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6.女尊男卑の国―9


 だが、その視線もすぐに上限に達した。あっという間に、その全貌をアヤナは把握する。

 漆黒に染まりあがった、二つの瞳がただギラリと光る、そんな影。人間の形を取ってはいるが、人間だとは、思えなかった。

「――ッ!!」

 アヤナの咽喉が一瞬にして干上がった。背筋に寒気を感じたその瞬間には既に、眼前の漆黒の影が同様に漆黒に染まりあがった武器を、振りかぶっていたのだった。

 して、次の瞬間には――再び、エルダのカフェの大きな窓が盛大に割られるのだった。

 巨大な刃が通りに面する一面の窓に叩き付けられた。瞬間、鋭利過ぎる炸裂音が拡散し、衝撃点を中心として窓全体に放射状に亀裂が走ったかと思うと――砕け散った。窓際に座っていた三人に恐ろしい数の破片は襲い掛かる。

(またか、)

 アギトは瞬時に察し、そう、嘆息した。

「ッ、くっそ……」

 漆黒の影のどこにあるのかも分からない口から、忌々しげにそんな声が漏れた。

 吹き飛んだ窓ガラスが全て、落ち着いたその時既に――影の眼下には三人の姿はない。

「全く……本当にバケモノ染みてるよね、黒い子の力……」

 影は辺りをキョロキョロと見回しながら、三人の影を探す。店内に影は見当たらない。が、店内にはテーブルやチェアーの影、カウンターの影がある。そこに身を潜めたと影は考えたのか、影は窓枠を大股で跨いで店内へと侵入する。

「あの一瞬でどこに隠れるんだ? ……っていうか、私に気付いてたのはあの白い子だけだったように思ったけど……」

 テーブルやチェアーを蹴り飛ばして死角を減らしながら、影は進む。店内はそう広くはない。影はすぐに判断し、カウンターの方へと向かった。して、集中し、一歩一歩慎重に進み、いざ、カウンターの中を覗き込もうとした時だった。

「バケモノ染みてるのはどっちだってんだ」

 影の背後から、低めの、地を這う重低音の様な声が囁くように放たれた。声で、背中がビリビリと震える。

 いる。影――スカーエフはそう確信した。

「自虐だけど、黒いのってのもどっちだかってね」

「皮肉めいてんな……。さて、何がどうなったら、『そんな姿』になるのか、聞きたいねぇ」

 アギトの声の次、アクセスキーの純白の刃が、そっと、漆黒の影の首筋に添えられた。

 そしてアギトは、声色を荘厳な物へと変えて、続ける。

「その『黒』からよ。すっげぇエラー臭感じるんだが」

 刃が、漆黒に一歩踏み寄った。確かな手ごたえがアギトの右上に伝わる。

 見れば、漆黒の首元に横一線の僅かな切れ込みは入り、そこから、漆黒を彩るように血、赤が流れ滲み出した。

 だが、スカーエフは刃が食い込むことをも恐れず、ギリギリと、むしろ食い込ませ、首を落せといわんばかりに刃を首になぞらせ、振り返った。その表情は――笑顔。興趣の笑みとでも言うか、二つのおぞましい目を確認は出来ても、鼻梁や口は見えない。なのに、何故か――スカーエフは漆黒に染まりあがった今、笑っていたのだ。

 して、スカーエフは刃に首を切らせながら、一歩踏み出した。その間、アギトの右手には嫌な感触が伝わりっぱなしである。

 ニタニタとした、涎塗れの想像が容易いその笑みから、興趣の言葉が漏れる。

「だってこれ、『エラーの力』だし」

 アギトのとの距離はほぼ零。スカーエフの漆黒の表情が、ズイとアギトに迫った――その瞬間だった。

 スカーエフの姿がアギトの眼前から、消失した。それはまるで、最初からそこに居なかったかの如く、綺麗さっぱり消えてしまったのだった。

 は? とアギトの脳が思い、口から漏れ出そうとした瞬間、

「後ろ!」

 エルダの悲鳴にも近い声が店内に轟いた。

 声を聞いたと同時、その誤差はコンマ数秒もないだろう。アギトは背後で、刃が空を切り裂く音を感じ取った。

 振り返って確認する暇等ない。

 息を呑む間もなく、アギトは身を翻すしかなかった。助走のない力で地を蹴り、回転するようにしてアギトは斜めに跳んだ。と、漆黒に染まった刃がアギトの漆黒のコートを掠めて、床に衝突した。

 屈強な床に屈強なサーベルが打たれ、やけに甲高い音が店内に響いた。

「チッ!」

 アギトは翻した身を更に横に回転させ、アクセスキーを横に振るう。だが、刃がスカーエフを通り過ぎるその瞬間、再び、スカーエフの存在はアギトの視界から消え去った。

「くっそ……、」アギトは吐き捨てて、すぐに切り替える。そして、なんだこれは、と口内で溶かした。

 幻影でも見せられているのか、それとも、瞬間移動でもしているのか、スカーエフの姿を捉える事は容易ではなかった。

 そして、次にスカーエフが出現したのは店内、カウンター上だ。アギトが気付いたのはカウンター上に並べられていた可愛らしげのある飾りが、上に出現したスカ-エフによって蹴散らされたその音で、だ。

 アギトは反射的に、振り返ってしまった。だが、振り返りきれはしない。スカーエフの漆黒に染まった足が、アギトの頬を嬲って振り切った。

 頬に鈍い、打の衝撃、アギトは吹き飛びこそしなかったモノの、体勢を崩してよろめいてしまう。

「ッ、くそッ!!」

 すぐに意識を立たせ、アギトはアクセスキーを強く握り、すぐに向き直るのだが、やはり、そこに姿はない。

(面倒だな……畜生。それにしても、一体……、なんなんだ、この姿、力は……?)

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