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5.理想郷へ―14


 して、アギトはそのままカフェへと連れ込まれた。入り口を越える際にアギトは『エルダ・スパーニャ』という看板を確認していた。入ると、中にいた女性客一同の視線がドッと集まった。見れば奴隷を引き連れている数名も見えるが、その配下にある奴隷一同もがアギトの突然の出現に驚いたようだった。

「エルダ! 何々? 新しい奴隷でも仕入れたの?」

 常連と思われるやたらと慣れなれしい女性がアギトの手を引く――エルダ、へとからかう様な声を掛けるが、

「お金はいいから、全員ごめん! 今日は閉店だから帰って!」

 と、アギトを引きつれて店の奥へと向かいながら流れるような言葉を発したのだった。背後に無数の視線と沸き立つ喧騒を感じながら、アギトはエルダに手を引かれ、店の奥へと足を踏み入れるのだった。して、アギトがやっと落ち着けたのは、店の奥で繋がっているエルダの自宅だ。リビングまで引きずられ、アギトはそこでやっと、落ち着けたのだった。来た通路の奥からは徐々に物音が消えていく。居た客がエルダの言葉に従い、店を去っていく音だろうか。

「そこに座って頂戴」

「あん? ……おうよ」

 エルダの指示のままに、アギトはリビングにあるテーブルセットの片側の椅子に腰を下ろす。見渡せば、アルカディア大陸特有の近未来的デザインの室内が視界一杯に広がる。真っ白な壁に這う幾何学的紋様が妙に浮き立って見えて、印象的だった。

 エルダはリビングから見えるオープンキッチンで何かゴソゴソとした後、ティーカップを二つもってアギトの前、向かい合うように座ったのだった。

 腰を下ろしたエルダはティーカップをアギトへと差し出して、流し目の様な視線をアギトに突きつけたまま、話しだした。

「急に引っ張ってきちゃってごめんなさいね」

「別に、気にしてないし気にすんなよ」

 一応に警戒しながら、アギトは応える。眼前のエルダに対してアマゾネス部隊と接触した時の様な不安、戦闘時の張詰めた緊張感を感じる事はなかったが、それでも、アギトは念を押して、探るような姿勢を保ったのだ。

「アハハ、そんな警戒しなくていいよ」

 エルダは気楽に、笑いながら応えて、

「私はエルダ。よろしくね」

 テーブルを越えて右手を伸ばし、アギトへと握手を求めた。一瞬、訝る様な表情を向けつつも、アギトは同様に右手を伸ばして握手を交わす。交わして――気付いた。

「戦士の手だ」

 ただ一言置いて、エルダを見上げる。その視線の意味に気付いたのか、エルダは機微な微笑を見せて、微笑みを浮かべながら、僅かに戸惑ったような仕草をみせて申し訳なさそうに応える。

「そう。やっぱり君みたいな強い人にはわかっちゃうもんなんだねー」して、何かに吹っ切れたかの如くエルダは表情に明るみを持たせて、アギトとしっかり視線を重ね、「私はね、『元』アマゾネス部隊なの」申告した。

「やっぱりな、なんとなく雰囲気は察してた」

 アギトは素直に応える。エルダを一目見て、アマゾネス部隊特有の雰囲気を感じ取っていたのだ。

「で、なんで俺を引っ張り出してきた?」

 差し出されたティーカップに注がれた紅茶を一口飲み干し、アギトは問う。するとエルダはその問いに動揺する仕草も見せず、僅かに前に身を乗り出して、甘い吐息をアギトに吹きかける。

「お願いを、したいと思ったの」

「お願い?」

「そう、お願い。ほら、君はついさっき、アマゾネス部隊一○人を蹴散らしたばかりじゃない? だから、その強さを見込んでのお願い」

「……何だよ?」

 訝りながらも、アギトは聞いてやる。その姿勢からアギトの善意を享受したエルダを元の位置に身を戻して、話を進める。

「さっき言った通り、私は元アマゾネス部隊。アマゾネス部隊にいる、という事はガンマでは最高位にいるも同等と言えるのね。じゃ、なんでアマゾネス部隊を抜けたかって話しになるんだけど……、私は『鍵』を持っててね、」

「アクセスキーか」

 アギトはそこで話しの進み具合を良くしてやろうと言葉を挟んだ。すると、眼前のエルダは驚愕の表情を一瞬浮かべて、冷静さを取り戻した後、首肯。

「もしかして……、君もフレミアからアクセスキーを託されたアクセスキー所有者?」

 アギトは首肯で返す。

「そうだ。それに俺はアギトだ。自己紹介が遅れて申し訳ないな」

「あ、いや。気にしないで。それに、話しが簡単になって助かる」

 そこでエルダは一瞬の沈黙。溜息を吐き出して、ならば、と言い続ける。

「私はある日、フレミアと接触して、アクセスキーを手に入れた。でも、奪われた」

「奪われた?」

「そう。アマゾネス部隊の幹部にね」

「成る程」

 一度、ホープと接触し、「ホープは鍵を持っていない」という事実を聞いたアギトは話しの先をある程度予測出来た。思考しながら話しの続きに耳を傾ける。

「当然私は抵抗した。私が託されて、エラーを閉じるんだ! ってね。でも、私より立場が上だった幹部――スカーネフは拒んだ。そして、その地位が誇る権力を振るって、私を追い詰めたの。だからアマゾネ部隊を辞めるしかなかった。で、そんな事情があっての頼みごとなんだけど……、」

 アギトは言葉を待つ姿勢でいる。見れば、先程まで僅かな年上っぽさを醸し出していたエルダの表情が曇っている。本当に、悩み、苦悩しているのだろうな、と容易く予測できる表情にアギトは口頭で断る気にはとてもじゃないがなれなかった。

「アマゾネス部隊から、私のアクセスキーを……、奪って欲しいの」

「取り返せってこったな」

 アギトは理解して応える。だが、エルダは何故かそこで首を横に振って否定の色を見せた。そんなエルダにアギトは疑問を呈する。と、エルダは表情を上げ、アギトを見据えてただ、告げるように吐き出した。

「違う。破壊して欲しいの」

 言い切った。それは、覚悟の決まった、肝の据わっている言葉だった。そんな言葉にアギトは思わず辟易してしまいそうだった。まるで、死を覚悟した人間の前でその壮観な思考をぶつけられたかの様な、そんな不思議な気圧され方をした。

「なんで、壊す必要があるんだ?」

 問うた。

「私はもう、アクセスキーを使える程、戦闘していないから。今更、戦闘から大分離れて訓練してもいない私がアクセスキーを握ってエラーを閉じて回ろうとしても、きっと何も出来ないから。だから、誰の手にも渡らないように、壊して欲しいの」

 見れば、エルダの懇願する様な瞳を捉える。先程まで年功を感じて、見上げるような気持ちでいたアギト。だが今は、その立場が逆転して、エルダを見下ろしているような感覚を得ていた。

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