6.女尊男卑の国―7
すると、だ。アイリンは、その手にしたアクセスキーを――放り投げた。柄状のアクセスキーはくるくると縦の回転をしながら――アギトの手へと渡った。ポスン、と落ちるように、また、予めそこに戻る事が決められていたかの如く、上手い具合にアギトの手中にそれは収まった。
「……お前に、勝てる気はしなかった」
アクセスキーを手放して、アイリンはその残念そうな表情をフードの中に隠しながら、悔しながらもそう語った。事実だった。そこに、今のスカーエフの裏切り行為があり、アイリンはこの決断を、折角手に入れたアクセスキーを手放すという決断を下したのだ。使い方さえ分かればまだ、なんとか出来たかもしれない。いや、使い方が分かった所で、アギトという恐ろしい存在には勝てなかっただろう。だから、生きる、という選択を彼女は選んだ。生きていれば、まだ、何かある。出来る。そんな可能性が、ある。
「アイリン! 何をしてるんだッ!!」
スカーエフは先のアイリンの降伏宣言とも取れる行動に、怒声を上げた。アクセスキーが一つでもあれば、という考えでもあったのだろう。当然、使う事すら出来ないアクセスキーを持っていたところで、何の力にもならないのだが。
して、アギトは久方ぶりに手に戻ったアクセスキーの感触を確かめるかの如く、一度振って、柄の形から刀の形へと変化させる。その光景に、未だ抑えられているままのホープ、エルモア以外は驚きを示した。そうやって、武器として使うのか、と。
その間にアヤナとエルダがアギトの元までやってきて、アギトを挟む様に並ぶ。
アギトとエルダは、偶然、街にアギトを探しに来たアヤナと再会できていたのだ。互いに同じ道を辿っていたのだ。可能性は十分に合った。アギトはそこで、二つのアクセスキーがアマゾネス部隊に奪われている事、そして、それを取り返しに行く事をアヤナに説明した。そうして、今、だ。アギトはアクセスキーの力を『過信しすぎている』アマゾネス部隊連中に対して脅しを掛けたのだ。それが、一番、効果的であったからだ。
「エルダ、確かに、取り返したからな?」
隣に並んだエルダを確かに見て、アギトは笑んだ。これで、仲間になってくれよ、と言いたげに。
「う、うん……まさか本当に取り返しちゃうなんて……」
「なぁに、朝飯前だっての」
「アタシのアクセスキーがあったからでしょう?」
「そうだな、アヤナにも感謝してやる」
「なんか不服ね……」
そんな会話を交わす三人の眼前では、立った今、スカーエフは怒りで表情を真っ赤にしながらアイリンへと掴みかかろうとしていた。
「アイリン! なんでそんな真似するかなっ!?」
して、スカーエフはアイリンの胸倉を掴みあげる。その勢いでか、目元深くまで被っていたフードは背中へと落ち、今まで隠されていた表情が露になった。肩上までの毛先が尖っているショートヘアに、真っ赤に染まった髪が靡いている。表情は鋭く、アヤナにそれは似ているが、アヤナよりも大人びた雰囲気を保っていた。
そんなアイリンの表情は冷たい。胸倉をスカーエフに掴み上げられてこそいるが、それでも、眼前の彼女が今まで自身が仕えてきた者であっても、そこに既に信頼はない。
侮蔑する様な視線をただ、アイリンは送っていた。
「ねぇ? 何か言ったらどうなんだい?」
歯をギリギリと噛み締めながら、重々しげな口調で吐き出すスカーエフ。
対して、アイリンは、
「じゃあ言うけど。お前には回りが見えていないのか? 自身のした事を恥ずかしく思わないのか?」
アイリンの言葉に、スカーエフはやっと、気付いた。アイリンを掴みあげる手を離し、ゆっくりと、周りを見るべく振り返った。すると見えてくるのは、アギト達三人と――既に解放されたホープにエルモア、そして、彼女等を抑えようともしない仲間達の姿である。どうやらやっと、気が抜けた、らしい。
「お、お前達……なんだ、その目は?」
アギトの登場から、スカーエフの表情に笑みは浮かばない。
仲間達が、仲間達でなくなった瞬間だった。
「……貴様がいくら手を回していようと、あの様を見せられては興が冷めるぞ?」
立ち上がったホープは鎧を叩きながら、言う。側近であるエルモアもそっとホープの横へと付く。
「アイリンの気持ちが分かったのは生まれて初めてだよ」
して、エルモアの嘆息。
周りを何度も見渡すが、そこに、スカーエフの味方の姿はない。そして、最後に側近であったアイリンに縋ろう、なんて無様な姿を見せるが――振り向けば、既にそこにアイリンの姿はない。
気付けば、アイリンは一人でに歩き、ホープの横に付いていた。
そして、宣言する。
「もう、貴女の側には仕える事は出来ない。また、裏切られても敵わないのでね」
アイリンは宣告。スカーエフに最早、居場所はなかった。
「く、くっそ……、くそッ!!」
叫んだスカーエフは――駆け出した。アギトの間を抜け、ホープ達を越えて、彼女は、遁走したのだ。エントランスホールにある唯一の出入り口をシステムに干渉して無理矢理にブチ開け、出入り口が開くと同時にスカーエフは逃げた。
そんな彼女の無様な姿を視線で追って、やっと、場は落ち着いたのだった。
「さて、と」
そして、マズ、言葉を発したのはアギトだった。アクセスキーを柄状に戻して、漆黒のロングコートのベルトにぶら下げて、ホープへと向き合う。
「で、どうする? 何もないってなら俺達は帰らせてもらうが……、何か文句でもあるか?」
「いや、ない。正直、貴様の様な『男』にこんな場を作られた事自体は不服だが……正直、アマゾネス部隊の人間じゃ、貴様には勝てないと思っている。帰りたいなら帰ればいい」




