6.女尊男卑の国―13
一方的に言い切ったルヴィディアは踵を返して一人歩き出す。そこにアヤナが突っかかろうとするが、アギトが視線だけでそれを制した。近づくな、追うな、糧やしない、と。
だが、ルヴィディアはそこで一旦足を止めた。首だけで振り返り、その鮮やかな髪を僅かに揺らして、
「言い忘れていたが、脅しはまだある。プレゼントだ。楽しめ」
言い終えたルヴィディアは満足気に口角を吊り上げて笑みを見せ、そのまま、場を静かに去った。その歩みによって進む足音はアギト達に迫り、身を震わせたのだった。
「ね、ねぇ……脅しがまだあるって……どういう事かな?」
ルヴィディアの脅威を感じ取って身を震わせるエルダがアギトの漆黒のロングコートの裾を掴んで震える声で言った。まだ、あんな恐ろしいバケモノがいるのか、という不安が前面に見えていた。
「……ルヴィディアがそう言うって事は、そうなんだろうよ」
アギトは対して素っ気無く吐き出した。
アギトはどこか遠くを眺めている。その視線が向かうは、ルヴィディアが去った方を見ているかは、誰も理解できなかった。
「さて、と」
アギトは殊更にだが場の空気を察して気分を返る。
「エルダ」
「な、何かな?」
「窓、直そうか。とりあえずさ」
「そ、そうだね!」
言い終えたアギトは右手首を軽く二回叩いてウィンドウを展開する。して、拘束のタップで操作、そして、適当な金額を入力。すると、ディヴァイドを作り出すサーバーに通達が行き、処理され、窓が、再構築される。
「って、ぇえええええ! なんで勝手にお金払っちゃうの!?」
エルダは驚愕した。
窓を直すなんて言う巨額を何も言わずに一人でに払ってしまったアギトに対して、申し訳のなさを感じ、慌てふためいた。
「今、今すぐお金返すから!」
焦ったエルダは懐から財布を取り出す――が、
「いいから。エルダはもう仲間だろ? もういいじゃねぇか。今のは、俺達の金だって事」
「そ、そんなぁ……」
そんなやりとりを交わして、場は元の雰囲気へと戻る事となったのだった。
一日が経過した。
アギト達はエルダの自宅(カフェの奥に繋がっている)に宿泊し、朝、目を覚ました。
「騒がしいな……」
アギトは状態を繊細なレーザーで余れた布団から起こして、辺りを見回した。部屋の中にただ一人で、周りに影はないが、どこか遠く、いや、近くから聞こえてくる喧騒ににた音が聞こえてくる。が、その喧騒は聞いていて心地の良い音だった。
数人が楽しく談笑する様な、和気藹々とした音である。
アギトは完全にフトンから身を乗り出して起き上がり、壁に掛けておいた漆黒のロングコートを片腕で掴んで背負い、部屋から出た。
すると、廊下でアヤナと遭遇した。アヤナは何時も通りの格好で、フードを鼻先まで深く被って表情を隠している。
「よ、」
「おはよ、アギト。店、やってるみたいね」
アヤナのそんな明るい、気軽な言葉でアギトは気付いた。廊下の先へと目をやって、嬉しそうに吐き出す。
「だからこんなに活気があんのか」
して、二人は歩き出す。廊下を抜けると、そこはカウンターの裏である。エルダが一人で店内を駆け回っている姿が、カウンター越しに見えてきた。続いて、店内の席を埋め尽くすお客の姿が確認できた。
「繁盛してんなぁ」
「そうね。まぁ、エルダの人気はなんとなく分かるわ」
そんな会話をカウンターの奥に身を隠してしていると、エルダと目が合った。視線が重なったや否や、エルダは二人に向かって手を振って大音声で叫ぶ。
「二人共手伝って!」
「つ、疲れた……」
『一仕事』終えてアヤナは卓上にバタリと突っ伏した。ローブを脱ぎ、エプロンを身に着けているその姿はレアだろう。レアだ、といえばそのすぐ側に立つアギトも、だ。漆黒のローブはカウンターに掛けられていて、黒のインナーと黒のズボン、ブーツが普段では見れない程に露になったうえに、エプロンを着用している。アヤナの頭にポンと手を置いてから、自身のエプロンを外して適当な卓上に放り投げて、アヤナの横に座る。そして、一言。
「同意だ。……慣れない事するもんじゃねぇな」
「あはは、でも二人とも良く動けてたよ?」
「ありがとよ」
アギトは言葉で返し、アヤナは突っ伏したまま片手だけを上げてそれに応えた。




