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5.理想郷へ―12


 アギトは大袈裟に表現する。当然、怒り、憤り、不満を、だ。立ち上がり、鉄柵へと詰め寄り、鋭利な表情を鉄柵越しに佇むホープの俯瞰する態度に噛み付く。

「ふっざけんなよ……大概にしやがれ……。俺にはアクセスキーでやらなきゃなんねぇ事があんだよ。ボケた頭取っ払ってとっとと返しやがれ。アレは、俺のだ。それにお前等程度の力量じゃ使いこなせねぇっての!」

 ガン、とアギトの頭突きが鉄柵を激しく揺らす。その音と衝撃にホープの護衛は思わず身を引くが、ホープばかりはそうはいかなかった。アギト自身、アギトのみの力では鉄柵を越えられないと確信でもしているのか、ニヤリと不気味な笑みで口角を吊り上げて、アギトへとその凛々しい表情を迫らせる。鉄柵がなければ互いに繋がってしまいそうな程の距離。だが、その間には険悪なモノしか存在しない。

「知るか。貴様の様な放浪者に使われるより、我がアマゾネスの使役となったほうがアクセスキーも幸せだろう」

 言い切ったホープはその甘美な吐息を鉄柵越しにアギトに吹きかけながら、不敵に笑んだ。どうせ貴様の手には余るとでも言わんばかりの、嘲るような、自信の満ち溢れた――悪の笑みだ。

 アギトは獲物を眼前に控えた猛獣の様に糸切り歯を剥き出しにし、ホープへと詰め寄る。だが、そのアギトを制するといわんばかりに鉄柵が邪魔をする。痺れを切らし、アギトが鉄柵の隙間から手を伸ばすが、ホープはただ身を揺らすという誰にでも出来てしまう容易な動きでそれを避けた。すぐに両脇に控えていた護衛がアギトの手に痛打を食らわそうと一歩迫る。危機を察したアギトは手を引っ込め、一歩分下がってホープを睨む。ホープの嘲笑がやららと瞼に焼きついたのだった。

「こいつは私直属の奴隷にする。拘束し、私の部屋まで引きずってこい」

 言ったホープは踵を返して、一人、通路の奥へと消えていく。牢獄の中に身を置かざるを得ない状態のアギトの視界からはすぐに外れた。

 残ったのは護衛二人と看守一人。三人とも鉄柵の前に並んだ。どうやら三人でアギトを拘束するつもりらしい。アギトの手にはアクセスキー、それどころか武器がない。だが、念を押して、という事なのだろう。いくら力があっても油断すれば隙が出来る。この様な慎重さがアマゾネスという戦闘部隊の強さに繋がっているのかもしれない。

 だが、アギトにも理はるのだった。

 アギトは今手元にアクセスキーを持っていない。それは、非武装という意味で欠点、ウィークポイントとなってしまうが、逆に言えば――人を殺さないで済む状態にあるのだ。それは、エラーという意味での、本当の意味での『死』に繋がる殺しだ。どうしてか、アギトのアクセスキーは人を殺す。それはまるで、エラーから出現したバケモノの刃の様にだ。だが、今、自身の肉体しかない今、それは叶わない。首を圧し折り殺そうとも、殺された相手はどこかでリポップするのだから。

 看守が鉄柵を弄り、開けようとする。アギトはその期を伺う。鉄柵を開けられない事だけがアギトにとってネックとなっていたのだ。そこが開けてさえしまえば――武器がなかろうが、アギトならばどうにでも出来る。エルドラド大陸最強の傭兵なのだ。武器のスキルのみが力ではない。

 そして、鉄柵の一部分、扉が開かれる。瞬間、アギトは疾駆した。低く構えた体勢から、爆発する様な瞬発力を発揮した。

 鉄柵を開けて侵入してきた連中の一人目に、アギトは足を振り上げ、そのまま突っ込んだ。胸元にアギトのブーツの底を叩き付けられた看守は突然のアギトの行動に反応しきれず、まともに攻撃を受けて大きく後方へと吹き飛んだ。その看守の身に続こうとしていたホープの護衛二人は押され、三人はそれこそ三つ巴の状態となり、アギトのいる牢獄の入り口から通路の壁まで連なる様に倒れた。

 その隙をアギトは逃さない。入り口付近に倒れこんだ護衛の一人を踏みつけながら通路へと出る。

 看守が起き上がり、サーベルを引き抜こうとするが、アギトは引き抜かれる直前のサーベルを蹴り飛ばし、続けざまに起き上がり掛けの看守の頬を嬲る様にして蹴り飛ばして、制した。蹴られた看守は勢い良く横に倒れながら、動かなくなった。光の粒子へと変換されないところを見ると、どうやら気絶に留まったようだ。

 気付けば、通路壁まで跳んだホープの護衛の一人がサーベルを抜き、振りかぶっていた。が、アギトはとおに動いている。動き出している。斜め上から降りかかる刃の軌跡を先に、途中で読み終える。どう振られ、どう墜ちるのか、アギトは経験から先読みを可能とした。

 アギトの身はひらりと動く。スッと滑るような動きには、最早影はなかった。

 護衛の右に出たアギトはそのまま、右の掌打を護衛の鎧に隠れていない、守られていない顎へと突き上げるように叩き込んだ。アギトの掌には硬い感触。だが、確かに打ち勝った感触。掌打をまともに受けてしまった護衛は上へと浮いてしまうかという程に、顔を上げた。強制的に吹き飛ばされる形となった頭は背骨を引き抜く様に引き上げ、護衛に相等な、見た目以上のダメージを確かに叩き込んだのだ。

 護衛の身体は一瞬、確かに持ち上がった。自制の聞かない動きを無理矢理にさせられた。そして、――墜ちる。彼女が落ち、床に衝突する音は何故か、大してアギトの心には残らなかったのだった。

 振り返ると、先に足場とした護衛の片割れが起き上がり、腰からサーベルを引き抜いた姿が見えた。

 反応、行動。当然、アギトは早かった。

 アギトが地を蹴ると同時、アギトの姿は既に護衛の眼前まで迫っていた。

 すぐ目の前で、護衛の表情が引きつる瞬間を目に焼き付けながら、無意識に吸い込む呼吸を確かに感じながら、アギトの両手は彼女がサーベルを持つ手に伸びた。両手で一本の手首を掴み、身ごとひねって、回転するようにして、アギトは彼女からサーベルを奪い取った。アギトの身体を捻るような奪い方があったからか、彼女の体躯は容易く揺さぶられ、よろめく。その間に、アギトはサーベルを構え直し、彼女の首を、跳ねた。斬り飛ばされた首は容易く、野球ボールよろしく飛び、天井にぶつかっておちるまでで、光の粒子となって飛散した。胴体も、膝を地に落とし、その全身を倒れさせるまでで、光の粒子へと還元させられ、消滅したのだった。

「貴様! 脱獄者だ!」

 ふとした時に、叫び声が聞こえてくる。焦燥感が感じられる辺り、この様な例は滅多に見られないのだな、とアギトは察する。聞こえた方へと目をやれば、そこは通路の奥だ。やはりこの通路には牢獄が並べられていて、それぞれに看守が付いている。声を上げたのは看守の一人だ。この通路の牢獄にはあまり人が収監されていないのか、看守の数も少なかったのだが、彼女の一声とアギトがそれなりの暴れを見せたせいで人が集まり始めていた。通路の奥、アギト挟んで反対側から、と溢れ返るような数のアマゾネス部隊連中が姿を見せ始めた。

 アギトの姿はどうみても男性で、漆黒のロングコートは尚の事目立つ。それに、足元には気絶したアマゾネスの姿だ。彼女達の判断は早かった。

「捕まえろ! 殺すな、拘束してホープさんの前に連れてくんだ!」

 どこからともなく声が上がる。

「チッ! 流石に場所も悪いし、数も多いっての!」

 アギトでもこの状況には聞きを感じたようだ。即座に辺りを一瞥して何か策はないかと探る。

 して――、

「そこかッ」

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