6.女尊男卑の国―1
そんなアギトに宣告するかの如く、ホープは冷酷な視線をアギトへと突き刺して、吐き出した。
「エルダの店の経営権利を剥奪してやろう」
「そんな事で引きはしないって!」
言葉にはエルダが返した。アギトでは応えにくいと察して、エルダは反射的に声を上げたのだろう。実際、アギトは今のホープの声に返す言葉を持っていなかった。
だが、ホープはエルダの一言を容易く、視線だけで退けて、アギトへと視線を固定する。
「では、それプラスで、だ」
言ったホープは顎で後部に広がる部下達に指示を出す。と、部下の一人が前へと出てきて、空中投影モニターを展開する。それは既に可視状態へと設定されていて、アギト達にもその画面が見せられる。して、アギトは気付いた。
「その写真……どこで撮りやがった……!!」
アギト達の前に提示されているそれは――アヤナの写真だ。どこか室内で、椅子に座っている。フーディローブで全貌は隠されているが、確かに、アヤナだった。エルダは隣で自体が把握できず、困惑している様だが、一方でアギトは糸切り歯を剥き出しにして、忌々しげに歯を食いしばり、冷や汗までかいている。そんな姿を晒しながら、ホープを威嚇する。
「アヤナに何する気だってんだコラ……」
そんなアギトだが、踏み出すには至れなかった。アヤナが今、何処に居て、どんな状況にあってか、アギトは把握していない。もしかすると、アヤナは既にアマゾネス部隊に捕まってしまっていて、ホープの言葉一つで殺されてしまう状況下にいるのかもしれない。だから、アギトは震える怒りを抑えて、そこに自制し、踏みとどまっていたのだ。
そんなアギトに、ホープの側近を務めるエルモアが告げる。
「その白いのは既に我が手中にある。白いのから、貴様を訪ねてひょこひょこと歩いて来た」
(あのバカが……)
アヤナはどうやら、アギトがアマゾネス部隊に拉致された情報を得て、アマゾネス部隊を尋ねたのだろう。だが、アギトの事、アクセスキーの事があって、アヤナはそのまま、女性という立場をも無視されて拘束されてしまったのだろう。今、ホープ、スカーエフのいざこざがアマゾネス部隊の中で広がっている。単純に、タイミングが悪かった、という事もある。
アギトを追い詰めるかの如く、エルモアは続ける。
「察してはいるだろうが、今、ホープの一言で彼女をどうとでも出来る状態にある。殺す寸前まで拷問を繰り返す事も出来るが――何せ今、アマゾネス部隊には『鍵』がある。彼女を殺す事は、容易いだろう」
「ほざけ! お前達は仲間割れしてんだろうが!」
アギトはエルダから聞いた事を思い出して、叫ぶ。だが、エルモアどころかホープですらその話しには乗らない。何故か。
「今は停戦中だ。このまま行けば、そのまま終戦へと向かうだろう」
ホープは自信満々に応えた。その視線が、笑んでいる様に見えたのは、きっと気のせいではない。続けて、「今、アクセスキーを持つスカーネフは我が配下にあり、その白いのを眼前に控えている」
それは、悪い意味で嘘偽りの欠片もない、言葉だった。
「くっそ……卑怯な真似しやがって……」
アギトはその言葉で、更に動きを制される事となった。
「アヤナさん……、って、さっき話してた弟子みたいな子、の事?」
隣のエルダが声を殺して問う。返って来るのは視線すら向けられない首肯。聞いて、エルダはアギトがそこまで怒りを露にしている事に納得した。
「本当! なんて卑怯な真似。ホープ! 鍵によってアマゾネスのあり方を忘れたのか!!」
アギトの隣でエルダが怒りの声を上げる。ガンマの国そのものを示す様な女尊男卑にすら拒否感を示すエルダだ。誇りを持っている。
「黙れ。部隊長を務めながら逃げ去った貴様がどうこう言う問題ではないだろう」
それに対したのはホープではなく、エルモアだ。声色を聞くと、その間に私情が挟まれている様に聞こえた。
「私の鍵も奪っといてよく言えるね! 今のアマゾネス部隊はもう、昔みたいにまともではないじゃんか」
「それは貴女の視点での物言いだ」
エルモアとエルダが言い合う。
そして、
「アヤナに何かしてみろ……殺すぞ」
「それは黒いの、お前次第だが」
アギト、ホープも互いに睨み合い、威嚇し合い、言い合う。
「いいから、これの使い方を教えろ! さもなくば白いのは死ぬ直前まで武器という武器で弄ばれた上、死ぬ事になるぞ!」
「ッ……。くっそ……」
して、アギトは視線を僅かに動かしてホープが持つ、自身のアクセスキーを睨む。あれさえ奪い返してしまえば、なんとかなるかもしれない、そう、思って。
だが、どちらにせよアヤナが連中の手中にいる可能性はある。アクセスキーをこの場で取り返したとて、むやみやたらに抵抗は出来ない。
「……分かった」
だからアギトは頷くしかなかった。元老院からアヤナを預かっている身だ。それに、自身と共に行動し、弟子、そして相棒としてアヤナを見てきたアギト。絶対に、こんなところで――ましてや戦いにだけ重きを置いてきた自身より先に――死なせる訳にはいかない。アギトはそう決めている。
が、ここで一つ問題があった。
アギトのアクセスキーは名を『マルチウェポン』という。その名の通り、様々な武器の力を持つ、武器だ。刀になれば、槍にも、斧にも、また、特殊な力をもった特殊な形態を取る特殊な武器の姿も持つ。それは――強大な力だ。この世界ディヴァイドの中で、最も強い剣といえる。その力全てを暴露してしまえば――これから先、厄介な事になるのは容易く想定出来る。
が、運良く、ホープ達はアヤナに気付きはしても、アクセスキーのそのスキルを把握してはいないようだ。
だからアギトは、一つだけ、漏らす。
「刀のイメージをしろ。日本刀なんかが分かりやすい。そうしてアクセスキー、その、柄から刃が生み出されるようなイメージをして……振ってみろ」
アギトの言葉に促されるがまま――ホープはアクセスキーを軽く振るった。すると、アクセスキーは柄の形から、刀の形へと多彩なエフェクトをばら撒きながら変化した。
刀へと突如として変化した事で、周囲からは歓声に似た声が上がる。隣にいるアギトの味方とした立つエルダでさえ、その光景には目を見開き、感動の溜息を漏らすしかなかった。
手中に収まらなくなった刀状のアクセスキーを舐める様に眺めた後、ホープは視線をアギトへと戻して問う。
「スキルは?」
アギトは一瞬の間も空けずに応える。
「絶対に、何をしても、折れない、だ」
嘘だ。アギトは何一つとして、彼女らに真実を教えるつもりはなかった。




