
そして同様に絶望するアイリン。
アヤナとエルダの手も同様に止まるが、それは勝利宣言である。
力や、速度単体の話しとなればアギトはエルダやアヤナに劣る面がある。だが、アギトには経験がある。そして信念がある。エラーを閉じてやる、という決意がある。それに、ヴァイドとの約束やルヴィディアの存在がある。
だから、アギトは全力で勝ちに、いや、殺しに行く。行く手を塞ぐ邪魔者を全力で叩き潰すというヒーローには絶対に在り得ない黒く淀んだ覚悟がある。
アギトは消えたホープに突き刺さっていたアクセスキーを肩に担ぎ、僅かに離れた位置にいるアイリンとエルモアを次々と一瞥。そして、嘆息で閉めて、
「死にたいか?」
ただ、静かに問う。その表情や声色に色は付かない。ただ、無機質で何もそこんは存在しない様なソレである。
が、二人には十分に脅しとなっていた。
アギトを前に辟易した二人は大人しく首を横に振って仕草で「死にたくなどない」と応えた。
そんな二人を視界に収めるアギトはアクセスキーを手首だけで軽く振って、柄の状態へと戻し、腰のベルトにしまう。そして、告げる。
「じゃあ周りのバケモノの残党はお前等で始末しろ」
ただそう言い告げる。
アギトのその命令に二人は大慌てで首を縦に振り、互いに武器を構えなおして、眼前にいるエルダ、アヤナを無視して壁を作っていた観客として立つバケモノ共へと突っ込んでいったのだった。
「アギト、大丈夫?」
エルダが声を掛け、アヤナと一緒にアギトの元まで寄ってくる。その間に側近二人の戦闘は始まり、僅かに離れた所からはバケモノ共の雄叫び、悲鳴。そして側近達の大音声な声が上がっていた。
「大丈夫だ。それより待たせたな。二人は大丈夫だったか?」
「遅いわよバカ」
アギトの心配を、アヤナがツンと返す。アクセスキーをいつの間にしまったか、腕を組み、視線をどこか横へと投げてぶっきらぼうな口調でいう。普段のアギトであればこの態度に愛想生み出す事すらなく一人散歩にでも赴くのだろうが、今回は「遅れた」という非がある。アギトもそれを自覚しているのだろう。
アギトは機微な笑みを表情に秘匿に浮かべて、アヤナの頭に手を伸ばした。アヤナの小さく、真っ白なふわふわとした綿毛の様な頭にアギトの細くも男らしい手がポンと乗り、
「悪かったな。待たせて。まぁ、良く頑張ってくれた。お前にしては、な」
「な、ななななな何してんのよッ!?」
アヤナはアギトの突然の行動に驚き、大慌てで後ずさりながらフードを被りなおした。フードに隠されえた真っ白な頬は仄かに赤らみを帯びていたのだが、アギトはそれに気付かない。
そんな二人の珍しい光景を眼前で見ていたエルダは微笑みながら、
「アヤナは恥ずかしがりやなんだねぇ」
と、とても楽しそうに片手を頬にやって吐息を吐き出したのだった。
14
「フレミア」
アギトの姿は夜闇の世界に溶けてしまいそうだった。改めてその漆黒という姿の色濃さを認識させられる。
一悶着あって、翌日の出発を改めて決めたアギト達。エルダ宅にもう一泊して、その最中で一人抜け出してどこかも分からない夜道にて、アギトは白く揺らめく少女、フレミアと接触した。
「どうしたの?」
フレミアはふわふわと漂いながら、首を傾げる。
そんなフレミアにアギトはハハッと僅かに笑んで、
「どうしたって……? 一旦落ち着いたら話しが出来るモノだと俺は思ってた」
「そうかな? 今まで偶然が重なってただけで、そういう決まりはないと思うけど」
「ま、そこは余り気にしないって事で」
アギトはそう話しを区切って、
「俺達はこの後、オラクルに接触する」
言い切る。
フレミアはその何故か自身満々なアギトの言葉に首を傾げて、
「それがどうかしたの?」
相変わらずな口調で言う。
「そこで、オラクルに『もう一つのディヴァイド』について聞く。お前が……教えてくれないってならな」
アギトの言葉に、フレミアは不満げに眉を顰めて、一旦押し黙った。そして何故なのか、アギトの全身を見渡すように視線を泳がして、溜息を溶かす。
そして、
「なんでそこまで知りたがあるのか、な?」
「いや、お前がいるっていう場所だろ。気になるだろう」




