6.女尊男卑の国―18
そんなアヤナは呆れてしかたがないようで、言葉の最後には嘆息を加えた。
アヤナに相対し、正面に構えるアイリン。フードに隠された表情は良くない。訝しげに眉を顰めつつ、フードの隙間から文句を付けたそうにアヤナを睨んでいた。そして、何一つ表情を崩さないそのまま、吐き出す。
「この世界で、最高の設定だ。それは」
「何言ってんの?」
アヤナは首を傾げて不思議そうにする。が、対して気にせず、アイリンは応える。
「いくら拷問しても、苦痛を与えても、殺さなければずっと、痛めつける事が出来るじゃないか」
言ったアイリンは不敵に笑んでみせたが、フードに隠された表情はアヤナには見えず、唯一見える口元が不気味に歪んだ事だけをアヤナは見て取った。
アイリンのその様子を彩るように、壁を作っているバケモノ共がざわめく。鎧の下に何があるのか分からないが、歯軋りする様な音が微かに聞こえてくる。バケモノ共はあくまで壁、客の役割をするようで、アヤナがこうやって立ち止まっていても攻撃してくる様子はなかった。
そんな喧騒を打ち破るように、アヤナは鎌を肩に乗せなおして、溜息と共に問う。
「何? アタシに拷問でもしたいわけ? サディスト?」
アヤナの問いに対してアイリンは詰まらなそうに首を横に二度振って、
「違う」アヤナから視線を外して適当に投げて、「……邪魔者は殺すだけだ。戦争だってそう。実際に命失う事なんてないのに、殺し合いをして優劣を付けたがる。また、兵士は蘇るというのに、だろう? まぁ、それはあの黒い戦士の方が知っているね。……それと一緒だ。ただ、殺してこの場からいなくなれば良い」
ただ、それだけ。と最後に付け加えて、アイリンはアヤナを睨んだ。その瞬間、場の雰囲気を一変する。戦場の、その空気だ。
(来るわね……)
狙って得た休息の時間ではないが、ゆっくりと流れた会話の時間は終わった。
アヤナはアクセスキーを掴む手に力を込め、生唾を飲み込む。咽喉を唾が通る感触が過ぎて――場は戦場と化す。
互いに、互いへと向かって疾駆。互いが蹴った地は穿たれ、抉れるまでになった。
そして、数秒も要さず衝突。鎌の柄とサーベルの刃が衝突する。火花が弾け、互いに衝突の衝撃を全身で耐える。そして、必然的に鍔迫り合いとなる。互いの顔が近づき――弾く。
甲高い鉄が打ち合う音が炸裂し、互いはその衝撃を吸収、共にバックステップで二歩分の距離を得た。
二歩分程度の距離ならば、アヤナのアクセスキーの手中だ。アヤナは踏みとどまり、身体を回転させるそのまま鎌を横薙ぎに振るう。
「ふん、」
アイリンはサーベルを逆手に構えてそれを受止める。が、アヤナの巨大な鎌の衝撃をまともに受けてか、アイリンは衝撃を受止めきれず、そのまま圧された。アイリンの身体は吹き飛び、アイリンは僅かに跳んで着地。着地してからも暫くの間は足を滑らせ、地面を滑った。
「重いね……」
地面に手を付き、表情を上げたアイリンはギシリと刃を剥き出しにして忌々しげに呟いた。
そのまま、反撃に出ようとするが、遅い。アイリンが表情を上げたその瞬間には既にアヤナはアイリンへと迫っていて、飛び込んでくるモーションと同時、斜めに掲げられたアクセスキーを振り下ろす瞬間だった。
フードの隙間から覗く、アヤナの視線はアイリンを見下す視線だった。そっちがそう言うなら、アタシもジャマするアンタを殺す、そう言いたげなおぞましい視線だった。
そして、振り下ろされる巨大鎌。空間その物を切り裂く様な一撃にアイリンは背筋を凍らせた。
(早い……!!)
アイリンは一瞬の内に迷った。攻撃を受止めるか、身を跳ねて交わすか。
そう考えた一瞬がまずかったか、アイリンが跳ぶ時間はなくなってしまう。そうして必然的にサーベルを頭上に、横にして構える。そして――衝突。
大地を揺るがす程の衝撃音が炸裂する。衝突点から放射状に不可視の見えない衝撃が拡散し、辺りを揺るがす。建物を燃やす炎は消えてしまいそうに成る程に揺るぎ、壁となっていたバケモノ共は思わずに仰け反る。
(な、なんて力なんだ……!?)
アイリンは一瞬の攻防。押し合いに耐えながら、そう感じて歯を食いしばった。
「アギトの、アタシ達の邪魔するってなら、アンタを殺す。アタシの武器はアクセスキー、本当にアンタを殺す事が出来る。こっちは世界を救うために旅をしてるんだ。余り調子に乗らないで」
「……世界を支配するのはアマゾネス部隊だね。……相容れない」
グググ、とアヤナの軽い体重が重くなってアイリンを圧す。
「じゃあ、殺すね」
笑むアヤナ。
「やってみろ」
笑む、アイリン。
と、その瞬間だった。アイリンは仰け反った体勢をそのまま倒れこむように力を抜いて倒れ、アヤナと共に倒れた。その勢いでアヤナの矮躯を宙に浮かせ、蹴飛ばし、アヤナを頭上を越えさえて距離を開いた。
「っ、」
アイリンの頭上を越えたアヤナは即座に立ち上がり、反撃の態勢を取る。見れば、アヤナとほぼ同時のタイミングでアイリンも起き上がった所だった。
アイリンはその瞬間、アヤナの顔面目掛けてサーベルの突きを繰り出す。恐ろしい程の速度で向かったサーベルの切っ先をアヤナはほぼ条件反射だけで避けた。後僅かでも反応が遅れたら、顔面にサーベルが突き刺さっていただろう。
(こいつ……!! 体力ってものはないのかしら……)
アヤナはアイリンの動きが衰えない事に対して焦燥を感じ始めていた。
「……、見つけた」
戦火を遠くに見ていたのは漆黒の影。だが、それはエラーの力で染まった漆黒ではなく、纏っているモノが漆黒なのだ。ズボンにインナー。そして漆黒のロングコート。
アギトだ。




