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6.女尊男卑の国―17


 言葉で、やっと気付いた。背後に近づく強大な威圧感に、だ。

「ッ、」

 エルダは眼前に敵がいるというにも関わらず、思い切りエルモアから目を離して、背後へと振り向いた。すると、すぐ目の前に漆黒の影が浮かんでいた。サーベルの影を掲げ、エルダへと飛び込んできているその瞬間である。

 エルダは即座にハンドアックスを打ち上げた。巨大化したハンドアックスの下からの縦一閃が飛び込んで来たホープの影を両断する。だが、ホープも力を手に入れた人間だ。空中という足場のない状態でサーベルを横に構えなおし、その一撃を、受止めた。

 刃と刃が衝突。擦れ、火花を散らしながらホープがエルダの目の前に着地する。と、同時、動きを止めたエルダのアクセスキーはデフォルトの状態へと戻る。

 その隙に、と、エルダの背後からエルモアの横薙ぎ。エルダは気配でそれを察して上体を下げてそれを避け、振り返り様にハンドアックスの柄でエルモアの腹を打つ。

「うっ、」

 二対一になった事で気が緩んでいたか、エルモアはその一撃をまともに受けて一瞬の隙を生み出す。が、追撃はならない。その間にエルダはまた、振り返り、ホープと対峙する。

 振り向き様にエルダの一撃、それをホープが避け、反撃、避け、受止め、攻撃。

 そのまま隙を見て、エルダはホープの背後に回る。ホープはすぐにその動きに反応して振り返るが、それで良い。今、エルダは二人を相手に攻防の応酬をしているのだ。挟み撃ちにされる事は避け、正面に二人置く方が何分よりも動き安い。

 ホープの横にエルモアが出てくるのは一秒も経たずして、だった。

 荒れ狂う波の様なサーベル二つの攻撃にエルダは小さなハンドアックスでただ防御を固めるしかない。

(ッ!! 流石にこの状態はマズイよね……。強い相手二人は流石に厳しいよ!)

 攻撃を弾けば、次の攻撃をまた弾く。そうやって隙をうかがってこそいるが、二人相手に中々隙を生み出す事も、見つける事も出来ないでいた。

 エルダ程の腕でなければ、とっくに切り殺されていただろう。




   13




「シッ、」

 合成ゴムのタイヤが地面と擦れて黒煙を巻き上げた。地面にその凄まじいブレーキ痕が痛々しく刻まれる。

 アギトの乗った旧式(現在のディヴァイドではタイヤのない空中装甲式のバイクが主流である)のバイクは豪快なドリフトを決めて停止した。エンジンを切る間もなく、アギトはバイクを捨てる様に飛び降り、背後にバイクが落ちる音を聞いて表情を上げる。

 一、二キロ程先に燃え盛る景色が見える。蜃気楼の様に揺らめくその景色は一向に収まる気配を感じさせない。

 腰から柄状のアクセスキーを引き抜く様に手にして、アギトは嘆息する。そして、一振り。柄状だったアクセスキーは一瞬エフェクトを拡散させて、刀へと変化する。その刀を肩に担いで、アギトは目の前に広がる光景を凝視する。

 追われてでも来たのか、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の波だ。その光景だけを見れば最早奴隷だの、主だのの境界線はない。誰もが、ただ恐怖に怯えて逃げ惑うただの一般人だ。だが、その中には何故かバケモノの姿はない。町の外まで出てこない理由をアギトは見定める事は出来なかった。

「オイ、」

 アギトは自身を見えないかの如く過ぎ去っていく人々の中から適当に一人、胸倉を掴みあげて捕まえる。

「な、なによ!?」

 ガンマの住民の女性だ。女性は慌てた様子でアギトに噛み付く。だが、アギトは対してその様子を気にせずに、問うた。

「今、何が起こってる?」

「何って! アマゾネス部隊が暴走して街を襲ってるのよ! そんな事も知らないのアナタ!?」

「外出してたモンでな」

 アギトはそう言って、その女性を投げ捨てるように放した。短く、甲高い悲鳴を上げて尻餅を付いた女性は立ち上がると同時、ブツブツとアギトの文句を良いながらそそくさと走って遁走した。アギトに苛立ちこそせど、この場にいる、という恐怖が勝り、逃げ出したのだろう。

 相変わらず辺りには人混みが残る。冷静でいられないが故、逃げる事すら上手く行っていないのか。

「よっし。行くか……」

 アギトは喧騒の中、そんな言葉を気だるそうに吐き出して、走り出した。

 より早く走るために自然と体勢が低くなる。が、それでもやはり人とはぶつかってしまう。アギトは人を払うようにぶつかりながらも先を急ぐ。人々を押しのけ、揺るぐ足場を蹴って先を進む。




「もう! すばしっこい奴ね!」

 アヤナの苛立ちは最高潮に達していた。噴火寸前のマグマのようである。

 アクセスキーを振り切って、足を踏ん張り、勢いによるノックバックを殺す。

 その一撃をバックステップで避けて距離を開けたアイリンは呼吸一つ乱さず、不気味に揺れていた。風になびかされる炎の様な揺れは、余裕を見せているからか、それとも意図的にアヤナを苛立たせようとしているのか。

 アヤナはエルダが気になってしかたがない。だが、確認する余裕すらない。一瞬でも彼女から目を離せば、一撃貰ってしまうだろう。

(本当、面倒よね。実際に、力のある人間だし……)

 アヤナはアクセスキー所持者だ。だが、今相対しているアイリンはそうではない。ホープの様にエラーの力を与えられた訳でもなく、武器もただのサーベルだ。だが、強い。恐ろしく強いのだ。

 潜在能力を知らずの内に引き出しているアクセスキーが装備でなかったら、アヤナはとっくに負けていただろう。

 アヤナはアイリンが持つサーベルへと視線を投げる。

(ただの、サーベルよね……?)

 そして、気付いた。

「っつーか、さぁ。アンタ」

「……?」

 アヤナが突然そんな事を言ったからか、アイリンは首を傾げて本当に不思議そうな仕草を見せた。

 そんなアイリンにアヤナは問う。

「その武器じゃ、人は『殺せない』わよね? 今更だけど」

「それが何か?」

「アタシと戦っても意味はないんじゃないか、って事だけど?」

「……何故?」

 短い会話にアヤナは嘆息する。構えていた鎌状のアクセスキーを握る手の力を抜いて、

「ここでアタシが負けても、また、戦う事になる。もし、アタシが勝ったら、アンタは死ぬ」

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