5.理想郷へ―11
「では皆さん、バスに乗り込んでください」
引きつった笑顔のガイドさんの声で、女性参加者一同はずらずらと連なってバスへと乗り込む。アギトはただ一人、その女色の人混みから一歩、いや、二歩三歩、それ以上離れてバスへと乗り込んだのだった。
「あぁくっそ。憂鬱だ」
「どうしてこうなった……」
アギトは一人、頭を抱えていた。ガンマへと辿り着く事は容易ではあった。当然だ。観光ツアーに参加したのだから。だから、ガンマへとはすんなり入れた。だが、自由時間と称される各自好きに行動しなさい、という時間になった瞬間、アギトはアマゾネス部隊にあっという間に囲まれ、見事に捕まってしまったのだった。身なりはそのままだ。だが、アクセスキーは珍しい武器か何かと勘違いされたのか、取上げられてしまい、アギトは武器を持たないまま鉄柵で作られた牢獄へと突っ込まれてしまったのだった。相手が――アマゾネス部隊だとはいえ――女性ばかりのせいで、アギトは反撃がままならず、アギトらしからぬ、間抜けな行動を取らざるを得なかったのだ。アクセスキーさえ手元にあれば、自身を取り囲む鉄柵など籬同然であるが、武器を持たない丸身のままではどうしようもない。
「はぁ」
先程から何回吐き出したかも分からない嘆息を吐き出してアギトは頭を抱えた。
アギトの入る牢獄はそれらしい建物――監獄にある。左右両脇、それに奥にも牢獄が並んでいるが、壁で隔てられているために誰かが入れられているか確認できない。もしかしたら誰もいないかもしれない。
アギトの知るここに入れられた人間の扱い。それは――奴隷。男を狩り、拉致し、奴隷へとしてガンマの糧とする。それが、女尊男卑の風習が強すぎるガンマでの道理。
(どうにかして脱出しないとな……)
表情を上げる。牢獄が並ぶ前には一本の通路が横に位置を取っている。そこを行ったり来たりで右往左往しているのはアマゾネス部隊の女だ。哨戒も兼ねているのか、その数は異様に多く感じた。そして、牢獄の左端に一人、監視がいる。アギトからの位置では確認できないが、恐らくは一つの牢獄の前に一人、置かれているのだろう。アマゾネス部隊は自信を誇りながらも、警戒を強めて隙を埋めている。長年それを続けているというなれば、それは素晴らしい部隊だといえよう。
アギトは一応に牢獄内を一瞥する。窓どころか飾りつけもなく、何か特殊な液体を固めた様な壁のみがアギトを囲んでいる。して、視線を戻したら縦に墜ちる鉄柵。アギトが抜ける隙間はない。それに、素手で壊せるモノとは言いえない。
「オイ、」
牢獄の前に待機するアマゾネスに声を掛けてみるが、反応はない。喋り掛けるな下賤が、とでも言いたげな視線だけが一瞬のみ返された。
「ったく……どうしろってんだよ……」
アギトは無機質な天井を眺めながら、口内でそんな言葉を溶かした。部屋には、いや、この場には哨戒するアマゾネス部隊の足音と鎧のかさばる、擦れる音が響いている。
アマゾネス部隊の身なりは高級なモノだ。薄手の銀の鎧に身を固めている。露出は少ないが、セクシーな、妖艶さは感じ取れる。所々、個性なのかカラフルなバンダナを様々な箇所に巻いて、ぶら下げている。頭に巻いていたり、腰に巻いていたり。
武器はサーベルが基本のようで、全員が腰の左側にぶら下げている。
暫くして、
「オイ、オマエ」
アギトの牢獄の前に、三人の影が現れた。姿が細いのはその全員が女性だからだろう。
真ん中に立つ女は威厳がある。その彼女を両脇から挟む姿は護衛らしいその姿だった。
中央の女性はアギトを蔑むような目で見下ろしながら、
「貴様……。あの『鍵』、どこで手に入れた」
鍵、つまりはアクセスキーの事だろう。
「『鍵』の事を知ってるってこった、入手経路なんて一つに絞れるだろうが」
アギトは素っ気無い返事で返す。ゲンゾウと相対した時と同様だ。突如として現れて、立場を上だと主張するその姿が、アギトには気に食わないのだろう。アギトの目は鋭利なモノへと変わり、眉を顰めて、嘲るような言葉で敵対の意を掲げる。
それに対して女戦士は調子を崩さずに、返す。
「白い、女児か」
「女児って程の年齢や容姿だとは思わないがな」
この二言三言で、態度が互いに横暴なモノだとて、会話は出来るのだと互いに察したようだ。互いとも威勢を崩さずに上手い言葉のキャッチボールを続ける。
「成る程な」女戦士は口内で言葉を溶かしてから、「貴様も、彼女にエラーを閉じるように云われた、という訳だ」
「それ以外にあるかよ」
アギトは一度、フレミアからそう云われアクセスキーを受け取りながらも、自身の野望のためにアクセスキーを振るったゲンゾウを知っている。どうやって受け取ったのか、よりもどう使うか、が重要な事は重々承知だ。
アギトは深呼吸し、荘厳な言葉を吐き出す。
「で、アンタはどう使ってんだよ?」
アギトの言葉に女戦士は眉を顰める。アギトは彼女がアクセスキー所有者だと思って発現したのだが、どうやら、違うようだ。女戦士は一度、沈黙を見せた後、残念そうに首を横に振って応える。
「私が、持っているわけではない」
「そうなのか?」
素っ頓狂な声を上げるアギトに女戦士は溜息で応えた。もう一度首を振るって、
「私は、アマゾネスリーダーのホープだ」
言った女は素晴らしいスタイルを誇る女性だ。年齢はディヴァイド最高設定である二三歳だが、大人びた容姿からか数歳上にも見える。アギトと見比べれば姉と弟の様だ。猛獣を思い出させる癖毛の長い茶髪に、中世ヨーロッパを思い出させる様な顔立ち。美しい彫刻のようだ。
アギトはそんな顔を見上げて、
「じゃあ、誰がアクセスキー所有者なんだ? 俺はエラーを閉じてる――俺達の仲間になりうる存在と接触するためにガンマまで来たんだよ」
アギトの言葉に、ホープは眉を顰めた。
「今の言葉に疑問を感じる箇所が多くある」
「なんだよ?」
「エラーを閉じてる、という言葉と、俺達、という言葉」
ホープの言葉にアギトは「あぁ」と唸って納得。説明が足りていなかった事に気付く。
「俺達ってのは、アヤナっつーチビがいてな。俺とそいつ、二人で世界を回ってエラーを閉じて回ってんだよ。アヤナも、アクセスキー所持者だからな」
「成る程……」
聞いたホープはうんうんと数回頷いて何か思案しているようだ。
そして、沈黙を破るようにして、ホープは告げる。
「決まった。ならば貴様のアクセスキーは我々が頂戴し、エラーを閉じる旅を代行してやろう」
「はぁ!?」




