6.女尊男卑の国―14
「アハ、アヤナちゃんもありがとねー」
そう気楽に言って、エルダは二人の前に腰を落ち着かせる。
そして、どこか遠い目をして、
「今日が、最後だからね」
察したアギトは静かに返す。
「だから、客も多かったのか」
対してエルダは頷いて、アギトを見据え、
「そうだね。普段もそれなりに入ってたけど……今日程入ったのはオープン時依頼かも」エルダはもう一度頷いて言う。「ちょっと言っただけで、こうやってお客さんが入ってくれた、って事が嬉しくてしかたがないよ」
「ハハッ、なんか悪いじゃねぇか」
笑いながら言うアギトにエルダは大慌てで首と手をわたわたと振って、違うよ、と返す。
「そんなんじゃないよ。私が仲間になるってもう決めたんだからね」
それに、と挟んで、
「実はちょっぴり、二人との旅が楽しみでもあるんだよね」
言って微笑むエルダ。そのアヤナとは対照的な大人びた笑みにアギトは少しばかり照れを感じたのだった。
「で、これからどうするの?」
アヤナが間に入ってくる。
「明日、出発だな」言ったアギトは深呼吸を挟んで言う。「見納めだ。この国を少し回ってくるつもりだ」
言ったアギトは立ち上がる。漆黒のロングコートを手に取り、羽織る。そしてそのまま背中越しに手を振りながら、店から出て行った。夕暮れの中へと消えて行った。
そんなアギトの姿を見送ってアヤナは溜息を吐き出す。
「もう少しゆっくりしてけばいいのに」
「アハハ、もう夕暮れだし、明るい内に生きたい場所でもあるんじゃない?」
「行きたい場所、なんてのがある様な人間じゃない気もするけどねー」
「そうなの?」
エルダが首を傾げて見せる疑惑の表情にアヤナは視線を投げて、
「なんか私と会うまでもずっと傭兵として戦って、アクセスキーを手にしてからはずっと一人でエラーを閉じてて……って事ばっかりしてたらしいしね。お金だけ貯めて、使わないってまさに言葉通りだけどね。そんな感じなのよ、アギトは」
「へぇ、仕事できる男って感じだねぇ」
エルダのその呑気な言葉にエルダは違和感を覚えた。僅かに怪訝な表情を見せて、問う。
「なんかエルダってさ、ガンマの人間っぽくないよね?」
「なにが?」
とぼける様な表情のエルダ。
「なんか、男に対して特別嫌悪感も持ってないようだしって事」
「あぁ、そういえば、アヤナちゃんには言ってなかったけ?」
と、そこからエルダは少し時間を使ってアギトに話した事を説明した。
「なるほどね。だから奴隷もいないんだ」
「そうそう。私は男だからって奴隷なんて見れないからね。元々人種や国籍に対しての差別意識もないから、なおさらね」
エルダは溜息を吐き出して、
「どこか違う場所に住んでたら、きっとアマゾネス部隊にも入ってなかったしね。それこそ、アギトみたいに傭兵でもしてたかも」
今のエルダの言葉にアヤナはハッとして、
「あ、あのさ。アタシの事も呼び捨てでいいからね? ディヴァイドに年功序列もないんだからさ。それに、これから一緒に旅もするんだし、そう硬いのはなしで」
「アハ、分かったよ。アヤナ」
12
「やっと見つけた」
アギトは『やはり』という場所でその人物を見つけた。
ここは街中、ルヴィディアの家の前だ。そこでアギトはヴァイドと遭遇した。偶然、玄関からヴァイドが出てきたところで、二人は遭遇できたのだった。
「あ、……どうも」
ヴァイドはアギトの事を覚えている。小さく頷いて、二人は正面を向いた。
「ただ一つ、伝えに来た」
アギトはそれだけ言ってヴァイドを見据える。聞く覚悟があるかどうか、見定めたのだった。ヴァイドの目は燦燦とはしていないが、それでも聞きたい、という意思を見れた。
そしてアギトは嘆息と共に吐き出す。
「ルヴィディア……、は、俺がなんとかする」
言ったアギトは照れくさそうに視線を逸らすが、すぐにヴァイドへと戻した。覚悟を示すかの如く、確かな意思を見せた。対してヴァイドはその内に眠る意思を同様に示す様に視線をアギトのソレと重ねて、
「うん。お願いする」
静かに、頷いて返した。その光景に満足したか、それともヴァイドの事を思ってか、アギトは得意げな笑みを表情に浮かべる。そして、ただ、満足気に頷いて返した。
――その時だった。
遥か遠くから、アギトのいるこの地までを揺るがす爆発が起こった。爆音が響き、どこからか、無数の悲鳴までもが聞こえて来た様だ。
日は沈んでいる。アギトが振り返ると、僻遠の彼方に揺れる淡い橙色の光と煙が世界の天井まで無限に伸びているのが確認出来た。
「何だ……?」
眉を顰めてアギトは耳を済ませる。だが、どうしても情報は入ってこない。近くに赴く他はないだろう。
アギトは首だけでヴァイドへと振り返って、
「家に身を隠しとけ。お前が死んだら何にもならない」
言って、アギトは走り出した。




