6.女尊男卑の国―2
「そうか……、成る程な……考えてみれば使えるスキルだな」
言いながら、ホープはアクセスキーを刀の状態、柄の状態と何回か変化させて様子を見ている。初めて玩具を手にした子どもの様な好奇心を感じさせた。その光景を背後に展開する部下達も興味深そうに眺めていた。注視される事も厭わず、ホープはその行為を暫く続けた。
(なんとか、なったか……?)
アギトは安堵の溜息を吐き出す。
やはり、ホープ達ではアクセスキー『マルチウェポン』の能力には気付けない様だ。もとより、そんな武器は存在しないとされ、その認知すら薄い世情である。口頭で教えでもしなければ、ホープ達は絶対にそのスキルに気付く事はないだろう。
だが、安心するにはまだ早い。
「どうするの? 君。アクセスキー奪われちゃったよ?」
アギトの隣に立つエルダはホープ達に気付かれないよう、視線を連中に固定したまま、小声で言う。そうだ、アクセスキーを取り返す事は未だなしえていないのだ。
「どうするって……とりあえずは敵様が去るのを待つしかないだろ……」
すんなりと言ってのけるアギトだが、苦渋の耐久をしているのは間違いない。今すぐにでもアクセスキー、そして、アヤナを取り戻し、エルダの願いまで叶えたいくらいにアギトは思っている。だが、そこにもどかしいばかりの障害が立ちふさがっているのだ。
「くっそ……」
言ったアギトは、そこで悔しさを噛み締める。自身はあまりに無力だ、と苛んでしまうかと思った程である。
そこで、アクセスキーを弄くり回して満足したホープの言葉が投げかけられる。
「さぁて、鍵は手に入れた事だ。……後の邪魔をされんがため……、葬れ」
ホープの言葉、指示に背後に展開していた部下達が地を揺らさんとするばかりの足音を並べながら、ホープの前へと出た。出た、当然と言わんばかりに腰にぶら下げていたサーベルを引き抜く。
仮に、殺されてしまえば――ランダムの、機械共が乱数を含めた演算で算出した位置に再出現させられる。そうなってしまうと――厄介だ。それに、リポップするまでに時間を奪われてしまう。そうなれば――アヤナの命の保障はない。敵の手中にはアクセスキーは二つ。いや、囚われたアヤナのそれを含めれば三つだ。アヤナもアクセスキー保持者である。きっと、アクセスキーを奪われるだろう。そうなると、アマゾネス部隊の手中にはアクセスキーが三つある、という事となる。それは、脅威以外の何物でもない。フレギオールの宗教団体が可愛く見えてしまう程に、恐ろしい部隊とアマゾネス部隊はなるだろう。
(……最悪だな)
アギトは心中で吐き捨てながら、敵を睨む。自ずとエルダを庇う様に前に出たのは宿痾なのかもしれない。
殺伐とした空気が通りを吹き抜けを抜ける様にして流れ過ぎる。アマゾネス部隊の襲来に気付いた民間人達は奴隷を連れてすれでに自宅や建物内へと引き払っているのか、姿形を一切見せない。この一帯にはただ、この辛辣で殺伐とした空気だけが張詰め、支配する。している。
「私も戦うよ」
言いながら、アギトの背後にいたエルダが前へと踏み出し、アギトの横へと並んだ。して、互いを見合す。互いとも武器はない。そして、眼前には全員が武器を構える二○名はいるかという団体だ。
だが、二人とも諦める気はなかった。
ここを、この危機を乗り越えるだけの覚悟は当然、あった。ないはずがない。
「ふん、さらばだ。黒いの。エルダ部隊長よ」
場は部下に任せる気なのか、ホープは言い残すと、それを別れの合図として踵を返し、部下の隙間を抜けて颯爽と去ってしまった。
「いくぞ!!」
敵連中が完全に詰め寄るよりも前、アギトは合図の一言を吐き出す。と、同時。まるで打ち合わせしていたかの様な丁度のタイミングでアギトとエルダは疾駆した。その姿だけ見ると、アヤナよりもアギトと息を合わせている様に思えた。して、左右に展開する二人、広がる二○人のを二つの隊に分断するかの如く、アギトは右に、エルダは右へと突っ込んだ。
同時、二人に無数の攻撃が降りかかる。だが、二人とも歴戦の勇者である。アギトはエルドラド大陸最強の傭兵として生きてきて、エルダはアマゾネス部隊、戦闘部隊長として活躍していた。そんな二人相手に――一般兵士ごときが、数になろうと叶う訳がないのだ。
互いとも、攻撃を容易く避けて、そのまま急先鋒となって敵兵からサーベルを奪い取った。そこからは、二人の時間だ。サーベルの刃が動きに合わせて場を舞い踊る。次々と敵を屠り、いずれは攻撃をかわす必要がないまでに乱舞する。
それはまるで、舞踏だった。もともと剣術があるアギトに、過去にサーベルを使って慣れていたエルダの、二人の五月雨の様な攻撃は恐ろしい程に可憐で、美しかった。弧を描く刃の軌跡は辿れば円になり、その間で敵を一人ならず、二人、三人と葬っていく。
舞う二人を光の粒子が包み込むようにして舞い上がる。
そして、粒子の最後の一つがシャボン玉の様に儚く消滅した時、戦いは終わる。
ザン、という足が地を穿つ音が終止符となった。
アギト、エルダともに最後の一人を屠ったタイミングまでもが一緒だった。
「強いじゃねぇかよ。エルダ……」
戦いを終えたアギトはサーベルを一応の武器とするためにロングコートのベルトに引っ掛けて、エルダに驚いたと言わんばかりの表情を素直に向けて言う。
「そんな事ないよ。それよりも、君の強さに驚いた……。一体何者だっての?」
「いや、俺の事はいい」アギトはそこで取り繕うように咳払いして言う。「エルダ、その強さならアクセスキーを手にして十分に戦えるじゃねぇか」
アギトはエルダとの先の会話を思い出して言ったのだ。エルダは奪われたアクセスキーを取り返すのではなく、自身では使うに値しないから、誰の手にも渡らないように破壊してくれ、と。だが、今のエルダの戦闘を見ればそんな事はない、と一喝出来る。それほどに、エルダの動きは素晴らしかったのだ。
だが、エルダは首を横に振るう。
「私はそんなんじゃ……、それに、まず、自分の力で取り返せない時点で私には力がない」
言い切ったエルダの表情は、悲しげに俯いていた。奪ったサーベルを落す様に投げ捨てるその姿は、確かに戦いに身を置く意欲を見せなかった。




