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6.女尊男卑の国―8


 ホープの表情は浮かばない。やはり、アクセスキーを奪われたところはあるか。

 だが、ホープはもともと、スカーエフと対等に応酬するためにアクセスキーを望んだ身である。そのスカーエフ、そしてアクセスキーがなくなったからか、そこまで後悔しているようでもなかった。

「そっか、じゃ、帰らせてもらうわ」

 言って、アギトは踵を返した。この場で不満げな表情を見せているのは、ただ、アヤナ一人だった。これだけで終わりですか、と突っかかりたそうな心中が表情に出ている。

 が、アギトが進むことを止めるつもりもないか、アヤナも、エルダも、何一つの文句もつけずに、アギトに続くのだった。

「……あんな強さを誇りつつも、自身の我儘のために道を行かない者もいるのだな……」

 そんな事を吐き出すホープが見送った背中は、アクセスキーを一人一つ持った、『最強の三人組』の姿だった。




「はぁ、はぁ……くっそ……くそッ!! 忌々しきホープめぇええええええ!!」

 そう、抑えた声を漏らすのはスカーエフだった。彼女はアジトから遁走した後、街はマズイと感じたか、東に回りこんで先に進んだのだった。アマゾネス部隊のアジトから東へと進めば、そこは、湿地帯である。背丈の高い木々と間を埋めるように、苦い香りを放つ背丈の低い植物が鬱蒼と生い茂っている。歩む度に鎧が擦れる音と一緒に、グシャグシャとした不快感を感じさせる音も鳴り響く。

 そんな足元の嫌な感触さえ、今のスカーエフを止める理由にはならなかった。

「力が……欲しい……くっそ……、ホープを叩きのめす力がぁああああ……」

 今のスカーエフは嘲るなんて出来やしない。ただ、表情を歪め、恐ろしい形相を保ったまま呼吸荒く、湿地帯をズカズカと進む。

 と、その時だった。

 スカーエフの足音で輪唱するかの如く、足音が――増えたのだった。

「なんだ……?」

 そこはアマゾネス部隊の元幹部か、スカーエフはすぐにその足音に気付いた。足音の主は前方に、いるはずだ。そこまで見抜いて、スカーエフはその歪な表情を重々しげに持ち上げた。すると、彼女の眼前に一人の物陰が見える。

 長身だ。背丈は高く、安物で、シンプルなデザインと感じさせる黒のフーディローブを纏ったその影は、鼻先まで深く被ったフードの隙間から、鋭利な目を陰に隠して覗かせていた。

「だ、誰かな……?」

 今は側近がいない。そんな不安を抱えながらも、スカーエフは強気に出た。

 だが、

「不安なんだろう?」

 影は吐き出す。怜悧な雰囲気を感じさせる低目の女性の声だ。だが、その裏に侮蔑するような脅迫がある事を、スカーエフは察知した。

 アギトと相対した時よりも、何倍も恐ろしい恐怖、威圧を、スカーエフは感じたのだ。冷や汗が溢れ出し、最早一歩たりとも動けなくなってしまった。

(な、なんなの……この威圧感……!?)

 最早言葉を発することにさえ、億劫になってしまっていた。

 そんなスカーエフの心境を察したか、影はフフンと鼻で笑って、

「力をやろう」

 ただ一言、そう言ったのだった。




「さて、と。とりあえずお茶にでもしようか!」

 アギト、アヤナ、エルダの三人はエルダのカフェへと戻っていた。エルダは手をポンと合わせて、意気揚々とそう声を上げた。

「そうだな」

「ありがと、エルダ」

 言葉に従い、アギトとアヤナ適当な席に腰を下ろす。ホープ連中に壊された窓は既に修復してあり、目立った修復後もなく、店内は綺麗なままである。

「で、エルダは仲間になるの?」

 エルダがキッチン奥へと消えていったのを確認して、アヤナが言った。

「仲間にならないって言っても……するさ。エルダは……悪い奴じゃねぇしな」

「惚れたの?」

「そう思うのか?」

 アギトが悪戯に問い返してみせると、アヤナは口をへの字にして「うーん」と唸った。

 暫くの間を空けて、

「アンタ、あんまり色恋なさそうだしねぇ」

「そういう事は思っても口にすんじゃねぇよ」

 そんな、二人の他愛ない会話を数個交わしていると、紅茶の入ったグラスを乗せたトレーを持って、エルダが現れた。今度はエプロンをしておらず、心なしかアギト達と打ち解けてくれたのか、と思えた。

「お待たせ」

 トレーからティーカップをテーブル上に降ろし、トレーを隣の卓上に置いて、エルダはアヤナの隣に腰を下ろした。

「で、本題だけど……、」エルダは言って、アギトを見据えて言う。「私は、……旅に出るの?」

 とぼけたような顔をしたエルダにアギトは思わず笑いそうになる。

 そうやってこみ上げてくる笑みを抑えながら、アギトは応える。

「ハハッ、当然だろ? アクセスキーは取り返した。それに、俺はお前と旅がしてみたい」

「ちょッ、」

 隣のアヤナがギョッとして目を見開き、アギトを驚愕した様な表情で見るが、アギト本人は対して自身の吐き出した言葉に特別な意味は込めていないようである。

 今の言葉、誘う言葉にはエルダも赤面しそうだった。それを抑えて、

「あ、あの……私、本当に力になれるか……」

「大丈夫だっての。……まぁ、無理にとは言わないけどよ……。カフェの事とかもあるだろうし……」

 少し寂しげに言うアギトは、エルダの目にはどう映ったか。

(も、もうっ! そんな顔されて断れるはずないじゃんか!)

 エルダも押さえは利かなくなったか、表情が赤く染まり始めたのだった。

 そんな二人の応酬をアヤナはすぐ側で見て、呆れている。

「なんなのよ……もう」

 不満げに頬を膨らませて、窓の外へと目をやって呆れるアヤナ。

 だが、また、この窓から敵が襲来するのだった。

「……え?」

 アヤナは思わず視線を上げた。何故か。簡単だ。目の前に見えたのは影のみで、その表情はもっと上にあると思ったからだ。

 

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