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6.女尊男卑の国―5


 スカーエフはそれこそ胸躍らせながら、ずかずかと進んだ。スキップする様な浮ついた歩き方に威厳である重圧が混ざった、重々しい行進だった。

 して、スカーエフはアジトの玄関口、エントランスホールへと辿り着く。そこには既に大勢の『仲間達』が集まっていて、その中心に、ホープが無様に押さえ込まれていた。複数の仲間に組み伏せられているその姿はまさに、無様である。

 ホープは視線だけを動かしてスカーエフの登場を視認した。して、その表情は忌々しげなモノへと変わる。糸切り歯を剥き出しにして、ギリギリと音をたてる程に歯軋りをする。

 スカーエフが既に範疇へと取り入れた仲間から、ホープがアギトから奪って来たアクセスキーを受け取ったとほぼ同時だった。

「スカァアアアアアエフッ!! 貴様何の真似だァ!!」

 ホープの雄叫びがエントランスホールに轟く。が、その横暴さは仲間達によって即座に抑止される。仲間達の数は多い。タイミングよくアマゾネス部隊の仕事は少なく、多くの仲間達がこのアジトに残っていたため、これまでの数になったのだ。その数五○以上である。内一五名程がホープを押さえ、二○程が側近のエルモアを捉え、残りは哨戒したり、警備警護をしている。

 僅かに視線を上げれば、エルモアが恐ろしい数の仲間達に抑えられているのが見える。

 エルモアでさえ、この事態の予測は出来なかったか、必死に拘束から逃れようともがいている。が、やはり数に圧され、どうしても脱出できそうにない。

「ハハッ、いい姿だよ。地を這うその姿、最高に似合ってる」

 嘲りながら、スカーエフはホープへと近づく。眼下にホープを置き、不良の様なしゃがみ込みでホープへと表情を近づける。

「で、この『柄』、どうやって使うか聞いたんでしょ? 教えたら楽にしてやるよ」

「ふざけるな」

「じゃあ、殺すかな」

 そんな短く、恐ろしい言葉を三言程交わした二人。スカーエフは相変わらず恐ろしいばかりの笑みを浮かべて立ち上がる。一歩下がり、手に持ったアギトのアクセスキーを後ろを振り向きもせずに放り投げ、背後に居たアイリンへと渡す。アイリンはそれをしっかりと受け取り、懐へとしまう。

「それの使い方、模索しといて良いよ。後は任せていいから」

 スカーエフはそれだけ言って、エルダのアクセスキーを腰から取り出した。

 それを右手に構え、辺りに視線をばら撒いて大音声を放つ。

「さぁさぁさぁ! 今から新生アマゾネス部隊の設立式でもやろうかな!! まず手始めに今まで大した力もない癖に古参だという理由で勢力を跋扈させてきたアマゾネス部隊のリーダー、ホープに終焉を迎えさせてやろうかァ!!」

 して、スカーエフはアクセスキーを構える右手を振り上げる。その瞬間だった、右手の中にあったハンドアックスが――巨大化したのだ。そこに、巨大化したアックスの柄に空いていた左腕をスカーエフは添える。して、振り下ろす。巨大な刃が空間を裂く。

 これが、エルダのアクセスキーのスキルだったのだ。

 攻撃するその瞬間、その身を巨大化させ、恐ろしいばかりの痛打を叩き込む、攻撃特化のスキルである。普段の形状は小さいままであり、持ち運び、一閃、振るう事に問題が出ないという、扱いに長けたスキルでもある。

 斬。落。図太い一閃が叩き落される。だが――刃は止まった。

「本人から聞けば、早いかな?」

 ホープの頭上でその刃を止めた事で、スカーエフの握るアックスは小さなハンドアックスへと戻った。スカーエフの視線はホープよりも上に上がる。向かう先はエントランスホール、このアジトの唯一の入り口だ。そこは何故か開かれ――そこに、一つの影が屹立していた。

 漆黒のその影、それは、アギト以外にあるはずがない。

 アギトの厳つい表情にその場にいた全員が注目する。

 して、その厳つい猛獣の牙の様な唇から低い声が発せられる。

「聞いてみるか? 中々応えないと思うぜ?」

 サーベルを肩に担ぐその姿は、中々に荘厳だった。

「じゃあ、そうするよ。じゃないと、アイリンが武器の新調、できないしね!」

 叫ぶように言ったスカーエフはハンドアックスを握る右手を上げて、待機している部下に指示を出した。すると、部下連中は腰のサーベルを引き抜き、アギトを囲む様に半円の陣を組み、囲う。アギトの背後はアジト唯一の出入り口である。

 だが、アギトは一歩踏み出した。すると、アギトのその意思を示すかの如く、背後の扉はやけに古典的な動作で閉まった。

 ガタン、という何かが落ちる様な音と同時、扉は完全に閉まる。どこかでシステムの操作でもしているのか、鍵が掛かる錠前が落ちる音も聞こえた。落ちると同時、アギトの肩からサーベルが落とされる。だらしなくぶら下げられるように握られたサーベルは振り子の様に揺れている。

 そして何故か――アギトはサーベルを落とした。今現在の、アギトの唯一の武器であるアマゾネス部隊から奪ったサーベルを、アギトは手放したのだ。サーベルが床に落ち、カランカランという甲高い金属音を立てながら何回か跳ねた。

 その場にいた全員が、その光景に驚き、驚愕した。

 はぁ、という嘆息めいたアギトの溜息が人々に反響して辺りに響く。

「な、何かな? 白旗振ってるつもり?」

 暫くして、理由不明の冷や汗を垂れ流しながらスカーエフは首を傾げた。スカーエフこそそんな動作を見せたが、全員がそうしたかったはずである。 が、アギトはスカーエフの問いに対して首を横に振る。して、アギトは視線を上げ、人ごみの中央に立つスカーエフへと向ける。

 眉間に皺を寄せ、気だるそうにアギトは両手を挙げて、

「白旗――、」が、すぐに手を落として、「――振るような人間に見えるか? 違う、俺は今から、お前達に『脅しを掛ける』んだ」

 言い終えたアギトは、先の溜息と動揺である溜息で言葉を締めくくった。

 アギトのその仕草、態度、雰囲気に辺りは喧騒を浮かべた。アマゾネス部隊の連中は攻撃の勢いを殺し、ただ、騒然としている。

「何を言ってるんだい?」

 スカーエフですら、アギトが発する謎の威圧に気圧され、その場、その時、一歩たりとも踏み出すことは叶わなかった。右手に握るエルダのアクセスキー、ハンドアックスはわなわなと、今すぐにでも切りかかりたいと震えるが、どうしても、そうはいかなかった。

 アギトからはアマゾネス部隊をも超える、歴戦によって勝ち得た威圧が放たれていた。本物の殺し屋と遭遇した時に感じる殺気、恐ろしく強い強者と遭遇した時の殺気、と、それは似ていたかもしれない。

 アギトが一つ、溜息を落すと喧騒が蔓延っていた辺りは一瞬にして、静謐さを生んだ。

 宣言した上で、敵という立場である相手を脅す。それは、どんなに難しい事か――、

「見せてやるよ。格の違いをな」

 言って、吐き出して、アギトは聞き手である右手を、ただ横に伸ばした。

 すると、アギトの広げた右の掌に光の粒子が収束し始めた。

 と、同時、アギトの手中に巨大な鎌が、出現したのだ。巨大過ぎる刃の両側面に貼り付けられた紫色に淀む瞳、ギョロリと動き、眼前に広がるアマゾネス部隊の連中を睨む。それは、言わずもがな、アヤナのアクセスキーである。

 が、それがアヤナのアクセスキーだという事を連中は知りえない。だから当然、アクセスキーを奪われたアギトが、もう一つのアクセスキーを保持していた、と思いこませる事になったのだ。

 スカーエフは二つもアクセスキーを扱いきれはしない、と側近であるアイリンにアギトから奪ったアクセスキーを渡したくらいだ。その驚愕は、途方にくれる程のモノだった。

「ま、まさか……二つの鍵を……」

 スカーエフから、笑顔が消えた。

 アギトはそれを確認すると、肩へとアクセスキーを担ぎ、大そう気だるそうにして、吐き出す。

「そっちは数いるみたいだが……、俺にとっちゃ大した数には見えないな」

 して、アギトは逆に、笑ってやる。得意げに、嘲る様に笑んで、

「やるなら、やってやる。だが、俺の道を邪魔したんだ。死人が出ても後悔するなよ? 俺はヒーローじゃねぇんだ。邪魔するなら殺す」

 コイツでな、と言って、担いだアクセスキーで肩を数回叩く。

 

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