6.女尊男卑の国―12
「ルヴィディア……、なんでこんな所にいやがる……」
アギトはアクセスキーを振って刀へと戻し、忌々しげにルヴィディアへと視線を投げつけ、静かに吐き出した。
ルヴィディアの両脇にいたエルダとアヤナはそれでやっとルヴィディアの存在に気付いたか、ハッとしてすぐに数歩下がって距離を取った。
アギトの視線に返して、ルヴィディアは微笑む。
「分からないか? 脅しだ」
「そんな気はしてたがな」
ルヴィディアとアギト、二人の空間が出来上がり掛けていた。
ルヴィディアは視線と顎でアギトの背後で喚きたてるスカーエフの姿を指して、
「後ろのそいつは良いか?」
「放って置いても勝手に死ぬ」
アギトの言葉に従うかの様に、アギトの背後のスカーエフは悲鳴を上げるのを止めた。そして、アギトのその苛立ちを表現するかの如く、スカーエフは紫色に淀んだ粒子へと還元され、消滅し始める。その粒子はアギトの背景を飾った。
先程までの戦闘等なかったかの如く、静謐という世界が浸透する。
そこに、ルヴィディアの吐息が落とされる。
「丁度お仲間を手に入れたようだけど」エルダへと一瞬視線を流して、すぐに戻して言う。「ここで、旅を終えて大人しく家に返る気にはならないか?」
「なんでだよ」
「もし家で大人しくしてるのが嫌なら、また、傭兵業に戻るでも良い。エルダとやらはカフェを続ければいいし、そっちのアヤナちゃんは元老院に戻るのが嫌なら、アギトと一緒に居れば良い。それだけで、――私と戦う必要はなくなる」
ルヴィディアの言葉の最後はプッシュするように力強く吐き出された。
「……アギトって呼ぶなってのによ」
アギトは誰にも聞こえないようにそう吐き出して、気を改めて吐き出す。
「そう聞くと、ルヴィディア、アンタは俺達と戦いたくない、と聞こえる」
アギトの言葉に対してルヴィディアは首肯。
「戦いたくないに決まっている。正直、今は誰とも戦いたくないんだ」
「じゃあ、何故そんな事を言う? ルヴィディア、アンタ……、」変わったな、アギトがそう言おうとするが、そこで、ルヴィディアは掌をローブの裾から出して、ストップを掛けた。その仕草にアギトは思わず言葉を噤む。
「アギト……貴方がヴァイド、アルディオの存在を把握しているのは知ってる。だから、それ以上は言わないで頂戴。……『私の戦う理由はそこだから』」
言葉に、アギトは違和感を覚えた。だがその違和感は、何かが間違っている、や、何かが足りない、という在り来たりな違和感ではなく、そこに衝撃を受けた、という違和感。
アギトの知るルヴィディアは家族をどうこう、という女性ではなかった。完全にそうではない、と言い切れる程ではないが、確かに、その系統の女性だった。
だが、ルヴィディアは言った。
戦う理由は、そこ――ヴァイド、アルディオ――にある、と。
だからこその、違和感だ。
言葉に『本気』、迫真を感じとってしまい、まさか、ルヴィディアの口からそんな言葉が吐かれるなんて、と思わず疑ってしまいそうな違和感。
「お、おい……、ルヴィディア……、」
言葉はまた、遮られる。
「それ以上言ったら許さないから」そして、「とにかく、今後一切、活動をしないで頂戴。従わなければ、次会った時、そこは戦場になる」
「アンタいい加減にしなさいよ!」
割り込んだのは、アヤナだった。
ルヴィディアの隣ですでにアクセスキーを振り上げて、疾駆していたアヤナ。
鎌を振り下ろそうとして――、止まった。
ジャキリ、と硬い音が静かに響いた。気付けば、アヤナの鼻面に『あるモノ』が突きつけられていた。それは、この世界では既に廃れたモノ。だが、その色合いは確かに見た事のある色。
純白に輝く『銃』が、ルヴィディアの腕には握られていた。
何時の間にかエルダの鼻面にも、それは突きつけられている。二丁銃だ。ルヴィディアは、その純白に輝く――限りなくアクセスキーに見える――銃を持っていた。当然、アギトはルヴィディアが銃を使う光景等見た事ない。それに、威圧感でそれを感じ取る事が出来る。あれは確かに――アクセスキーだ、と。
「銃なんて武器がダメージにならなのも分からないの!?」
アヤナが叫ぶが、
「黙れ!」
アギトが沈静化させた。
アギトは感じ取っている。ルヴィディアの手中に収まる武器は確かに、攻撃できるもの、だ、と。
アギトの強制的な抑制に不満げにアギトへと視線を投げるアヤナだったが、アギトの視線に威圧されてアヤナは大人しく黙った。アクセスキーを何処かへとしまい、静かに一歩下がってただ視線をルヴィディアに固定したのだった。
反応して、エルダも一歩下がる。何かある、エルダもそう感じていたのだ。
二人が身を引いたのを確認して、ルヴィディアは銃口を上げて攻撃意思を撤退させた。そのまま腕をローブの中へとしまい込んで、溜息。
「アギトは気付いているだろうが、」溜息を挟んで、「私も、アクセスキーをフレミアから受け取っている。……言えば、一番最初に、だ」
ルヴィディアの言葉に、アギトは静かに首肯した。
アギトが思うに、知る限り、ルヴィディアは『世界一強い』人間だ。そんな人間をフレミアが見逃すわけがない。スカーエフ、エルダと出会ってきたのだ。フレミアが力のある人間にアクセスキーを託して回っていたのは明瞭だ。ルヴィディア程に強い人間に、アクセスキーを托さない理由はない。それ程の力がルヴィディアにはあるのだ。アギト自身把握している事だが、アギトがエラーを閉じて回るよりも、ルヴィディアが世界を回った方が効率的であり、成功の可能性も高い。
「やっぱりな、アクセスキーは、銃。一番最初に託された……なんとなく納得できる」
アギトは溜息と共に吐き出した。
店内に吹き込む風は嫌に湿った風だった。ルヴィディアを通り越してアギトの冷や汗が伝う頬を舐めた。
「銃はこの世では『在り得ない』とされた武器だ。もし、銃がダメージを通すようになれば、世界はヒックリ返る。それほどの力は、一番に強い力を持った者に托されるべきだ。もし、俺がフレミアの立場だったとしたら……同じように、ルヴィディアに托すだろうよ」
「……本当にその銃、……通用するの?」
警戒しながら、アヤナが億劫になった震える声で問う。
アヤナに視線を投げるルヴィディアは、一度見詰めた後、何もせずにアギトへと視線を戻した。そして、ただ、静かに吐息と言葉を漏らす。
「話しは以上だ。これ以上、貴方達と話す事はない」




