6.女尊男卑の国―16
ホープが歩いた道には張り付くように漆黒の炎が残り、揺れ、長時間そこに居座って暫くしないと消えない。その名残の様に、ホープが歩いた跡は色濃く威圧感を残していた。
「アヤナ、大丈夫!?」
「大丈夫だから集中してっ!」
アヤナとエルダの攻防は続く。
エルダのアクセスキーのスキルの強大さは見ずとも分かる程だった。アヤナの背後で、無数のバケモノ共が切り伏せられていく轟音が嫌でも聞こえてくるからだ。エルダのアクセスキーの攻撃は強力で、効果範囲も広大だ。エルダの一閃は残像となって敵を吹き飛ばす一撃だ。
「数が一向に減らない!」
忌々しげに吐き出して、エルダはハンドアックスの形を取るアクセスキーを横一閃。振り出したその瞬間にその刀身は巨大化し、眼前にまで迫っていた無数の鎧を纏うバケモノを叩き斬り、吹き飛ばし、紫色に淀んだ光の粒子へと還元して消滅させる。
して、吹き飛んだ敵共。その消滅の粒子を裂く様にして、三つの人影が姿を現す。一つは中央に立つ漆黒。そしてその両脇にフードを目先深くまで被った側近が二人。
「来たわねぇ……!!」
敵を巨大な鎌で一刀両断して振り返り、その姿に気付いたアヤナは冷や汗を垂らしながら、忌々しげに吐き出した。下唇を悔しげに噛み締めているのはその存在に脅威を感じ、焦っているからだろう。
三つの人影はそれぞれがサーベルを構えてゆっくりと、歩いてくる。その背景を飾っていた紫色の光の粒子が完全に消滅したと同時、三人は足を止めた。その三人に反応するかの如く、周りで犇き、辺りを破壊していたバケモノ共は動きを止め、三人と二人を囲む観客の様な立ち位置にて制止する。逃がさないための壁、とも言えるかもしれない。
漆黒を纏ったホープが、緊張感高まる中、一歩前に踏み出した。
「覚悟は良いか?」
ただ、そうとだけ吐き出して、ホープは二人の言葉を待った。
アヤナとエルダは言葉を受けて互いに見合う。そして、互いとも首肯。
(アギトが来るまで、なんとか耐えれれば良し……ね)
(勝ちきるのは難しいだろうね。なんとか、耐えておかないと……)
そして、緊張の糸が張詰め過ぎて、弾くように解けた。
「かかってきなさいよ」
静かに、アヤナが吐き出し、エルダが隣で首肯する。
鎌とハンドアックスを握る二つの右手に、力が改めて入る。
二人の宣言を聞いたホープはその漆黒の表情を歪ませて、ニヤリと不気味に笑んだ。
「殺せ」
ただ、一言。同時、それが引き金となってまずは側近二人が疾駆した。その速度はアギトにも負けず劣らずの素早さだった。同時、周りで壁を作っていたバケモノ共が一斉に歓声の様な雄叫びを上げだした。エラーを仕えると、バケモノまである程度ながら操れるようになるのだろうか。
アヤナ、エルダ共に体勢を低くして疾駆。数歩分の距離を取った所で互いの距離を開く。地を穿つように強く蹴り、互いが狙う敵を見定める。アヤナはアイリンへ、エルダはエルモアへ、と。二人の動きに合わせるように、アイリン、エルモア間の距離も開いた。
そして、――衝突。
アギト勢の二人の武器は互い共、破壊力、重量を誇る代物だ。サーベル一本の相手を押し切ることは容易い。だが、相手もそう馬鹿ではない。アイリン、エルモアとも把握している知識を駆使し、互い共攻撃を受け流す体勢を取った。
「ッう、」
アヤナは受け流された斜め一閃をあえて振り切った。その巨大な刃は地面を穿ち、コンクリート片を巻き上げた。その破片は眼前のアイリンを叩く。だが、怯むのは一瞬だ。アイリンは即座に片手のサーベルで切り上げる。
「はやっ!」
アヤナは鎌を引ききれず、上体を逸らしてその一閃を避けた。後一ミリでも上体を逸らせなければ、鼻が吹き飛んでいただろうか。そんな危機的状況を前にアヤナは息を呑む間もない。
「しっ!」
そのまま、鎌を弾いてアイリンに刃の背をぶつける。が、アイリンは身を屈めてそれを避け――空いた手でのアッパースマッシュ。サーベルの刃に意識を集中させていたアヤナは追いきれなかった。アッパーがアヤナの肩を打つ。
「いっ、つ、」
強打を受けたアヤナは左足を一歩下げて踏みとどまる。転倒こそ防げたが、アイリンは早かった。あっという間に次の攻撃が来る。サーベルの、アヤナの頭を狙った横一閃。アヤナはそれをしゃがみ込んで避ける。
(面倒ね……ッ!!)
アヤナは不利な状況に立たされていた。
アヤナの身は小さい。故に接近戦では驚異的なスピードを発揮できる。だが、武器が大降りの鎌であるが故、相手が今の様な素早いタイプの敵であると、回避特化になってしまい、攻撃に転じるタイミングを見定める事すら難しい。
「もう!」
アヤナはしゃがんだ勢いのままフットスウィープで足を払う。だが、素早いアイリンは容易く跳躍してそれを避け、そのまま蹴りを放つ。アイリンのローブの隙間から伸びた足の甲がアヤナの頬を叩く。
「きゃあっ!」
フードが抜け、アヤナは吹き飛んだ。ノーバウンドで数メートル飛び、硬いコンクリートの上にその矮躯が落ちた。
「いっつ……、もう!」
アヤナは即座に立ち上がる。そして、鎌を構えなおす。
アイリンは既に近づいて来ている。
フードを背中に落としたまま、アヤナは鋭い視線をアイリンに叩きつける。
「間が開けば、こっちのモノだから!」
大降りになってしまうアヤナのアクセスキー。大降りな分、距離は取れる。
アヤナの大降りの一撃。かがんでも避けられない様な低空の一撃を放つ。そして、振り切る。だが、アイリンは上を行った。見切った、そう口から漏らして、僅かに跳躍、そして、タイミングを見計らって通り過ぎる鎌を蹴り、更に跳んだ。
「嘘、でしょ……!?」
アイリンの人間離れした行動に、アヤナは目を見開いて驚いた。自身の上に迫ったアイリンを目で追う。その瞬間はスローモーションに見えた。アイリンはそのままサーベルを掲げ、アヤナの顔面目掛けて振り下ろす。
「落ちぶれたな、部隊長」
「五月蝿いよ」
ハンドアックスの一撃をサーベルで受止めたエルモアはフードの隙間からギラリと輝く視線を覗かせた。受止められ、一瞬ながら制止したハンドアックスは手に収まるサイズへと戻る。
鍔迫り合いで顔が近づく。
「その鍵、スカーエフが使っていたからな。大体の特性は分かる。部隊長の手には余るかと」
「そうかな? 実際、私が貰い受けた私の鍵だからね。私に一番あってると自負してるよ」
そして、弾く。両者一歩分距離を取って、――先にエルダが仕掛ける。ハンドアックスを横一閃に振り切る。と、巨大化したハンドアックスの一撃が残像の様になってエルモアに襲いかかる。受止められない、と判断したか、エルモアは一瞬の間を使って地面に平伏すようにうつ伏せになってソレを避けた。
そのままエルモアは寝返りを打つように数度転がって、勢いを乗せたままの蹴りを低空から打ち上げる。
「あぶなっ、」
エルダは上体を逸らしてそれを避けて、そのままハンドアックスを叩き下ろす。巨大になったハンドアックスが振り下ろされ、地を穿つ。エルモアはそれを転がって避けた。地が穿たれ、コンクリート片が派手に打ち上げられる。その間にエルモアは距離を取って起き上がり、舌なめずり。
「いい。その動き。久方ぶりに強者と手合わせ出来て私は嬉しいよ」
「ほざいてて良いよ。すぐに、終わらせてあげるから」
エルダは小さくなったハンドアックスを肩に置いて、溜息。互いとも引く気はないのだな、と思ってエルモアに厳しい視線を叩きつける。が、エルモアは全く動じずに、ただ、舌を出してからかう様に、
「出来ると思うなら、してみてくださいよ。部隊長。……『背中が、がら空きだけど』」




