6.女尊男卑の国―19
アギトは片手にアクセスキーを構える。一瞬だけ振り、それを節剣へと変化させて――振り切る。
「邪魔だ」
それは唐突に起こった。アイリンとアヤナ、エルダとエルモアとホープ。その全員の動きが思わず止まってしまう程の出来事だ。
この五人を囲んでいたバケモノ共で出来た分厚い壁の一角が、一瞬にして、吹き飛んだのだ。
無数の鎧騎士が軽々と宙を舞い、エルダ達の遥か頭上を越えて反対側で壁を作っていたバケモノ共と衝突し、壁は容易く崩れ去った。あちこちからバケモノ共の悲鳴が上がる。歓声は掻き消え、悲痛な叫びが聞こえる。
「何だ……?」
手を止めて、ホープは訝しげな表情を浮かべてバケモノ共が吹き飛ばされ、出来た道へと視線を投げる。と、そこにホープ達とはまた違う漆黒の影を見つけた。
漆黒のロングコートを靡かせ、手に伸びた節剣が収まるその瞬間だった。ジャキリ、と音を発てて伸ばした刀身を戻したアクセスキーはアギトに一度振られ、一瞬の内に刀の形へと戻った。
刀を背負って、アギトは嘆息と共に言葉を吐き出す。
「待たせたな」
対してホープは興趣の笑みを表情に貼り付けて、
「全然待ってないぞ。……死に急ぐのは勝手だがな」
ホープの背後で、エルダ、アヤナは「やっときたか」とそれこそ待たされたかの様に安堵の溜息を吐き出すのだった。
そうして意気込んだアヤナが鎌状のアクセスキーを掲げ、吼える。
「これで三対三ね。丁度良くなったじゃん」
「やっとだよ。これで、心置きなく戦えるね」
エルダも続いた。
アギトがゆっくりとこの戦場に足を踏み入れる。そして、それぞれは三つの戦場に分かれる。アヤナはアイリンと向き合い、エルダはエルモアと向き直る。そして最後に――アギトとホープだ。
漆黒と、漆黒が向かい合い、互いを牽制する。
「真っ黒だな」
「それは互いだろう?」
そうして、疾駆。アギトは駆けるその瞬間にアクセスキーを振るう。そして、刀の状態からあの巨大な鎌へと変化させる。それを両手で握り締め、到達。
「オォオオオオオオオオオオオオ!!」
アギトの強烈な横一閃がホープを襲う。
ホープは自身の力を過剰に思っているのか、鎌に比べて随分と刀身の小さなサーベルを構えてそれを防御しようとする。だが、アギトの一撃は恐ろしく強力だった。
刃と刃が衝突。そして、振り切られる。
アギトの鎌が、サーベルを完全に押し切ったのだ。
そのまま、ズブリ、と切り裂かれるホープの漆黒の身体。鮮血が舞うように漆黒の何かが飛び散り、そのまま飛散する。
断ち切られる勢いのままホープの身体は吹き飛び、数メートル飛んでやっと、地に落ちた。彼女の手からはサーベルが離れ、元の色を取り戻してどこか遠くで転がった。
「な、何が……、何故……」
自信を断ち切られるように地に落ちたホープは驚愕で起き上がる事もまま成らないか、地面でもがきつつ、アギトに鋭い視線を投げてそう吐き出した。言葉から察するに、圧し巻けるはずがない、という気持ちで一杯なのだろう。
そんなホープにゆっくりと詰め寄って、アギトは刀に戻したアクセスキーを肩に担いで吐き出す。
「お前、力の使い方を分かってないだろ? スカーエフのクソッタレの方がまだ使えてたぞ」
そうなのだ。
ホープは自身が纏うエラーの力を使いきれていないのだ。それは、タイミングが悪かったから、故のミスである。スカーエフに全てにおいて先手を打たれ、アギトに完敗し、トップとしての立場を揺るがせたタイミングで、ルヴィディアからエラーという恐ろしく強力な力を授かった。ルヴィディアの狙いでは、アマゾネス部隊という強力な集団を率いる事の出来る人間がエラーの力を得れば、相等な力になる、というはずだったのだろうが、力を得て舞い上がってしまったホープは側近のみを引き連れ、残りをエラーの力で補い、襲撃に出た。
それが、甘い。
力を突き詰めようとせず、表面上の派手な力を振りかざして脅す。それほどに内が弱い事が在ろうか。
アギトは地にへばるホープのすぐ側で、アクセスキーを柄状に戻して、鍵を『掛ける』。
柄状のアクセスキーの先端からレーザーの様な何かが射出され、遥か遠くに鎮座する、この大通りをふさいでいた巨大なエラーに突き刺さった。すると同時、あっという間に収縮し、風を巻き込むような音を発てて消滅するエラー。
これで、これ以上バケモノ共が増える事はなくなった。
アギトはアクセスキーを刀の形へと変化させ、言葉を落す。
「お前等がエラーの力を使うってなら、俺達は対抗してアクセスキーを使うまでだ。エラーの力を得て舞い上がっているところ悪いが、バグがあれば直す者もいるんだ」
そう、アギトは宣告。その言葉の間にアギトは刀の形を取るアクセスキーを逆手に構えていて、言葉が終わったと同時、
「悪いな」
そうとだけ嘆息と共に吐き出して、刀の切っ先を漆黒に淀むホープの頭蓋に突き刺した。
ズブリ、と嫌な感触がアギトの手に走る。




