6.女尊男卑の国
6.女尊男卑の国
「そういえば、エルダは奴隷を持っていないのか? 男の姿が見えないが」
アギトはエルダのカフェの中を見渡して吐き出した。現在、件の話を終えてエルダのカフェを一人、借りているアギトはそれに気付いて言ったのだ。
そんな問いにエルダは呆れたような溜息を吐き出して、やれやれ、と応える。
「私はね、最初から女尊男卑には賛成しかねているの。もともと、私はただ、戦士としてアマゾネス部隊に入っただけだからね」言い切ったエルダは、それに、と言葉を続ける。「私はこの女尊男卑の風習は異常だと思ってる。確かに、世界には男尊女卑の色が強い国もそれなりにある、でも、どこも理解できる範囲での事であって、性別で奴隷を作ろうなんて国はディヴァイド内にはないでしょ。やりすぎ。この国も、アマゾネス部隊もね」
言いながらエルダはキッチンからトレーを持ってエプロン姿で出てきた。トレーの上には二つのティーカップと二つのパウンドケーキが乗せられている。エルダは規則的且つ、慣れた足取りでアギトの座るテーブル席へと来て、トレーをテーブルに置き、アギトと向かい合う位置に腰を落ち着かせる。
向かい合ったエルダは肘を卓上に置いて、掌に顎を乗せて嘆息。尾を引くような長い溜息にアギトはふざけて突っ込む。
「溜息と一緒に幸せが逃げるなんて話がるんだぜ?」
「永遠の世界ディヴァイドで、溜息一つで人生が決まるってならもう私は不幸の固まりだって。ま、エラーが出てからは人生一度、なんて辞書でも引かないと聞く事がないような言葉を本気にしてる性質だけどね」
「それを止めようとしてるのが俺だっての」
「そうだね。うん。君が羨ましいよ。私も戦って、いや、人のために戦いたい。こうやって街中でのんびりカフェ運営してるのも楽しいけどね、でも、折角歳を取らない世界に生きてるんだから……、動きたいね」
「気持ちはわからんでもねぇよ」
そして互いに一杯啜る。エルダはそのままパウンドケーキにフォークを落とし、小さく切ったその破片を口元へと運ぶ。アギトはその眼前での光景を視線で追う。と、口元まできたところでケーキは止まった。アギトが視線を上げると、エルダと目が合う。
「何か?」
「そんな見られてたら食べづらいじゃん。君も食べなよ」
言いながら、やっとケーキを口に入れて咀嚼し始めるエルダ。エルダに進められたまま、アギトは同じようにしてケーキを一口、食べた。
その光景を異様にエルダは見詰めていたが、仕返しのつもりか、とアギトは特別気にせず普通に咀嚼し始めた。すると、エルダは不満げに表情を膨らませたのだった。
「つまんないのー」
「ハハッ、可愛げなくて悪かったな」
「もう! ったく、君って本当に、不思議だよね」
言ったエルダの表情はやんわりとした雰囲気を纏う。そんなエルダを不思議そうに見詰めながらアギトは返す。
「ずっと戦場にいたんだ。そして、今もな。普通の生活なんて憶えてねぇんだよ。そりゃ不思議にも見えるわ」
アギトの声にエルダは首を横に振るう。
「違うよ。そんな意味じゃなくって」
「じゃあ何だってんだ?」
「なんかこう……今までに会った事ないタイプの人だなってさ」
言うエルダは窓の外へとなんとなく視線を眺めた。ただちょっと、ちょっとだけ、何か――恥ずかしさに似た何か――を紛らわそうとした、特別意味のない仕草、行為であった。だが、そんなエルダのなにげない仕草が、二人に警告の鐘を鳴らした。
「アギト!」
エルダは外を見るやいなや、立ち上がり、アギトの注意を引いた。
なんだ、とアギトがエルダの焦燥感の感じられる視線を辿る様にして窓の外へと視線を向けたその時だ。
派手な破壊音とエフェクトが飛散したと同時――通りに面する、外の景色を一瞥できる巨大な窓が、豪華にに砕け散った。砕けた窓の破片は店内へと降り注ぐ。
「ッ、」
アギトは瞬時に反射し、立ち上がる。眼前のケーキや紅茶が乗せられたテーブルを蹴り飛ばし、アギトとエルダの間にあった障害を排除する。して、アギトはエルダを守るように背を窓際へと向けて、ロングコートを広げて盾になり、エルダを守った。
背中には砕けた無数の破片が勢い良くぶつかる衝撃が広がるが、コートが厚手だったためか、アギトのその身に突き刺さる事にはならなかった。
やっと窓の破片が落ち着いて、視界中で砕け散った窓の破片が光の粒子となって消えていくのを見ながら、やっと、アギトは立ち上がった。エルダの手を引いて、エルダも立ち上がらせる。
「悪かったな」
「え、あ、う、ううん。助かったよ……ありがとう」
突然の出来事の呆然としながらも、なんとか言葉を漏らすエルダ。その表情が照れからか、僅かに赤らんでいる事にアギトは目もくれず、漆黒のロングコートを翻しながら振り向く。アギトの視線の先は窓を失い、窓枠だけとなったその向こうだ。
「……ホープ、だな」
アギトの表情は怒りで歪に歪む。アギトの鋭利な視線が捉えるは屹立し、アギト達を俯瞰するホープと、数名の部下。そしてホープの横には側近のエルモアがいるが、アギトにすれば部下の一人としか見えない。
「ホープ! 何してくれたの!」
ホープの存在に気付いて、エルダがアギトの横に並んで叫んだ。だが、ホープはエルダに一瞥くれるのみで、すぐに視線をアギトへと戻す。して、怜悧さの感じられる声で唄う。
「正面から入ってすんなり入れてくれるってならそうしたさ。して、黒いの。貴様にようが合って私は来た。素直に質問に問うなれば窓の保障くらいはしよう」
「ハッ、ふっざけんな。こちとら窓くらいどうにかできるくらいの金はあんだよ! とっととアクセスキー返しやがれ。どうせ取りにいうつもりだったんだ。今、返さないってなら、無理矢理にでも取り返す」
アギトは糸切り歯をむき出しにして威嚇する、が、ホープは応じないとでも言わんばかりに反応を見せない。アギトの「アクセスキー返還以外には応じない」という心中を察しながらも、ホープは冷淡に言ってのける。
「これの使い方を教えろ」
言ったホープはアギトのモノである、マルチウェポン――柄状のアクセスキーを掲げた。
「言っただろ。『お前等程度の力量じゃ使いこなせねぇ』ってな」
「付け上がるなよ、黒いの。貴様が逆らえば、終いだぞ」
「何が終いだってんだ……?」
突如として吐かれた意味深な言葉にアギトは思わず眉を顰めた。




