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5.理想郷へ―13

 アギトが見たのは通路に規則的に配置される窓だ。鉄格子が外側にはめられてはいるが、サーベルで乗り越えられるとアギトは踏んだ。

 武器のスキルはそれぞれ、系統によって大まかな種類が分けられる。当然、個々のオリジナルがあるが、握ってみれば検討も付くモノだ。そして、サーベルは『切れ味』のスキルが付属している場合が多いのだ。片刃の剣は切れ味がモノを言う。サーベルもその例外には漏れない。アギトは奪い取ったサーベルを握って、ソレだ、と感じたのだ。

 拳を振るい、アギトは針金入りの窓に拳を叩き付けた。アギトの鍛えられた拳は容易く窓を叩き割る。拳をいためる事なく、窓を砕いたアギトはそのままサーベルを構える。して、振り切る。刃を受けた鉄柵は綺麗に斬れる。そのままアギトは飛躍。足から切れ込みを入れられた鉄柵へと突っ込んだ。アギトのブーツの底に打を食らわせられた鉄柵は容易く吹き飛んだ。ゴチャゴチャした金属音を立てながら鉄柵は散らばる。後、光の粒子となってそれは消滅し、オブジャクトだったモノ、となる。

 アギトはその勢いのまま外へと着地した。外は運良く、この監獄の外壁の手前であった。アギトはそのまま跳躍、壁を一度蹴り、二段階の跳躍を見せてアギトは外壁を乗り越える事に成功したのだった。外壁の向こうではアギトを追ってきたアマゾネス部隊連中の嬌声に似た声が拡散されていた。




「ハァ、ハァ、ハァ……」

 アギトは珍しく全力疾走していた。そうして辿り着いた先は、ガンマの街だ。やはり、見渡して見ても周りは女性ばかり。いや、男性の姿も見えるが、彼等の全ては襤褸を纏った奴隷ばかり。アギトの様に自由にしている身のモノは誰一人としていない。

 当然、そんなアギトには視線が集中する。女性のも、奴隷のも、だ。

 漆黒のロングコートがアギトの乱れる呼吸によって僅かに靡く。その姿、揺れの全ては周りの視線を集める理由である。

 アギトは辺りを一瞥して、

「くっそ……。どうする!?」

 アヤナの姿でもあれば、と淡い期待も抱くが、そんな偶然は起き得ない。アギトの視線の先では字驚いた様な女性の姿がやたら目に付く。町並みはどことも大して変わらない。アルカディア大陸特有の近未来的デザインの町並みが並んでいる。強いて言うなればそこは田舎の商店街の様な雰囲気がある、という事のみ。客引きも居れば、和気藹々とした雰囲気が感じ取れるカフェなんかの形も見える。

「いたぞ! こっちだ!」

 そんな中で、アマゾネス部隊が追いついてきてしまった。アギトが脱走したのは明瞭だった。アマゾネス部隊もすぐに監獄を出て追いかけてきたのだろう。

「チッ……、早いっての!」

 振り返り、忌々しげに吐き捨ててアギトは手に持つサーベルを構え直した。汗ばんだ手がやけにアギトを焦らせた。が、アギトはその程度の事で負けやしない。

 振り返れば、アマゾネス部隊の連中一○名の姿が見える。全員が既にサーベルを引き抜いていて、アギトに襲い掛かる気が大袈裟に見える。アマゾネス部隊の連中の出現に驚いたのか、周囲に居た人間達、奴隷も、悲鳴を上げる。道の隅に掃き寄せられるように非難し、全員が怯える。奴隷の怯え方が異常ではあったが、アマゾネス部隊に集中しているアギトはそこにまで気付かなかった。

「よし、かかってこいよッ!!」

 息を整えたアギトは向かって来るアマゾネス部隊連中に向かって疾駆した。

 ――して、アギトは数秒の時間のみで決着をつけたのだった。アギトの手腕は武器の変更程度では衰えやしなかった。華麗に勝利したアギトを飾るかの様に蹴散らしたアマゾネス部隊一○名の死んだ証、光の粒子が舞っていた。

「ふぅ、」アギトは安堵の溜息を吐き出して、「アヤナはどこにいるってんだ……」呆れた。

 アヤナは真っ直ぐにガンマへと向かってきていたはずだ。移動手段の違いこそあれど、アギトが捕まっていた時間を考えればとおに到着していても不思議ではない。

「ったく、」吐き捨てて、アギトは辺りを見渡す。と、異常な光景を目の当たりにした。それは、会っても不思議ではない光景が、なかった、という光景。男性であるアギトがこのガンマを支配するアマゾネス部隊を蹴散らしたのだ。だから当然の如く、奴隷(男性)は活気付くかと思いもした。だが、今の事件が終わると同時、奴隷共はそそくさと自身各々の仕事へと戻っていったのだった。

「なんだよ、くっそ。気がのらねぇなぁ……」

 アギトはそんな光景を見て、呆れて嘆息まで吐き出したのだった。

 見れば、女性一同は未だ驚愕したような表情をしている。やはり、男が女性をいなした、というガンマではありえないであろう光景に驚愕、焦燥を隠せないのだろう。アギトが視線を彼女達へと向けると、彼女達は自然と、抵抗あるといわんばかりに、関わるな、と言わんばかりに視線を逸らした。

 ――が、そんな中でただ一人、アギトから視線を逃さない女性がいた。アギトの意識の隅に張り付いた、何か雰囲気の良いカフェの前に立つ女性だ。エプロンをしている辺り、そこの店員だと見える。

「ん?」

 アギトは疑問を口内で溶かしながら、その女性に視線を重ねたまま静止する。アギトの訝る様な表情はやたらと鋭利で、思わず身を引いてしまいそうになるが、その女性は視線を逸らそうとはしなかった。アギトと視線を交わし、重ね続け、そして――近づいて来た。エプロンをしたまま、彼女は近づいて来る。近づいて来る、と、遠目に見えていた彼女の全貌が露になる。

 スタイルは良い。その姿はアマゾネス部隊にいてもおかしくない程には見える。身長は高い。アギト程度にはあるだろう。表情は凛々しく、ヨーロッパ風であるように見える。高い鼻梁に掘りの深い眼窩が印象的だ。背中まで伸びたポニーテールは艶めかしさを醸し出しながらも、おしゃれな茶色に染まり上がっている。

 彼女の行動が異常なのだと、周りの光景を見れば明瞭である。女性一同、アギトへと近づこうとする彼女を見る目が異常なのだと気付く。

「アンだよ?」

 アギトは一応に警戒しながら、詰め寄るように近づいてきた女性に問う。一応に威嚇の視線を投げているが眼前の彼女は大して気にしていないようだ。

 そんな彼女は目を見開き、アギトの全身を舐める様に見回した後、静かに問う。

「君……ちょっと来て!」

 短い言葉の語尾が跳ね上がる。と、同時、女性はアギトの手を取って――走り出した。

「え? は? オイ!?」

 訳も分からずアギトは女性に引かれるがまま、歩幅を合わせて走る。この時、無理矢理に逃げなかったのは、アギトの心中の隅で、彼女がアマゾネス部隊の様な危険性を持っていないと気付いていたからかもしれない。

 して、アギトは彼女が運営するカフェへと連れ込まれたのだった。過ぎ去る突風の様な出来事に辺りは一瞬の静謐さを生み出したが、すぐに、喧騒へと代わった。なんで男が……? という言葉がやたらと広がり、辺りに浸透していた。

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